走ることに懸けた公立高校の生徒たち。全国高校駅伝という夢に向かって4人は走った。

「都大路(全国高校駅伝)を一緒に走ろうっていうのはずっと言ってて」

一人じゃなかったからこそ、頑張れた。

神奈川県川崎市立橘高等学校の陸上部女子の3年生4人に8カ月に渡って密着し、2年連続の“都大路”出場を目指す姿を描いたドキュメンタリー「高3女子 駅伝物語〜その一歩に想いを込めて〜」を掲載する。

前編では2年連続の“都大路”出場を目指す練習と、仲の良い4人がそれぞれに持つ悩みについて伝えた。後編では変わり始めたチームと、県大会の結果、そして卒業が近づく4人の将来が定まっていく様子に追った。

(前編:『公立高校の女子高生が連続“都大路”出場を目指す。チームを引っ張り、ケガ・進路に悩みながら目指した目標』)

エースのケガとチームに広がる暗い雲

公立高校でありながら、2年連続の都大路(全国高校駅伝)出場を目指していた川崎市立橘高校。

左から熊澤美夢さん、細谷美鈴さん、金子陽向さん、伊藤南美さん
左から熊澤美夢さん、細谷美鈴さん、金子陽向さん、伊藤南美さん
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2021年のチームは、長距離女子ブロック長の金子陽向さん(愛称:ヒナタ)と伊藤南美(愛称:ナミ)のダブルエースが引っ張るチームだ。
そして、長くケガに苦しむ細谷美鈴さん(愛称:ミッスー)と、記録が伸びずに苦しむ熊澤美夢さん(愛称:クマ)という4人の3年生たちは、それぞれチームの方向性や自信の実力、そして進路に迷いを見せながらも、都大路出場のための県大会予選に向け、調整を続けていた。

9月下旬、県予選まであと一月余りとなった頃、チームに暗い雲が広がり始めた。

発端は部員たちのケガだった。部員11人のうち、エースのナミも含め5人ものケガ人が出ていた。

「左足の中足骨と立方骨という骨が疲労骨折っぽい…」(ナミ)

さらにケガ人の穴を埋めようとした後輩たちも、その想いが気負いになってしまい、思うような結果を出せなくなってしまっていた。

選手の自主性を大切にするチームだからこそ、悩ましかった。

解決策は誰も教えてくれない。

しかし、チームのあまりの雰囲気の悪さに、普段は口を出さない顧問の田代洋平先生の厳しい指導があった。

「いつか話そうかと思ったけど、今1、2年生であんまりチーム状況良くないじゃん。『よくないからちゃんとせいや』っていう話をするのか、『いや俺はもう何も言わないでこのまま試合を迎えるのか』と、正直迷ってるけど。お前たちがやればいいと思うから。

ただこのまま行ったら良くないのは間違いない。多分自分たちが一番感じていると思う。(1、2年生は)相当ナイーブになってるからね。
いい?自分のこともいっぱいいっぱいだけど、そこまでちゃんとチームのこと考えなきゃ駄目だよ。何も言えなかったら駄目だよ。そういう状況でどうにかしなきゃいけないってわかってなきゃ駄目だよ」

変わったチームと県予選メンバー発表

都大路をかけた県予選まであと1カ月となった2021年10月、課題は各自にあった。

ヒナタはより圧倒的なスピードを求めて、男子に混じって練習。ナミはケガの回復を見ながら走り込みを増やし、メンバー入りを目指すクマは後輩との争いを続けている。

そして最大の心配だったチームの結束は、明らかに変わっていた。

「ファイト!3セット目も全員で乗り越えましょう!」

明るく声出しをしていたのは2年生。練習中に背中を押すような声掛けが数多く聞こえるようになり、チームの一体感は一気に上がっていた。

「雰囲気良くなりました」「3年生の皆さんが,個別で話をしてくださる時間をくださって、そこで結構本音を吐き出すことが出来て、心が軽くスッキリした」「楽しいよね」

3年生のメンバーが後輩たちと個別に話をすることで、学年の溝はなくなり、2年生も先輩が抱えていたプレッシャーを理解した。

「最終的には勝ち負けにこだわりますけどでも、まずは自分たちの中で『これが勝てるチームだな』って、『私達が作りたかったチームだな』っていうところに持っていけるようにしようって考え方を改めたので」(ヒナタ)

