5月6日に全国公開された映画「マイスモールランド」は、17歳の在日クルド人の主人公・サーリャが、ある日突然在留資格を失い、理不尽な社会のなかで自分のアイデンティティーや居場所に向き合う物語だ。この作品の原作・脚本、そして監督を務めたのは、是枝裕和監督が率い西川美和監督などが所属する「分福」の新人監督・川和田恵真さん。川和田さんは、今作が商業映画デビューとなる。

そして実は、彼女は私の大学時代の同級生でもある。とはいえ、当時少しの期間だけ所属したサークルで多少話したことがあるだけなのだが、不思議と彼女のことはずっと記憶に残っている。
 

川和田監督
川和田監督
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そんな川和田さんと久しぶりに再会した私は、彼女が約5年をかけて作り上げた映画を観て、試写室の席から立ち上がれなくなるほどの衝撃を受けた。同級生が、世界と真正面から向き合い、それを映画という一つの作品に昇華させた。いったい自分は何をしてきたのだろうとすら思った。そして、この作品を一人でも多くの人に知ってもらうため、彼女に話を聞かずにはいられないと思った。

今回のインタビューでは、川和田さんが取材した在日クルド人の現状からみる日本の難民受け入れの課題や、自分の居場所への葛藤、アイデンティティーの揺らぎといった作品の根底にあるテーマについて話を聞く。

前編は、イギリスにもルーツを持つ彼女が感じてきたアイデンティティーを持つことの難しさ、そしてこの映画製作の中で見えてきたものについて。

ーー映画公開おめでとうございます!映画を観た方々からの反響はどうですか?

川和田監督:
まずは知らないことを知ることができてよかったというような感想をもらうことが多いですね。ベルリン映画祭でも上映があったのですが、その時は「日本の話だけど、これは自分たちの国の物語でもある」という感想をもらって。「自分の近くにあること」を見つめて描いた作品が、国境を越えて、世界のどこにでもあるというようなものになったということは嬉しくもあり、描いた問題が解決していくことを目指した、第一歩になったらいいなと思います。
 

難民申請が認められないサーリャ家族 ©2022「マイスモールランド」製作委員会
難民申請が認められないサーリャ家族 ©2022「マイスモールランド」製作委員会

きっかけは”クルド人女性兵士の姿”

この映画の主題は、難民申請を続けながら日本に住んでいるクルドの人々が直面している問題だが、そもそも映画を作ろうと思ったきっかけは、数年前“ISISと戦うクルド人女性兵士の姿をネット記事で見たこと”だったという。

川和田監督:
5,6年くらい前に、自分と同じ年か、もっと若いような女性がすごく大きな銃を持って最前線で戦っている姿を見たことがきっかけでした。訓練された兵士でもなく、本当にただ“自分の居場所や自分の家族を守るために自分で戦わなきゃいけない”っていう状況を見て「どうして、クルドってそういう状態なんだろう」って、まずはそういう関心からだったんですよね。自分自身も(イギリスと日本の)ミックスルーツで、ずっと小さい頃から「自分の居場所ってどこだろう」というような思いはずっと持っていたので、置かれている苦しさは全然違うけれど、何か繋がるんじゃないかなっていう、そういう思いを持ったんです。

”ミックスルーツ”に揺れていた大学時代

彼女は、イギリスにもルーツを持つ女性として、自身のアイデンティティーの揺らぎとも向き合ってきた。映画の中では、主人公サーリャの妹は生まれた時から日本におり、父と姉のクルド語での会話が理解できず苦しむという描写があった。私は映画を観た時に「川和田さんの過去の経験がこの映画にも反映されているのだろうか」と思った。

川和田監督:
私の父親がイギリス人なんですけど、普段は、何十年も日本にいるからもちろん問題なく日本語が話せる。でも、やっぱり一番の言葉ではないというか、感情が溢れたときに英語になったりするようなこともあって、そのときに自分がそれを理解してあげることができないとか。そういうズレはずっとありましたね。

ーー実は、学生の時に川和田さんが「あまり英語は得意じゃないんだよね」っていう話をしていたのを覚えているんです。そのころはやっぱり自分のアイデンティティーに悩むことも多かったんですか?

