国民管理の象徴「身分証」その功罪は…

中国における個人情報の管理は、生まれた日から始まる。中国の国民は生まれた日に18桁の個人番号が国から与えられ、この番号は一生変わることはない。
さらに、子どもが生まれた際の出生届は公安局に提出する。中国の公安局は日本の警察署にあたり、中国のあるメディア関係者は「人間は悪いことをしてしまう生き物で、最初に個人情報を警察が管理しておけば悪い事件が起きてもすぐに解決できる」とそのメリットを語る。このメディア関係者は、中国で個人情報が国家に管理されている理由として「性悪説」を挙げる。「人は罪や過ちを犯すものだ。だから管理が必要になる」と。この管理によるメリットはもちろんあるだろうが、これを公正な仕組みとするためには、肝心の管理者である国家がその情報を悪用しないことが大前提となる。

北京市の天安門広場
北京市の天安門広場
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中国では、16歳になると国民全員が身分証を作ることが法律で決まっている。この身分証には生まれた時に付与される個人番号が記されているほか、登録時には指紋情報と顔写真が撮影され、全ての情報は公安局によって管理される。中国ではこの身分証を多くの人が常に携帯していて、至る所で身分証の提示が求められる。例えばホテルの宿泊や飛行機、高速鉄道、長距離バスでの移動の際、銀行口座の開設や携帯電話の契約の手続き、さらには入学、就職、婚姻届けなどだ。人生のあらゆる場面で身分証は必要になるが、多くの人は「この身分証1枚があれば全ての手続きが簡易的にできる」とその便利さを語る。しかし言い換えると、この身分証によって個人情報が確認されないと生活できないという現実がある。

「身分証提示」で犯罪者摘発

中国では警察が身分証の提示を求めた場合、必ず応じなければいけないと法律で決まっている。これにより、2018年には北京だけで、殺人など様々な犯罪を起こして逃亡していた約6000人の犯罪者の摘発に繋がった。

さらに身分証が捜査に役立った例として、現在の中国でほぼ強制的に行われている新型コロナのPCR検査での身分証の提示義務がある。警察が身分証の提示を拒んだ男を調べたところ、指名手配されていたことが判明し男は逮捕された。

身分証の提示を拒み逮捕された男 男は指名手配されていた
身分証の提示を拒み逮捕された男 男は指名手配されていた

また、ある女は身分証の提出が必要な高速鉄道に乗る際、偽造した身分証を提示したことで検挙された。実はこの女は、ネットを通じて知り合い交際していた男性に自分の年齢を偽り「年下」だと伝えていた。このため、本当の年齢が記載されている身分証を使用できなかったというのが偽造した理由だった。

女が持っていた身分証 年齢を17歳偽っていた
女が持っていた身分証 年齢を17歳偽っていた

スマホでお金の流れや健康状態を管理

さらに中国では、身分証だけでなくスマホによる個人情報の管理も徹底されている。

現在の中国では買い物や食事、電車やタクシーの交通費、さらには屋台の支払いまでも全てスマホで行われ、現金が使えない場所は多い。生活のあらゆる場所で使用されているのは、中国本土で10億人超のユーザーを抱えるアリババグループのモバイル決済アプリ「Alipay(アリペイ)」か、中国版LINEと呼ばれるWeChat(ウィーチャット)の決済アプリ「WeChat Pay(ウィーチャットペイ)」になる。中国では生きていく上で必要なお金のやり取りがほぼ全てスマホ上のアプリで管理されていると言っても過言ではない。当然このお金の流れも、中国当局は必要に応じて確認することができるという。

そして今では、新型コロナウイルスの感染拡大防止の名目で最も重要な個人情報である「健康」までもが政府に管理されるようになっている。

その問題が浮き彫りになったのが北京オリンピックとパラリンピックだ。大会に参加した選手らのスマホには「MY2022」という健康管理のアプリを導入することが義務付けられていた。関係者の間では、このアプリによって「中国当局に個人情報を抜き取られるのでは?」という懸念が広がっていた。これにより日本パラリンピック委員会は日本選手団全員に個人のスマホとは別にアプリを入れるためのスマホを提供するなど対応に追われた。

