宮城・東石巻市で被災したイギリス出身の男性。帰国の勧めを断り、被災地に残ることを決めた男性は、震災を知らない世代に教訓を伝えようと取り組んでいる。

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震災を伝えるイギリス人

リチャード・ハルバーシュタットさん:
親が迎えに来れなかった子供については、避難場所を探さなくてはいけなかった

リチャード・ハルバーシュタットさん。イギリス出身の56歳。2022年4月から公開が始まった、石巻市の震災遺構「門脇小学校」で館長を務めている。日本で暮らし始めて約30年。日本語での案内もお手のもの。

リチャード・ハルバーシュタットさん:
(門脇小は)津波の被害に遭っているが、他の施設と違って、津波火災に遭っている唯一の震災遺構となっている

リチャードさんが石巻市にやって来たのは、1993年のこと。石巻専修大学の英語教師として来日した。最初はなかなか馴染めなかったというが、地元の青年会議所が企画した演劇に関わったことをきっかけに友人を増やし、石巻への愛着を深めてきた。
石巻市に来て18年が経った2011年3月11日。リチャードさんは、大学の研究室で被災した。

リチャード・ハルバーシュタットさん:
信じられないくらい、激しい揺れを見せていて、ただごとではないなと思った。机をつかんでないとだめだったが、本棚の本が落ちてしまって

東日本大震災により、石巻市では関連死も含めて3553人が亡くなり、今も417人が行方不明となっている。大学は津波の被害を受けなかったため、リチャードさんは3日間、学内にとどまった後、石巻市中心部にあり、臨時の避難所となっていた友人が経営するホテルに身を寄せた。

リチャード・ハルバーシュタットさん:
知っている顔を見るだけでホッとする。遠慮して迷惑じゃないかと思ったが、顔を見て、来てよかったと思った

リチャードさんの友人 後藤宗徳さん:
顔を見てうれしかった。生きていたかという感じ

イギリス大使館から帰国を促すメール

3月17日、リチャードさんの携帯電話に東京にあるイギリス大使館からメールが届いた。福島第一原発の事故を受け、帰国を促す内容だった。友人の後藤さんもリチャードさんの安全を考え、帰国を勧めたという。

リチャードさんの友人 後藤宗徳さん:
帰るというのも全然恥ずかしいことじゃない。むしろ帰ることを僕は勧めましたね

母国に避難するか、18年暮らした石巻に残るか。リチャードさんは19日、大使館員の迎えを受けて仙台へ向かったが、一晩考えた末、翌日には石巻に戻った。

リチャード・ハルバーシュタットさん:
大変な中で安全な生活を送れる場所に行きたい気持ちはあったが、石巻で大切にしてくれたみんなを捨てることはできない。帰国したら、自分で自分を許せないと思った。残りますと決めた

決断して石巻に戻った夜、震災以来、久しぶりに眠れたという。

リチャード・ハルバーシュタットさん:
みんなとの絆が深まったと思うので、この選択をしてよかったと思います

リチャードさんの友人 後藤宗徳さん:
家族ですよね。ある意味、家族です

館長として都知事や他国の大臣も案内

震災後、リチャードさんは大学を辞め、石巻市の被害や復興の様子を発信する「復興まちづくり情報交流館」の館長に就任した。

リチャード・ハルバーシュタットさん:
何回かお客さんが入ってきて、こっちは外国人、こっちは白髪のおじさん。絶対にこの人が館長だと勘違いする。私はただの手伝い。そういうのは何回かありましたね

交流館の職員 石川栄一さん:
変な感じと思われていたかも。小池都知事、国の大臣を案内している。館長としての役割は大きかったかなと思います

交流館は2022年3月に閉館となったが、石巻市はリチャードさんの人柄と実績を評価。震災遺構「門脇小学校」の館長就任を要請した。

リチャード・ハルバーシュタットさん:
震災を知らない世代に変わっている。若い人のために、いままでの教訓を忘れないように、犠牲者が出ない石巻にしたい

これからも、石巻と石巻の友人のために。リチャードさんは震災を伝え続ける。

(仙台放送)

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