世界のバリアフリー活動などをたたえる国際的な賞「ゼロ・プロジェクト・アワード」の授賞式が2022年2月24日、オーストリアの首都ウィーンで開催された。

国連障害者権利条約の理念に基づき、オーストリアのエッスル財団などが表彰するもので、今年は35カ国から76例の取り組みが受賞した。日本からは岡山放送が、手話放送を約30年続けていることや、手話放送普及に向けて協力企業を募るビジネスモデルを構築したことなどが評価され、日本のテレビ局として初めて受賞した。この国際的イベントに初めて参加し、セッションにも登壇した岡山放送・篠田吉央キャスターが現地の様子や感じたことなどを報告する。

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「影響力・再現性が高い革新的な取り組み」と評価

「Okayama Broadcasting,Japan」岡山放送の名前が呼ばれたのは、日本から約9000キロ離れたオーストリアの国連ウィーン事務所。今回の受賞は世界各地の専門家や研究者による投票を経て決まったもので、私たちが手話放送を通じ構築してきた3つの岡山モデルが、情報アクセシビリティの観点から「影響力・再現性が高い革新的な取り組み」と評価頂いたのです。

3日間にわたり行われた国際会議では、授賞式のほかにも受賞者や研究者などが様々なテーマに合わせ発表や意見交換をする機会が設けられ、私も手話に関するセッションにパネリストとして参加しました。日本のローカル局の取り組みにここまで注目頂けたことに驚くと同時に、「誰一人情報から取り残されない社会」の実現を目指し、更なる一歩を踏み出そうと決意を固めるきっかけにもなりました。

プレゼンをする篠田吉央キャスター
プレゼンをする篠田吉央キャスター

3つの“岡山モデル”

岡山・香川を放送エリアとする岡山放送で手話放送がスタートしたのは1993年。障害者への認識を高め障害者施策の質の向上を目指した「アジア太平洋障害者の十年」がスタートした年です。

ろう夫婦の家にホームステイをして手話を学ぶ大学生を取り上げたニュースを、できるだけ多くの聴覚障害者に見てもらいたいと手話通訳を付けたのがきっかけで、担当キャスターも手話を学び、ろう者を取り巻く社会課題や障害者福祉をテーマにニュース特集「手話が語る福祉」を毎月1回放送しています。

「手話が語る福祉」第1回目の放送(1993年)
「手話が語る福祉」第1回目の放送(1993年)

「手話が語る」というタイトルが示すように、こだわるのは手話の言語性です。当事者の言葉で伝えたいと、ワイプ画面の手話表現をろう者自身が担当していますが、この取り組みを持続可能にしようと、立ち上げた組織が1つ目の岡山モデルです。

岡山放送ではろう者や手話通訳者などと「OHK手話放送委員会」を立ち上げ、毎回の放送の手話表現を検討しています。

OHK手話放送委員会
OHK手話放送委員会

瞬間瞬間に情報を伝えていくテレビというメディアにおいて、一度見ただけで的確に内容を伝えるのは使命であり、当事者・通訳者・テレビ局による議論はテレビだからこその手話表現を生み出しています。地元当事者団体などと連携した専門組織を立ち上げることは、日本語とは文法も違う手話言語の知識が少なく、手話放送に踏み出せないテレビ局側の精神的負担の解消にもつながるはずです。

手話の収録の様子
手話の収録の様子

一方で、手話放送に乗り出そうにも制作コストが課題となることは、ローカル局に身を置くものとして痛感しています。

そこで、私たちが実践するのが、2つ目の岡山モデル。手話放送に協力いただける企業・団体に対し「手話協力」として社名などを表示する方法です。制作費を確保し手話放送の継続的な実施と普及につなげることが狙いで、ろう者からも「地元企業などの手話への理解が形となり伝わりうれしい。新しい形の福祉放送だ」 といった声が寄せられています。

「手話協力」として社名を表示
「手話協力」として社名を表示

そして3つ目の岡山モデルは、記者会見を遠隔で手話通訳する情報保障です。

4年前にエリアを襲った「西日本豪雨」や「新型コロナの感染拡大」の中で私たちが行政に提案し実現に至ったもので、記者会見で首長の横に大きなモニターを置き、離れた場所にいる手話通訳者がリモートで通訳するものです。

 
 

当時、全国各地の記者会見では、首長の隣の手話通訳者がマスクを着けていないことに疑問の声も上がっていましたが、岡山放送では手話での情報伝達は手の動きだけでなく、表情や口の形からも多くの情報が伝わること、感染防止のためにマスクを着けることで情報量が制限されてしまうことを繰り返し放送していて、行政の理解が得られやすかったのだと感じています。

活発な意見交換で“岡山モデル”に新たな視野の広がり

こうした取り組みを説明し議論を深めるには1時間という制限時間は短すぎ、幸いにもセッション後に多くの関係者が列をなし意見交換の機会を与えてくれました。

質問を受ける篠田キャスター
質問を受ける篠田キャスター

特に「障害者の社会参加を考えると、ろう者だけで番組を制作することも方法だが、ろう者と健常者が一緒になり番組を作る組織を設けることはダイバシティ―(多様性)を考える上で非常に先進的だ」と評価頂いたことや、「世界を見渡すと手話通訳者の数が少なかったり、通訳派遣制度がしっかりしていない国や地域もある。非常事態でもきちんと情報を得られることは人としての権利につながるので、遠隔による記者会見の通訳システムは自国でも導入したい」とコメント頂けたことは岡山モデルに新たな視野の広がりをもたらしてくれたと感じています。

