走ることに懸けた公立高校の生徒たち。全国高校駅伝という夢に向かって4人は走った。

「都大路(全国高校駅伝)を一緒に走ろうっていうのはずっと言ってて」

1人じゃなかったからこそ、頑張れた。

川崎市立橘高等学校の陸上部女子の3年生4人に8カ月に渡って密着し、2年連続の“都大路”出場を目指す姿を描いたドキュメンタリー「高3女子 駅伝物語〜その一歩に想いを込めて〜」を掲載する。

前編では、2年連続の“都大路”出場を目指す練習の日々と、仲の良い4人が高校3年生の今だからこそ持つ悩みについて迫る。

都大路連続出場を目指す4人の3年生

神奈川県川崎市立橘高校。

川崎市立橘高校の卒業生にはオリンピアンも
川崎市立橘高校の卒業生にはオリンピアンも
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昭和17(1942)年に設立したこの学校は、公立高校でありながらスポーツに力を入れている。バレーボール部は全国大会の常連で、女子はインターハイで優勝(2012年)の過去もある。卒業生には、リオ・東京オリンピックと2大会連続で出場したバレーボール・島村春世や、サッカー日本代表で東京オリンピックにも出場した三笘薫など、オリンピアンも在籍した。

しかし陸上では無名だったこの橘高校が、2020年に県大会を勝ち抜き、全国高校駅伝出場という快挙を起こした。強豪校を相手に公立高校ながら奮闘し、47校中21位という好成績も残した。

橘高校 陸上部 長距離女子の11人
橘高校 陸上部 長距離女子の11人

2021年春、陸上部員は男女合わせて93人。都大路(全国高校駅伝)連続出場へのタスキを受け取った長距離女子は、11人だ。

3年生の4人は性格がバラバラだが仲が良い。長距離女子ブロック長の金子陽向さん(愛称:ヒナタ)がそれぞれを紹介してくれた。

「伊藤南美さん(愛称:ナミ)は結構ふわふわしていて、ちょっと抜けてるところが多いんですけど、試合とかやるときはやる女です」

「熊澤美夢さん(愛称:クマ)は、みんなのお母さんみたいな存在です」 

「細谷美鈴さん(愛称:ミッスー)は中学が同じで、家族より多い時間を一緒に過ごしてます」

ヒナタについてはクマが「すべて完璧にこなします」というと、照れ笑いを浮かべた。

左から細谷美鈴さん、熊澤美夢さん、伊藤南美さん、金子陽向さん
左から細谷美鈴さん、熊澤美夢さん、伊藤南美さん、金子陽向さん

1年生のとき、「この4人で一緒に都大路を走ろう!」と誓い合った。

自主性が重んじられる練習

強豪が集う神奈川県予選の突破に向け、毎日授業が終わると一目散で学校から2キロの距離にある多摩川の河川敷の練習場に向かう。公立ということもあり寮は無く、全員自宅から通っており練習時間は短い。

「8000メートル変化走、4分・4分で考えてます」

顧問の田代洋平先生に練習内容を報告する部員たち。走り込みの距離や目標タイムは選手自身が決める。

「私が導くというスタイルではないので。自分で『インターハイ行きたい』とか『都大路を走りたい』とか、そのためにどうするかの相談を受けるような。自分が何をやらないといけないというのを分かっていますし、『こうしたい』とか『強くなりたい』というのが芽生えるので、このやり方が実際一番強くなるなと」

練習内容とともに、その日に走った感想や体調などは、スマホの共有のアプリに書き込み、フル活用している。

毎月作る予定表は「唯一にして最大の仕事」だと語る、箱根駅伝の経験者でもある田代先生。「やらされる練習」が嫌で、その経験から生徒の自主性を重視する指導方法になった。

「僕のチームじゃないと思っているので。あくまでも本人たちがどういうチームを作って本番を迎えるかというところなので、自分は後ろから見ていたいなと。『絶対勝つぞ』とか『俺について来い』とかは一番やりたくない無いですね」

