デジタル庁を巡っては事務方トップが1年も経ずに交代、民間出身者の退職が相次ぐなどを受け「従来の霞が関文化の打破はやはり難しいのか」と早くも失望の声が上がっている。

こうした中、行政改革と規制改革も担当する牧島かれんデジタル相が、その突破口として期待するのが「アジャイル型の政策形成と評価」の導入だ。IT企業などのソフトウエア開発で用いられるアジャイル手法。なぜいまアジャイルなのか、その理由を牧島氏に聞いた。

牧島氏「アジャイルが政策形成で求められている」
牧島氏「アジャイルが政策形成で求められている」
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行政改革を進めるためにもアジャイルの検討を

なぜいまアジャイルなのかと聞くと、牧島氏はこう語り始めた。

「アジャイルはシステムの世界で使われてきた用語で、“機敏に”“素早く”ということです。これが政策を形成していくうえで求められているのではないかと、私たちは問題意識を持ってきました。複雑になっている社会課題により柔軟に対応し、スピード感を持って答えを出す。これがアジャイルに込めた想いです」

そして牧島氏は行政改革を進めるためにもアジャイルの検討が必要だという。

「これまでの行政改革では、PDCAサイクル(※1)を回す際に、次のPDCAに向けてこれまでわかったことが活かされているか、もっと速く回せるのではないか、政策変更やアップデートにEBPM(※2)はあるのかと問うてきました。これをさらにアジャイルに考えていく必要があるのではないかと、ワーキンググループで有識者の方々から意見を頂いているところです」

(※1)Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(対策)のプロセスを循環させ業務を改善する方法
(※2)Evidence Based Policy Making 証拠に基づく政策立案

アジャイルで突破する「行政の無謬性神話」

とはいえ行政の政策形成と評価は、これまで予算に紐づき年度単位で行われてきた。アジャイルにやれば年度予算の考え方も変わってくるはずだ。

「予算のあり方は大きなテーマになってくるので、今後ワーキンググループの提言の中で取りまとめていくことになると思います。コロナ禍ではVRS=ワクチン接種記録システムで各地域の接種数を日々把握し、医療現場や自治体からフィードバックを得て素早く次の行動に移すことができました。予算という点ではいろいろ課題はあるものの、アジャイルは緊急時でなくても評価の高度化に寄与できると思っています」

ただ「アジャイルは官僚の霞が関文化の対極にあるのではないか?」と思う筆者は、その疑問をぶつけてみた。

「アジャイルを通じて私たちが目指しているのは、霞が関の中にある『行政は間違わないものだ』という”無謬性神話”からの脱却です。国民から『行政は前例踏襲主義。硬直化し決断を先延ばしにしがちだ。柔軟に対応してほしい』という声が上がるのは当然だと思います。一方それを変えなければいけないと思う人が、霞が関の中にいるのも実感しています」

「アジャイルで目指すのは霞が関の無謬性神話からの脱却です」
「アジャイルで目指すのは霞が関の無謬性神話からの脱却です」

行政官の振る舞いに対する評価を変える

霞が関文化を変えるためにはどうすればいいのか?そのために牧島氏が考えているのが、行政官の“評価”を変えることだ。

「思っていても行動に移さなければ仕方ありません。ですから日々の行政官としての振る舞いに対する評価を変える必要があります。新しいことをやろうと提案することがリスクになっていないか、それによって評価が下がってしまうのではないかという気持ちに行政官がならないようにする。アジャイルのワーキンググループのもとで、若手の官僚を中心に省庁横断的な勉強会がつくられています。そこから生まれるアイディアや政策提言をしっかり受け取るというPDCAの回し方もやってみたいと思います」

ではアジャイル型の政策形成と評価の導入で、行政の何が変わるのか。たとえばデジタル庁ではいま700人の職員のうち250人が民間企業出身者だが、民間と霞が関の意思決定の常識はずれていると言われてきた。牧島氏はアジャイルでこれを変化させたいと考える。

「国民の皆さんにとって何が分かりやすく伝わり、サービスとして届けられるのか。常に国民の側に立って考えることを霞が関はこれまでも意識してきたと思いますが、それをもっとわかりやすく意識的に行う。これを国民の皆さんが実感出来るまで行政が変化していくことが私たちの狙いです」

「民間と霞が関の意思決定の常識のズレをアジャイルで変化させたい」
「民間と霞が関の意思決定の常識のズレをアジャイルで変化させたい」

男性の育児休業取得率をアジャイルで上げる

アジャイルは私たち国民の生活をどう変えるのだろうか。

「例えばワクチン接種証明アプリは、デジタル庁が目指していた“スマホで60秒”という世界観に合致する形で国民の皆さんにお届けできるようになりました。このような装置があれば、国民が得たいと考えるサービスをより迅速かつ正確に得ることができるようになります。またアジャイルワーキンググループでは、男性の育児休業について取り上げました。取得率の目標値、取得希望者数と実数のギャップをデータとして認識し、アジャイルで政策を見直すことで実績が上がってきています」

最後に牧島氏はアジャイル型の政策形成と評価にこう期待を寄せる。

「国民や自治体の声が政策を見直すきっかけになると行政が意識することで、政策に強弱をつけ、新たなインストールや政策変更のスピードを上げていく。こうして国民の皆さんの願いが政策に反映される。これがアジャイルのメリットだと思います」

これまでのアジャイルの議論は近々とりまとめられ、デジタル臨調に提言として報告される予定だ。

「国民の願いが政策に反映されるのがアジャイルのメリットです」
「国民の願いが政策に反映されるのがアジャイルのメリットです」

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。