また、セッションはオンラインでも配信されていたのですが、それを見たウィーンの企業に招待を受けたことは大きな収穫でした。「サインタイム」という名のこの企業はウィーン中心部の一等地にあり、手話の3Dアニメーションを制作しています。

手話の3Dアニメーションを手がけるサインタイム社を訪問
手話の3Dアニメーションを手がけるサインタイム社を訪問

現地では、企業が新商品の紹介などをする際に手話による説明も取り入れているそうで、人間ではなくサインタイム社が制作するアバターが、ポップなタッチで情報保障をしているのです。

サインタイム社が制作したアバター
サインタイム社が制作したアバター

国連が定めるSDGsの「誰一人取り残さない」という理念に対する意識はオーストリアでも高く、年々受注数は増加し売上も右肩上がりだそうで、「自分たちの技術をビジネスとして軌道に乗せ社会に貢献したい」と語った経営者の男性は、手話放送に協力企業名を表示する岡山モデルは世界で普及すべき取り組みだと強い関心を示して頂きました。

障壁のない世界の実現へ

今、岡山放送では、放送と通信の融合によるテレビの視聴環境の向上を目指し、2021年6月から慶應義塾大学SFC研究所(研究代表者 村井純教授)と「テレビ放送における情報アクセシビリティ」の共同研究もスタートさせていますが、ゼロ・プロジェクトを通じたオーストリアでの学びは大きな刺激となり、情報のバリアフリー化に新たな一石を投じられるのではと考えています。

限られた情報にアクセスするのではなく、全ての情報に平等にアクセスでき自分の意思で選択できる環境を目指しますが、この研究は必ずや将来、障害を乗り越えた情報提供だけでなく、地域間でギャップのあるアクセシビリティの均一化としても地域に還元できると信じています。

岡山・香川で地道に積み重ねた手話放送が今回の受賞をきっかけに世界の先進的な取り組みと連携し、誰にとっても障壁のない世界が実現できる日が来ることを強く願っています。 

手話をつけてリポートする篠田キャスター
手話をつけてリポートする篠田キャスター
インタビューも手話をつけて
インタビューも手話をつけて

手話はチャリティ?ビジネス?参加者たちの声は

手話放送を行うにあたって大きな壁として立ちはだかるのが、制作費の問題だ。人件費や技術費をはじめとするコストを番組制作費の範囲で継続してまかなうのは厳しいのが現実だ。岡山放送は手話放送中にスポンサーとなった企業名を表示することで、企業側が出資に見合うメリットが得られるようにした。

ビジネスとしての手話放送……これまではチャリティ事業として扱われることが主流だった考えを根底から覆すこの考えについて、世界各国からセッションに参加した人たちに話を聞いた。

アメリカからの参加者:
こうした取り組みは今まで一度も聞いたことがなかったのでとても興味深かったです。放送中に手話を入れることはコミュニケーションの視点からも素晴らしく、聴覚障害者のコミュニティが、いま起きていることを知ることはとても良いことだと思います。

ーービジネスモデルについてはどう思いますか?
アメリカからの参加者:
30年もやってきたのだからうまく行くはずであろうし、持続可能なために常に進化し、次の30年、60年、100年に繋がるものになればいいと思います。聴覚障害者にとっては情報やニュースで何が話されているかを知るのは重要な権利なので、政府がサポートするのが重要だし、ビジネスとして確立したモデルは、サービスを継続する上で重要だと思います。

オーストリアからの参加者:
アクセシビリティはここ数年注目され、議論されてきた問題なので、岡山放送が30年間どのように関わり、どのように発展してきたかはとても興味深いことでした。

ーー手話放送はビジネス、チャリティどちらがふさわしいですか?
オーストリアからの参加者:
正直に言えば、チャリティとしてだけではなく、ビジネスモデルとして十分可能であるべきだと思います。重要なのはどのようにそこに辿り着くかです。ただ、それがチャリティに留まってはいけないと思います。重要なのは、そこにどう辿り着くかです。

ルクセンブルクからの参加者:
とても印象深いプロジェクトです。特に資金調達ができること、独立して広告を出すこと、障害がある人自身がこの中で働いていること、それを持続可能性を持って30年近く取り組んで来た点が良いと思いました。

ーーチャリティとしてやるべきとの声もありますが?
ルクセンブルクからの参加者:
良い質問です。通常、それは政府の責任であり、政府にはそういう仕組みを確立する責任があります。それができないなら、企業を入れるという考えはとても素晴らしい考えです。誰もが大きなメリットを得られると思います。企業は初めからその理念を理解しているから。

障害者のニーズに応えられるなら、それはチャリティでもビジネスでもよく、持続可能であることが肝心だというのが、多くの人の意見だった。

【執筆:篠田吉央(岡山放送アナウンサー)・山岸直人(FNNパリ支局長)】
【取材:FNNパリ支局】

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国際取材部
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