2020年、神奈川高校駅伝を制し、都大路出場を果たした
2020年、神奈川高校駅伝を制し、都大路出場を果たした

その思いは実り、顧問になって5年、2020年の神奈川高校駅伝でチームは優勝し、都大路出場を決めた。

「ギリギリですね、(2位と)10秒差くらいだったかな。嬉しかったですね、思い出しただけでちょっと涙が出そうですけど。もう一回行きたいですね」

月に一度、田代先生が作る一か月の練習予定表を土台に、各自が反省や目標を記入。そしてその後、考えを整理した部員が先生抜きで、思いをぶつけ合う時間がある。

ナミ:
今月は練習とかの結果も大会の結果として現れたので、良かったかなと思います。

西館瑠菜(2年生):
チーム全体としてみると、上の人達だけで構成されている感じになってしまっていて、下の人達の底上げだったり目立つ行動がまったくなかったかなって。

ナミ:
このチームの中で存在感が無い人とか、練習がうまくこなせてないということは、チームの中で言ったらマイナスになっちゃうから。

ヒナタ:
正直な話下の人とかは駅伝をどう思ってるのか、本心がわからないところがあるので、チームとして少し分裂してる部分があるかなって思います。
 

2年生の部員の1人に「結構厳しい意見が出るんですね」と聞くと、「そうですね。でも本音を言わないと、仲良しごっこじゃないので」と笑う。チームとしての成長を考えるから、喧嘩になったりはしない。

チームを引っ張るナミの悩み

2021年のチームは、ナミとヒナタのダブルエースが引っ張るチームだ。
中学時代は別々の学校でライバルだった2人だが、高校では一緒に走ろうと示し合わせて、橘高校に来た。

「都大路(全国高校駅伝)を一緒に走ろうっていうのはずっと言ってて」

ヒナタにそう言い続けてきたナミは、気持ちで走るランナー。乗っていると、体中から気迫が立ち昇っているようにも見える。

2020年は県予選も都大路も、見事な走りを見せたナミだったが、そこで燃え尽きてしまったことがある。

「私が失敗する見本みたいな。春とか結構燃え尽き症候群になりそうだったので、(2020年の)駅伝が終わってから体に力が入らなくて、気持ちに力が入らなくて、陸上はきついし辞めたいみたいな」

3年生になってしばらくは練習にも来ず、みんなが心配したが、同級生の支えで戻ってきた。

「金子さん(ヒナタ)や、同じ学年の人は良い意味で見捨てないので」(ナミ)

7月には、進路の話が出ていた。ナミの元には、大学からも実業団からも誘いがあり、悩んでいた。

「実業団の方が陸上に集中できるって言ったら変ですけど、私は横浜市の中学校で、川崎市の高校を出て、神奈川で育ててもらって。だったら神奈川に恩返ししたいって思う気持ちがあるので、地元の実業団が良いのかなって思ってしまって」

しかし結果が全ての実業団に進んで、もしまた気持ちが切れてしまったらという不安もあった。

「個人的な目標が無いので、実業団で何を頑張りたいかって言われたときに、『実業団に入るのが目標だったから、今までそんな事考えたことなかったな』って思って」(ナミ)

ナミの母は「実業団なんて、そんな専門的なところに行くにはこの子のメンタルじゃどうなんだろうって思ったりはしていたんですけど。でも自分で決めるんだったら。もう18歳ですから。不安はありますけど応援します」と背中を押す。

ナミの父も娘の希望を尊重している。

「(不安とかは無いですか?)大学へ行っても不安ですから。却ってすぐに社会人になって社会に揉まれたほうが、本人のためにもなるかなと。実業団に行って何年かして、また大学に行きたいんだったら行けばいいという。人と同じ道を別に歩む必要はないので」

そう語る父に、ナミは照れ笑いのような笑顔を返した。

記録が伸びずに苦しむクマ

9月。神奈川県予選が2カ月後に迫る中、部内のメンバー争いも激しくなっていた。

大会を走るのは5人。持ちタイムから見てヒナタとナミが選ばれることは間違いなく、残る枠は3つ。

クマは陸上は高校までと決めていたこともあり、必死だった。

「後輩にもどんどん抜かされちゃう日々で…。辞めようというか、消え去りたいって感じでしたね」

「クマ」という愛称は、親しみ易くて、優しくて、誰の悩みにも親身になってくれるが、自分には厳しいというところからきているという。地道な練習をコツコツするタイプで、自宅近くのランニングコースも自分で考え、日々励んでいた。