川和田監督:
よく聞かれるんですよね。ハーフだって言ったら「英語喋れていいな」みたいな。特に学生時代は、みんな意識を高く持ってるから、それで友達になりたいと言われたことも結構あった。ちょっとそれはごめん、応えられないっていうことも何回かあって。

ーーそれは……その人は何の気なしに言ってしまった言葉かもしれないけれど、言われた側はずっと胸につっかえて取れないような言葉ですよね。

川和田監督:
そう。宮司さんと大学で一緒になっていた時とかは、まだ結構揺れていた頃の自分かなと思います。そういう言葉に毎回「嫌だな」って。今はもはや全く——全くとは言えないけど、またか、と思いつつもそれですごく気持ちを害することは別にない。10代の時は特に「ああ線を引かれちゃったな」というか「外国人枠に入れられちゃったな」って“自分を見てもらえていない感じ”がして、そのたびにちょっと嫌だなっていう気持ちがあった頃だったので。

「あなたはクルド人」 映画作りで変わったアイデンティティー

周りから線を引かれ、自分の居場所があいまいになる。考えただけでとても孤独なことだ。学生の時、時に自虐を交えて明るく振舞っていた川和田さんがそんな気持ちでいたなんて、当時の私は気づくことができなかった。話を聞きながらとても切なく、申し訳ない気持ちになった。
そんな彼女にとって何かが変わるきっかけとなったのは何だったのだろうか。

川和田監督:
いろんな人に会って、社会に出たってことが大きいと思います。やっぱり小さなコミュニティの中にずっといたけれど、社会に出て、いろんなこと、特にこの映画作りが大きかったかなと思って。それまで(映画を作るまで)に十分慣れきっていたつもりだったんですけど、やっぱりクルドの人たちとの出会いはすごく大きくて。

川和田監督:
取材をする中で、見た目が似てるってこともあるんですけど、「あなたはクルド人だ」と初めて自分が違う民族にそのまま受け入れられた瞬間があって……。私が取材者として聞いていかなきゃいけないのに、むしろこじ開けられる感じがあったりして、そういう瞬間にすごく、自分も(心を)開いていかなきゃって思いましたし。もちろん日本のスタッフとのやりとりの中でも、ものを作っていく中でいろいろ秘密にしても何も伝わっていかないから、言語化していかなきゃいけないし。
 

作中で印象的な家族の食事シーン ©2022「マイスモールランド」製作委員会  
作中で印象的な家族の食事シーン ©2022「マイスモールランド」製作委員会  

ーー監督って、いろんな人の気持ちを束ねてやっていかなきゃいけない立場ですもんね。

川和田監督:
いやいや、周りが本当に経験ある方々だったからいろいろ汲み取って、その上でいろんな意見をもらえたなと思うんですけど。あと、この映画の仕上げのために、2ヶ月ぐらいフランスに滞在したんですね。そのときも、なんかバリバリ現地語で話しかけられるし道も聞かれるし(笑)。何ていうか、本当に「自分、何人でもあるな」っていう。むしろプラスに捉えようと思いましたね。
    
                                                     

彼女にとっては、社会に出て居場所を増やしていくこと、自己開示していくことが、自分のアイデンティティーの形に近づく1つのヒントになった。「自分、何人でもあるな」——この言葉こそが、その形を表している気がした。

しかし世界には、自分で自分の生きる場所を決めることのできない人たちもたくさんいる。この映画で取り上げている、自分の国から逃れ日本に住んでいるクルドの人々もそうだ。

アイデンティティーと居場所の関係は深い。自分のアイデンティティーがそこにあると信じ、守られていると思っていた国の枠組みから押し出され、“居場所”だと思っていた場所がなくなった人はどうしたら良いのだろう。人としての尊厳や、自分が自分であるためのアイデンティティーは、どう守ったらよいのだろう。私はそんなことを考えた。

(後編へ)

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