3月24日に開かれたG7(主要7カ国)首脳会議では、ロシアに対して新たな経済制裁をかけることで一致した。ウクライナ侵攻開始以来、日本や欧米諸国が連携してかけてきたさまざまな金融・経済制裁はロシア経済やプーチン体制にどう影響しているのか。
BSフジLIVE「プライムニュース」では識者を招き、経済や政治を軸にロシアの今と今後の世界情勢について徹底分析した。
富裕層オリガルヒも、軍事エリート層シロビキも「停戦には影響しない」
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ロシアにはプーチン政権を支える2つの勢力があるとされる。ひとつは新興財閥の富裕層「オリガルヒ」で、西側諸国はすでに経済制裁として多くの実業家や幹部の資産を凍結。もうひとつは「シロビキ」と呼ばれ、ソ連時代にプーチン大統領が所属したKGB(国家保安委員会)の後継機関であるFSB(連邦保安庁)などの、治安や軍事のエリート層。こちらもプーチン大統領の側近とされるFSB長官などの資産を凍結。アメリカのバイデン大統領は「オリガルヒとの戦い」と述べたが、ロシア国内でのオリガルヒの影響力は。
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所 代表取締役・所長:
結論から言うと、今のオリガルヒにプーチン大統領に戦争をやめさせる影響力があるとは思わない。オリガルヒは90年代、ソ連崩壊時に国営企業が民営化される際に企業を安く手に入れ、政府から特権をもらいながら大きくなってきた人たち。エリツィン大統領時代には政策にかなり関与するようになったが、プーチンはオリガルヒに対して、政治に口を出さないかわりにビジネスをさせることで合意した。
新美有加キャスター:
オリガルヒへの制裁、外貨が使えなくなる点での影響は。
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所 代表取締役・所長:
オリガルヒは事前に個人的な資産をかなり海外に逃避させており、これを暴くのは難しい。それよりも彼らの事業において資金が動かせない、物が売れなくなる方がより効いてくると思う。
新美有加キャスター:
もうひとつの勢力のシロビキは、戦争を止めるきっかけになり得るか。
畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
万一、プーチン政権が大きく揺らぐなら、シロビキの中で分裂が起こることが一番あり得る。今のロシアで民主革命はあり得ず、ならばプーチン大統領を支えるシロビキが、例えば中堅幹部のような人を組織として支え政権交代へ。だが今のところプーチン大統領ががっちり抑えており、なかなかそうはならない。
反町理キャスター:
今回の西側諸国による経済制裁がトリガーとなり、シロビキの中から分派活動が出てくる可能性は。
畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
ロシアという国はなかなか外圧で倒れない。ロシアがもろいのは内部統制がとれなくなるような場合。経済制裁は長期的には一定の効果を生むと思うが、体制の変革につながる即効性を得るのは難しい。
反町理キャスター:
隈部さんは。
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所 代表取締役・所長:
ないと思う。むしろ、たぶん1万を超えていると思うが、兵隊が何人亡くなるかという点が大きな世論の声になる可能性がある。
国民生活の先行きは不安定だが、現状のプーチンは高支持率
新美有加キャスター:
経済制裁は、ロシア国民の生活にも影響。ウクライナ侵攻開始直後の2月25日のインフレ率は前年同時期と比べて9.05%、3月18日には14.53%上昇。ロシア国民は生活に苦しんでいるか。
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所 代表取締役・所長:
場所によってかなり違うが、輸入品が徐々に減ってきており、モスクワでは小麦、砂糖、おむつ、医薬品などが品薄。在庫がなくなり、もっと物価が上がる可能性はある。先行きは皆非常に心配している。
反町理キャスター:
この状況でマーケットはロシア経済をどう見るか。
真田幸光 愛知淑徳大学教授:
もちろん非常に厳しく、不良債権問題が発生するだろうと見ている。だが、これは基軸通貨を米ドル建てで考えた時の論理。つまりロシアは、対外貿易についてもルーブル建てでモノの売買をすると言っている。ロシアは人々に必要な天然ガスや小麦などを輸出しており、このような形でルーブル経済が回り始めれば、輸入インフレが起こらない可能性は十分にある。
反町理キャスター:
すると、一定のレベルで国民が生活を維持できる方策はすでに整っている?