チーム力は上がっている。

2021年10月24日。大会2週間前のこの日、クマにとってはメンバー選考に直結するタイムトライアルを迎えていた。走るのは県予選と同じコースで、距離は3000メートル。

メンバー入りには自己ベストを更新して、9分台に乗せたい。

クマにとって高校生活の終わりは、競技生活の終わりだ。だから最後に都大路を走りたい。クマの気持ちはみんなが知っていた。必死の走りで出した記録は、10分4秒09。自己ベストを大きく更新して希望をつないだ。

11月3日、田代先生からメンバー発表が行われた。区間は5つある。

「女子は1区2区で逃げたいなと思うんで、一区が金子陽向(ヒナタ)、2区が伊藤南美(ナミ)、ここで30秒くらい付けないと勝てない感じ。3区、4区も特に決めてないです、コース一緒なんで。進藤小春(2年)、小倉鉱(2年)どちらか。

5区は村上彩楽(2年)で行きたいと思いますので。女子は変えようがないと思いますので、走る5人はね、体調管理十分に注意してやってほしいなと思います」

クマの名前はなかった。

「悔しいですけど、自分の力不足です。うまく行かないときのほうがやっぱり多かったんですけど、でもこの一カ月は3年間で一番走れてるなって感じがして。

ずっとうまく走れなくて苦しかったんですけど、やっとみんなと走れてなんか楽しいなって思えるようになって、もう少しこのまま走りたいなと思っています」(クマ)

ヒナタはすぐに走り出していた。

「もう負けられない。橘の集大成なので。自分で考えて制限するところは自分で制限して、そういうやり方をしてるって言うことを証明するために勝たないとなっていうか。勝ってやっと証明できるのかなとは思います」

都大路の切符を掴めるか

11月7日。その時はやってきた。神奈川県予選に出場した27チームの中で、都大路に行けるのは優勝した1校だけだ。

ヒナタ:
最後はみんなで笑顔で終われるように、最後まで自分たちらしくやっていきましょう!

ミッスー:
楽しんで走ってきてください。応援してます!

クマ:
今日は皆のお母さんになるので、何かあったらどんどん言ってください。頑張っていきましょう!

円陣を組み、「誰よりも楽しむぞ!」と声をあげた橘高校。

クマは「3年間全部出してこいよ」と、思いを託すようにヒナタの背中を手のひらで叩き、「頑張ってこい」と抱きしめると、ヒナタは「よし!頑張るよ」と気合を入れスタート地点へと向かった。

事実上の一騎打ちともいえるライバルは、私立白鵬女子高校。

橘高校の作戦は先行逃げ切りで、エースのヒナタを一区に置いた。

ヒナタほど責任感が強い部員は他にいない。「自分が大差をつけなければ」と強く思い、レースを進める。序盤から飛ばし、白鵬女子をリード。

しかし相手は、思った以上に粘り強かった。
 
ヒナタの戻りを待つ2区のナミが「不安になってきた」と顔を曇らせていたころ、1区では順位に動きがあった。白鵬女子に抜かされ、差を広げないことがポイントになるが、ヒナタは希望のタスキをつなぐために折れず、なんとか食らいつき、30メートル、6秒の差に抑えて2区のナミへとタスキを繋いだ。

1区・ヒナタから2区・ナミへとタスキは繋がれた
1区・ヒナタから2区・ナミへとタスキは繋がれた

走り終わり、倒れ込むヒナタを「大丈夫だよ」と言いながら肩を支えるクマ。

ナミはヒナタに助けられてきたからこそ、「今日は自分が助ける番」という気持ちで走った。2区にタスキが渡った時点での6秒差を巻き返し、逆に18秒もの差をつけて、1位で3区へとタスキを繋いだ。