小学校までは特に運動をしていたわけではなく、中学から陸上を始めた。中学時代は成績が伸びて、3000メートルのベストタイム10分27秒65は、高校1年で出した記録だ。

しかしそこから伸び悩み、更新できないまま3年生になってしまった。

「自分にとってもラストチャンスなので、ここで絶対に記録は出さなきゃいけないと思っているんですけど」

そう意気込んで臨んだ記録会の結果は、厳しいものだった。

「10分36秒です。ずっとそうなんですけど、練習を試合で発揮できないというか、練習のほうが走れるというか、わからないんですけど。ずっと止まってその場で足踏みしてるって感じです」

自分がどんなに苦しくても仲間のサポートを続けたクマ。大学への推薦入学内定という別の形で報われた。

「一安心って感じです」

確かな実力でもケガと戦うミッスー

ミッスーもケガで調整が続いていて、この日はプールでの練習を続けていた。

「(どこを怪我したんですか?)シンスプリントって脛。治るのに時間がちょっとかかってる感じです」

3年生になってからまだほとんど走れていないミッスーだが、中学時代は抜きん出た存在だった。神奈川県大会の1500メートルで優勝し、全国大会にも出場している。

「不安しかないです(笑)。でも神奈川県駅伝に絶対出る気でいるんで」

卒業後の進路にも悩んでいて、この日は先生との面談があった。

ミッスー:
一番は大学って考えているんですけど。そこまで行きたいっていうわけでも無いんですけど、親と話していて「将来的にも大学のほうが安定するだろう」っていうことと…。

田代先生:
自分だけで考えたらどうなの?

ミッスー:
自分だけで考えたら、実業団しか考えていなかったので。

田代先生:
でもまあ難しいね。お父さんが『大学に行け』って言ってるからね。もうちょっと話し合いは必要だね。

なぜ父が反対しているのかを聞くと、「陸上を辞めたときのことが。実業団の話を聞いたんですけど、終わった後が正社員とかじゃなくてパートだったので、それで多分心配して言っているんだと思います」と明かした。

もしケガがなかったら、また違った道があったかもしれない。10月上旬に行われる記録会もケガの影響で走れず、県予選のメンバー入りを諦めた。ケガを治すことを最優先に、卒業後も陸上を続けるために。

キャプテンとして悩むヒナタ

キャプテンのヒナタは普通科の生徒だ。成績も優秀で、大学への推薦入学もいち早く決まった。しかし、長距離女子のキャプテンとしての悩みは深かった。

ヒナタ:
私とナミがいて、そこに対して蹴落としてやるとか、そういう雰囲気があんまりなくって。「全員で勝ちに行く」っていうのを本当にこだわりたいと思っているので、そこをどうにかしたいって凄い思ってます。

田代先生:
だからそれは逆にお前の悪いところで、完璧を求め過ぎちゃって「もっと上にもっと上に」っていう。もちろん勝ちたいし、京都(全国高校駅伝)も走りたいけど、それを求め過ぎちゃうとバランスが崩れてちょっとなんか怖いな。

ヒナタ:
去年(2020年)とそんな違いますか?

田代先生:
違うと思う。全然違うと思う。

ヒナタ:
去年はもっとやれたんじゃないかっていうのが凄いあって。そこにすら今の現状的に到達してないんですけど、難しいです。

田代先生:
でも終わった時にはそれ以上のものが待っているかもしれない。
 

2年生と3年生の意識の差、気持ちの溝のようなものに、ヒナタは悩み、家でも思い詰めていた。キャプテンとしての悩む姿は、チームの仲間には見せたくなかった。

ヒナタの支えは仲良しの兄。すべての悩みを話している。小さなころは当たり前だった家族の支えが、最近はありがたく思える。だから勝って、恩返ししたかった。


後編では一旦暗雲が曇った後に変わり始めたチームと、県大会の結果、そして卒業が近づく4人の将来が定まっていく様子に追る。

(後編:『走ることに全てを懸けた3年間。公立高校の女子高生4人が駅伝を通して得たもの』