大人の身だしなみに役立つ「ネクタイ」。この裏側に“糸の輪”が出たことはないだろうか。実は切ってはいけないものだと、話題になっている。

Twitterで「絶対に切っちゃダメ。ネクタイからこんな糸が出てても、無茶に引っぱったり切ったりしないでください。」などと注意喚起したのは、しゃく。さん(@shakunone)。

丸で囲んだところがスリップステッチ(提供:笏本縫製)
丸で囲んだところがスリップステッチ(提供:笏本縫製)
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投稿内容によると、糸の輪はネクタイの大剣または小剣の裏面にあり、正式名称は“スリップステッチ”。結んだり解いたりする時の伸縮を補助する役割があり、“生命線”ともいえる糸なのだという。

「絶対に切らないでください」の文字も(提供:笏本縫製)
「絶対に切らないでください」の文字も(提供:笏本縫製)

Twitterでは「普段ネクタイをつけないのでこの糸があることすら知りませんでした」といったように、ツイートで存在を知った人が多く、投稿は12万以上のいいねを集めている。(3月17日時点)

その一方で、コメントでは「き、切っちゃった...ww」などと、やってしまった人もいた。

糸が切れるとネクタイは“アジの開き”に

しゃくさんの正体は、1968年創業の縫製会社「笏本縫製」(岡山県)の社長・笏本達宏さん。自らもネクタイ製造の職人で、2015年には企業のオリジナルブランドも立ち上げている。

スリップステッチはほつれと勘違いして切ってしまう気持ちも分かるが、どんな影響があり、元に戻すことはできるのだろうか。この春から、就職などでネクタイを初めて結ぶ人も多いと思うので、使用の注意点も聞いた。

笏本達宏さん(提供:笏本縫製)
笏本達宏さん(提供:笏本縫製)

――スリップステッチの仕組みを教えて。

ネクタイは結んだり、解いたりする前提で仕立てられる特性上、伸縮性がとても重要になります。スリップステッチはその伸縮を補助する”余裕糸”です。ネクタイを引っぱった時にでも内部でスルスルと動き、破損を防ぎます。この構造を実現するために、ネクタイは一本の糸で縫われています。もし緩みが生じたら、この糸を軽く引っ張ることで、直すことができます。
 

――スリップステッチはどのネクタイにもあるの?

簡易的なネクタイにないこともありますが、基本に忠実に作られたネクタイにはあります。普段は表に出てくるようなものではありませんが、大きくめくると糸が見えます。中に入り込んで見えなくなってしまっていることもありますが、その場合でも伸縮を補助する役割は果たしてくれています。

ネクタイは一本の糸で縫われているという(提供:笏本縫製)
ネクタイは一本の糸で縫われているという(提供:笏本縫製)

――糸を切った場合の影響と対処法を教えて。

切れてしまうと、徐々にではありますが。ネクタイが中心から“アジの開き”のようになります。説明が難しいですがネクタイとして機能しなくなります。糸は人間でいう背骨のようなものです。切れた部分を応急的に結ぶことで処置ができます。結び方に指定はなく、ほどけにくいものであれば大丈夫です。ただ、簡易的な処置なのでお買い直しを検討いただくか、想い出のネクタイでどうしても修復をしたい場合は職人に相談することをオススメします。

お勧めの保管場所は「脱衣所」なぜ?

――新成人や新社会人に使用時のアドバイスを。

ネクタイを長持ちさせるには、長期間使用しないときは平置きにしてください。夏場などで長く使わない時期がきたら、ぶら下げておくと伸びてしまうこともあります。もしも表面に傷がついたり、糸のようなものが出た時は、柔らかめのブラシで撫でると多少は目立たなくなります。

また、ネクタイは繊細なシルクで作られていることが多いので、1日使ったら次の日は休ませてあげてください。連日で使うと劣化が早くなってしまいます。お勧めはお風呂場の脱衣所にかけてあげること。適度な湿気が残っており、しわも直りやすく長持ちさせることができます。

脱衣所の適度な湿気が役立つという(画像はイメージ)
脱衣所の適度な湿気が役立つという(画像はイメージ)

――ネクタイの扱いで伝えたいことはある?

ネクタイは極端に結ぶと苦しいですし、だぼだぼにすると見た目がよくありません。慣れないうちは適度に使ってほしいですね。昔のように義務として着用しなければならない時代ではなくなりました。服装の自由化やクールビズもあって、結ぶ機会も減りました。だからこそ、貴重な結ぶ機会を大切にカッコよく楽しんでほしいですね。“その時”に喜んでもらえるように、私たち職人は「精一杯の丁寧を込めて」仕立てています。
 

――スリップステッチが話題となったが、関連する相談が寄せられたことはある?

他社商品のスリップステッチを誤って切ってしまったとご相談をいただくことは稀にありますが、自社ブランドではほとんどありません。大切な糸だからこそ、全商品に注意書きをつけてお送りしているので。

以前「妻からもらったネクタイが捨てられない」と相談を受けたことがありました。よく使いこまれたネクタイで、お世辞にもいい状態ではありませんでしたし、スリップステッチも切れていました。それでも、「もう1度コレを結びたい」とおっしゃられる60代男性のために、一度解体をして作り直したことがあります。お届けしたあと、お礼の連絡があって「亡くなった妻からもう1度プレゼントされたようで幸せ」と言われたことがあります。

ネクタイの製造現場。職人が働いている(提供:笏本縫製)
ネクタイの製造現場。職人が働いている(提供:笏本縫製)

――投稿が話題となった。受け止めを聞かせて。

ぼくたち職人は、普段はあまり表舞台に立つことがありません。それでも、SNSなどを通して伝えられることがあると信じて毎日発信している次第です。知られていない職人のこだわりや、想いがこうして反響をいただけるという事は、自分たちの励みになりますし、嬉しいことです。
 

笏本さんは3代目にあたるが、取材では家業への誇りが感じられた。今回のネクタイに限らず、職人がこだわって作るものは多い。私たちもその気持ちに応え、大切に使うことを心がけたい。

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プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。