普及率“100%”「健康コード」で行動履歴を全て管理

コロナウイルスの感染拡大防止という名目で中国では個人の行動履歴も全て管理されている。
その中核がスマホのアプリを最大限に活用した当局が管理する「健康コード」と呼ばれるシステムだ。

現在、中国ではあらゆる場所の入り口にQRコードが置かれていて、これをスマホでスキャンしなければ入り口に立っている係員に入場を拒否される。スキャンすることで個人の位置情報が記録され、どの時間にどこに行っていたのかという行動履歴は全て当局に把握される。中国ではこのアプリを登録していなければ公共交通機関だけでなく、ホテルやショッピングモール、マンションの敷地内など大型施設も利用できない。また個人営業の小さな店舗や個人タクシーにも乗れず、事実上この健康コードがないと身動きができないため、このアプリの普及率はほぼ100%になっている。

この情報管理と運営は徹底されていて、実際に北京でコロナの陽性者が出た際には、この情報を元に陽性者がいつどこに行っていたのかという行動履歴を当局が確認し、濃厚接触者の特定や場合によっては建物を封鎖したりもしている。

新型コロナの感染拡大以降、建物入り口に設置されたQRコード(左下) これをスキャンしなければ中には入れない
新型コロナの感染拡大以降、建物入り口に設置されたQRコード(左下) これをスキャンしなければ中には入れない

国家はお父さん、お母さん?

それでは実際に個人情報を管理されている側の中国の人々はどう思っているのか、北京市で話を聞いてみるとほとんどの市民は賛成の立場で話をした。

「とても便利だし良いと思う。治安強化と安全性の強化になります。行動履歴が知られたくないのであれば外出を控えればいいだけです」

「身分証とスマホだけを持っていればどこにでも行けるのでとても便利です」 「身分証で管理していれば突然の事故に遭っても個人が特定できるので良いと思う」

実際に話を聞いた市民の多くは、個人情報を政府が管理することに抵抗はないと答えた。日本のテレビ局のインタビューで顔や発言内容など記録も残るため本音を口にする事は難しく、中国政府を意識した発言にならざるを得ない部分もあると思うが、中国人の中には“国家や政府は自分たちを守ってくれる父親や母親”だと考える人が一定数いるのも事実なのだ。一方で、「もちろん自分がどこに行ったのかなんて知られたくないけどどうしようもない。今はビッグデータに追われているからどこに行っても全て知られる可能性がある」といった意見もあった。

スマホのアプリによって全ての行動履歴は記録される 北京市の地下鉄
スマホのアプリによって全ての行動履歴は記録される 北京市の地下鉄

個人情報は誰のもの?

中国では街の至る場所に防犯カメラがあり、地下鉄に乗る時でさえ持ち物検査がある。そして今では、新型コロナウイルスの感染拡大防止という名目で「健康」と「行動履歴」までも管理されるようになった。

これらのデータは政府によって管理され、必要に応じて利用されることになるが、情報収集の範囲が本当に「感染防止」という目的だけなのかどうかを私たちは知ることはできない。問題はこの情報が共産党に反対する考えを持つ人や政治的に反発する人に対して「恣意的な使われ方がされない」という保証が一切ないことだ。しかし、こうした中国の徹底した個人情報管理は私たち日本人や欧米諸国から見るとマイナスに見える部分があるが、多くの中国国民はこれを社会の安全にとって「必要なこと」として受け入れているのが現実だ。突き詰めれば「個人の自由」か「社会(政府)の安定」のどちらを優先するかという話になる。

実際に個人番号と個人の行動や収入支出が全て紐付けられれば、政府による国民の効率的管理ができるようになる可能性は高い。ただし、同じような事を日本でやろうとすれば大きな反発が予想される。では今後、マイナンバーカードなどの普及を進める日本は、国民の個人情報をどう扱っていくのか。治安の維持や便利さの一方で、個人情報が犠牲になることをどこまで許容するのか。日本と中国では政治体制や社会の仕組みは違うが、我々国民一人一人が考える必要はあるだろう。

【執筆:FNN北京支局 河村忠徳】

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。