進むロシア包囲網

ポーランドの首都ワルシャワ。旧市街地にある石畳の広場には、ポーランド国旗とウクライナ国旗がはためいていた。ポーランドは、戦火を逃れてきたウクライナ市民200万人以上を受け入れるなど、隣国としてどの国よりも積極的な人道支援を行っている。

ロシアによるウクライナへの侵略戦争を受けて、アメリカのバイデン大統領は3月23日から4日間ヨーロッパを歴訪し、同盟国と連携してロシア包囲網を打ち出すことに成功した。

この外遊の最終日にバイデン大統領は、第二次世界大戦でナチス・ドイツに破壊され、その後再建されたワルシャワ王宮で演説を行った。戦火によって85%以上が焼失したワルシャワの“復興の象徴”にもなっている王宮には、アメリカ国旗とポーランド国旗をあしらった特設のステージが設置され、数百人の聴衆がバイデン大統領の登場を待ち構えていた。今回の外遊を締めくくるハイライトにしようというアメリカ政府の意気込みが感じられた。

ワルシャワ王宮に掲げられたアメリカとポーランドの国旗
ワルシャワ王宮に掲げられたアメリカとポーランドの国旗
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「この男を権力の座にとどまらせるわけにはいかない」

集まった聴衆の中には、ウクライナから避難した人たちの姿もあった。静まり返った会場にバイデン大統領が姿を見せると大きな歓声がわき、スピーチは厳かに始まった。

「ウクライナ国民の抵抗は、民主主義の原則を求める大きな戦いの一環だ。アメリカはウクライナと共にある。」

演説が進むにつれ、バイデン大統領の声は徐々に熱を帯びてくる。そして一気にまくしたてた。

「ロシアは決してウクライナに勝てない。自由を知る人々は、絶望と暗闇の世界で生きることを拒否するからだ。ウクライナには民主主義と原則、希望と光、良識と尊厳、自由と可能性に根ざした明るい未来が待っているのだ。」

プーチン大統領を何度も名指しして批判し、ウクライナにおけるロシアの戦略はすでに失敗し、経済的にも孤立を深めていると強調した。そして、スピーチのクライマックス。バイデン大統領が声を震わせながら言ったのがこの言葉。

「この男(プーチン大統領)を権力の座にとどまらせるわけにはいかない。」

記者席からは「ワオ、言ったな」と、どよめきが起こった。これまでにない強い表現に、ホワイトハウスの番記者も驚きを隠せない様子だった。

ワルシャワ王宮で演説するバイデン大統領(26日)
ワルシャワ王宮で演説するバイデン大統領(26日)

演説終了後、ホワイトハウスはすぐさま「大統領の発言の意図はロシアの権力交代ではない。プーチン大統領の他国への干渉を許さない決意を表明したに過ぎない」と火消しに回った。

しかし、ホワイトハウス担当のベテラン記者は、「あれほど敏感な発言をバイデン大統領がアドリブで言うだろうか?」と違和感を覚えたと話す。「あえての発言で観測気球を上げているのかもしれない」。その記者は「バイデン政権内にはロシアでのプーチン大統領の求心力がかなりぐらついているとの分析もある」と指摘する。そのうえで、こうした発言を投げかけた時、プーチン大統領周辺がどのような動きに出るのか観察する狙いがあるのではないかというのだ。

28日にバイデン大統領は自らの発言を「個人的な感情の表れ」だと釈明したが、「撤回するつもりはない」と断言した。また、「ロシア国民に向けたメッセージだった」と自らの発言の意図を説明した。

発言撤回や謝罪を否定したバイデン大統領(ワシントン・28日)
発言撤回や謝罪を否定したバイデン大統領(ワシントン・28日)

「ロシアと交渉をする考えはない」米政府高官

アメリカはドローン100機をはじめとする高性能兵器をウクライナに供給し、積極的に支援をする一方で、経済面でも同盟国と連携してロシアに制裁を科し包囲網を強化している。「経済」「軍事」の両面で圧力をかけ続けていることで、ロシア国内にもかなり効果が出てきていると手ごたえを感じているようだ。しかし、アメリカ政府高官は「ロシアと直接交渉をする考えはない」と繰り返し、この問題でバイデン政権が直接介入する意思がないことを示している。アメリカはロシアが行き詰って音を上げるのを待っているようにも見える。

一方で、ウクライナからの映像を見ると街は廃墟と化し、民間人が標的となっている。子供の死者数だけで200人以上とも言われている。そしてその蛮行は今も続いている。30カ国が加盟するNATO=北大西洋条約機構の首脳が顔を突き合わせて議論したが、この「地獄」をすぐに止める策は見つからなかった。ある政府関係者は「歴史的に見ても一旦始まった戦争はすぐには終わらない」と話す。プーチン大統領の面子をかけた戦いであり、そう簡単に落としどころは見つからない。「数カ月続く可能性は十分ある」と指摘する。

ウクライナ・マリウポリ(27日)
ウクライナ・マリウポリ(27日)

ウクライナの次はポーランド 「日本も他人事ではない」

話はバイデン大統領が演説を行った会場に戻る。
演説終了後ポーランド人の聴衆に、日本のテレビ局の記者だと名乗り演説の感想を聞いた。するとその男性は、「バイデン大統領がプーチン大統領の力が弱まっていると本気で思っているのならそれは間違いだ」ときっぱりした口調で言った。ロシアと歴史的に何度も戦火を交えてきたポーランド市民の緊張感を垣間見た瞬間だった。「私たちはプーチン大統領に何度も騙されている。NATOにケンカを売ることは普通では考えられないが彼ならやるかもしれない」と戦線が拡大する可能性に警戒感をあらわにした。「ウクライナの次はポーランドだ……」と男性は言った。ポーランドはロシアの飛び地カリーニングラードと国境を接していて、地政学的なリスクを抱えているのだ。そして、ロシアと北方領土問題がある「日本だって同じだ。他人事ではないよ」と続けて警告した。

力で主権国家をねじ伏せるプーチン大統領のやり方は「戦後の世界秩序」に挑戦状をたたきつけた。日本は国際社会と連携してロシアに圧力をかけるとともに、日本の地政学的リスクにも向き合う時が来ている。

【執筆:FNNワシントン支局長 ダッチャー・藤田水美】

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ダッチャー・藤田水美
ダッチャー・藤田水美

フジテレビ報道局。現在、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院(SAIS)で客員研究員として、外交・安全保障、台湾危機などについて研究中。FNNワシントン支局前支局長。