ナミはトップを奪い返した
ナミはトップを奪い返した

それでも戻ってきたナミは、「ごめん大差じゃなかった」と悔しさを顕にした。

ここから先は2年生が走る。3年生はもう信じるだけ。

4区の終盤で白鵬女子に抜き返されるが、5区を走る2年生・村上彩楽は「大丈夫です、私が抜かしてきます」と力強くクマに語る。

レースは残り5000メートル。5区では、橘高校は2年生、白鵬女子はエチオピアからの留学生が走る。

4区を走り終わった後、涙をこぼす後輩を優しく迎えるクマ。

「まだ終わってないだろ、大丈夫だよ。彩楽が抜かすから。信じて待ってよう、彩楽やってくれるから。泣いてちゃダメだよ」(クマ)

「彩楽!行けるいける!楽しめ楽しめ!」と沿道からの声を力に変え、差は0秒にまで縮まった。しかしゴール直前、白鵬女子に差をつけられ始める。12秒の遅れで倒れ込むようにゴールすると、両脇を抱えられ涙した。

そんな彩楽に「走ってくれてありがとう」と涙をこぼしながら声をかける部員たち。

先生は「ちょっと厳しいですけど、もう立ち直れない…苦しい…」膝に手をついた。そして「けどまあよくやったと思います、ここまで。よくやったって言ってあげたい」と続けた。

それぞれに歩みだす4人の仲間

2022年1月。東京・お台場に3年生4人の姿があった。
もうすぐ高校は卒業だ。

仲良く遊ぶ普通の高校生らしい姿を見せる4人に、3年生同士の繋がりをどう感じていたか聞いた。

ナミ:
そうですね、命綱でした。(全員笑う)
多分誰か1人が『あいつ、うざくない?』って感じで、私に対してなっていたら、多分学校辞めてたと思う。でも誰も見捨てなかったので私のことを。だから続けてこられたんじゃないかなって思います。

ミッスー:
基本的に3人に助けられて生きてる。

ヒナタ:
ずっと支えてくれるというよりは、一緒に進んできてくれたのが大きいというか。みんな泣かないでね(笑)。

クマ:
替えの利かない人たち。

4人はもう未来に向かって歩み始めている。
都大路への切符には届かなかったが、夢に挑んだことは彼女たちの実りとなっている。

「チーム作りとか仲間のこととか、辛いことをしていっぱい学んだので。自分の場合、進路関係も田代先生にも周りにも凄く迷惑をかけているので、絶対結果出さないとって思ってるので、それまではどんなに辛くても踏ん張る気でいます」

こう話したミッスーはケガが治って、1年ぶりのレース・関東地区高校女子駅伝で区間2位の結果を残し、進路も決まった。親の反対を押し切って実業団に進む。

「結果を気にするよりも、その過程だったり、それが大切なんだなって」(ナミ)

ナミは卒業前に徳之島で行われていた実業団の合宿に参加していた。実家を離れて寮生活になるが、ナミならやっていけるはずだ。

「一番良い、大丈夫だなっていう感じで臨めたので。今後の自分の人生の中で結果は求めるんですけど、仮に失敗しても無駄じゃないんだなって思えるかなって」(クマ)

抱いていた別の夢へ、クマは猛勉強の日々を送っている。大学は教育学部、小学校の先生になる。

ヒナタは大学の駅伝部に入った。「日本一」という次の夢も見つけた。

「もしもあの場で勝っていたら、『これぐらいで夢って叶うんだ』って満足しちゃうので。でもあそこで負けたことは『もっと頑張れよ』って言われてるということなので。

駅伝にすべてを懸けてきたからこそ、色んなものが手に入れられた、宝物がたくさん出来たのかな。だからまた次の4年間もその駅伝に懸けて、もっともっと充実させていきたいなって思います」

仲間たちの声でどれほど強くなれたか。4人の絆は続く。私たちだけに見えるタスキがそこにあるから。