真田幸光 愛知淑徳大学教授:
整っているとは言わないが、整えられる可能性は十分にある。もうひとつ、彼らロシア人は外圧に耐える力が結構ある。民族や国を守るモードに入られると手強い。
反町理キャスター:
世論調査でも、ロシアでのプーチン大統領の支持率は侵攻後に13.4ポイント上昇して80%を超えている。政府系の調査機関の数字ではあるが。
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所 代表取締役・所長:
世代によって支持率は変わる。若い人はアメリカやEU(ヨーロッパ連合)に良い感情を持っているが、年配の方々はソ連崩壊時のロシアを知っており、プーチン大統領は国をまた強くしてくれたという思いがある。まだ侵攻が始まって1カ月、今後数字が変わるかもしれないが。
「ルーブルで払え」露政府の対抗措置は、国際的な信用を地に落とす
新美有加キャスター:
ロシア政府の対抗措置。日本やアメリカ、EU諸国などを「非友好国」に認定し、外貨建ての国債利払いをルーブル建てで支払うこと、天然ガスなどの取引をルーブル建てで決済すること、ロシア撤退企業の資産を国有化することなど。この狙いは。
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所 代表取締役・所長:
ルーブルの価値を高めることと言われる。ただ、今ロシアでは、ロシアの業者が輸出で外貨を稼いだ場合、稼いだ外貨の80%を国内でルーブルに換金して得なければいけない。その効果で、安くなっていたルーブルの対ドルレートが戻ってきている。
反町理キャスター:
ロシア政府とすれば、外貨がどんどん入ってくるからよい話。
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所 代表取締役・所長:
だから「ルーブル払いにしろ」のメリットがよくわからない。契約違反としてロシアに対する信頼感は下がる。また同時にプーチン大統領は、西側諸国への天然ガス供給をストップする話をした。ソ連時代からロシアまで、これまで政治的な武器としてこのパイプラインを使わなかったのだが。信頼が失われ、ドイツなどは既にロシアの天然ガス・石油への依存度を減らす方向になっている。最終的にロシアは中国との関係に動かざるを得ず、ルーブルよりも人民元が強くなる可能性が高いのでは。
反町理キャスター:
核の使用に関することも含め、ロシアは国際的な信頼を失う大変なところに踏み込んでいるのでは。
畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
残念ながらそうだと思う。プーチン大統領も本来はわかっているが、何か歯車が狂っており、今までではあり得ないような発言が飛び出してきている。ロシアからの撤退企業の資産を国有化する政策でも、信用は地に落ちる。
英米が真に狙うはロシアの先の中国叩きか。日本は慎重に様子見を
新美有加キャスター:
国際的な信用を落としてまでも各政策を行うプーチン政権。経済的にはどういう利益が出るものですか。
真田幸光 愛知淑徳大学教授:
基本的にはない。むしろ、そこまでロシアが追い込まれ、貶められている。
反町理キャスター:
プーチンがそうするように仕向けていると。その主体は誰ですか?
真田幸光 愛知淑徳大学教授:
英米だと思います。今の覇権争いにおけるアメリカの一番の敵は中国。中国とロシアがくっつくことは極めて怖い。まず、ロシアの力である資源と軍事力を徹底的に落とす。最近の国際金融筋は、ウクライナ問題においてプーチンの力がかなり落ちていると見ている。そろそろ落としどころを探し、金融で中国の首を絞めることが始まるのでは。
反町理キャスター:
なるほど。ロシアに対して英米は、経済制裁や国際世論、武器供与も含めて追い込み、プーチン大統領が愚策を打たざるを得ないようにした。すると、武力をもってウクライナを救うつもりは最初からなく、ロシアを潰して中国を叩くことに向けたステップとしてウクライナ侵略を見ていたと聞こえるが?
真田幸光 愛知淑徳大学教授:
そう申し上げました。ウクライナが、そして大陸ヨーロッパが踊らされた部分が結構あるのでは。
反町理キャスター:
怖い話だ。畔蒜さんは?
畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
これまでの米露の交渉を見ると、アメリカはロシアがウクライナに侵攻する危険性を相当感じていて、かなり警告をしたと思う。一方、私が知っているロシア人の専門家は皆、ウクライナへの侵攻などあまりにも愚策でやるはずがないと言っていた。今は当惑している。プーチンにはもっと別の手もあった。
反町理キャスター:
英米が本当に睨んでいるのがロシアの先の中国であるとすれば、日本はどのようについていけばよいのか。
真田幸光 愛知淑徳大学教授:
難しい。日本の最大の同盟国はアメリカで、価値観の共有という意味ではきちんと合わせる必要があるが、先んじて対露制裁や中国への何らかの動きをし過ぎると、はしごを外される危険性がある。また場合によっては、世界の中でかなりの実体経済を握る中国の側が勝つ可能性もある。どう転ぶかわからず、とりあえず様子を見るのが生き延びる手だて。
BSフジLIVE「プライムニュース」3月28日放送