5年に一度の韓国大統領選の投開票日まで1週間を切った3月3日、最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)氏と、支持率争いで3位につける中道系野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏が野党候補の一本化に合意した。選挙戦終盤での野党候補の一本化は、勝敗にどんな影響を与えるのだろうか。

「提案撤回」からわずか10日…安氏「2人はワンチーム」

「政権交代のために志を一つにする」

3日午前、中道系野党「国民の党」の大統領候補・安哲秀氏は、最大野党「国民の力」の尹錫悦氏と共同で会見を開き、投票が6日後に迫った大統領選に向け、自身の立候補を取り下げ、尹氏の支援に回ることを明らかにした。選挙後は党の合流も進めていくとしている。
翌4日からは期日前投票が始まった。まさに、ギリギリのタイミングでの「野党候補一本化」合意だった。

3日午前、共同会見に臨む尹錫悦氏(左)と安哲秀氏(右)
3日午前、共同会見に臨む尹錫悦氏(左)と安哲秀氏(右)
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共同会見で、安氏は「2人はワンチーム」とした上で「国民のため、文在寅政権の失政を正す」と声高に叫び、尹氏も「安候補の意思を引き継いで必ず勝利する」と述べ、二人は固い握手を交わした。

会見を終え手を取り合う、尹氏(左)と安氏(右) 安氏は尹氏の支援に回る
会見を終え手を取り合う、尹氏(左)と安氏(右) 安氏は尹氏の支援に回る

これまでの選挙戦は、尹氏と政権与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏が支持率トップ争いを繰り広げてきた。その熾烈さは、韓国メディア各社が「薄氷の戦い」と、こぞって報じたほどだ。
安候補はというと、各種世論調査でこの2強候補を追って支持率3番手をキープしていたが、政権交代を求める保守系支持層を中心に、野党候補の一本化を望む声が当初から多く挙がっていた。

今回実現した尹氏と安氏の候補一本化を巡っては、2月13日に安氏側から提案。しかし、安氏が提示した世論調査で一本化候補者を決める方式には、尹氏側は後ろ向きだった。与党・李氏の支持者層が尹氏の候補擁立を阻止しようと、世論調査に参加して故意に安氏の支持に回る懸念があったためだ。結論が出ないまま1週間が経った20日、安氏は「自分の道を進む」として提案を撤回。2月末には尹氏が一本化交渉の経過を詳細に公表し、「(安氏側から)決裂通知を最終的に受けた」と説明するなど、一本化交渉は水泡に帰したとの見方が大半だった。

選挙戦終盤での野党候補一本化 効果は?

韓国メディア各社が報じた、「尹氏と安氏の間で候補が一本化された場合」を想定した世論調査の結果をいくつか見てみると、以下のようなものがある。

尹錫悦氏・48.9%:李在明氏・42.8%(依頼:韓国経済/調査:イプソス)
尹錫悦氏・47.4%:李在明氏・41.5%(依頼:中央日報/調査:エムブレーンパブリック)
尹錫悦氏・45.9%:李在明氏・45.0%(依頼:文化日報/調査:エムブレーンパブリック)
尹錫悦氏・49.3%:李在明氏・44.4%(依頼:ニュースピム/調査:コリア情報サーチ)
尹錫悦氏・42.5%:李在明氏・42.2%(依頼:マネートゥデイ/調査:韓国ギャラップ)
尹錫悦氏・45.5%:李在明氏・39.0%(依頼:東亜日報/調査:リサーチ&リサーチ)
※いずれも候補一本化が決定する3月3日以前の調査。質問は社によって異なる。

尹氏と李氏の接戦が続く結果もあるが、尹氏が頭一つ抜け出したものが多く、「尹氏優勢」と伝える社がある一方、調査結果が李氏支持者と与党支持層の結集を促進するとの見方もある。
韓国メディアの分析は「二分」されていると言える。

遊説に臨む李氏(左)と尹氏(右) 
遊説に臨む李氏(左)と尹氏(右) 

そんな中、ある興味深いデータがある。前述の中央日報が依頼した調査で、「安氏が出馬を見送った場合、どの候補の支持に回るか」という安氏の支持層への質問に対し、尹氏の支持に回ると回答したのは29.2%で、李氏の31.2%を下回ったのだ。
今回の大統領選は、家族までをも巻き込んだ数々の疑惑やスキャンダルの暴露合戦が終始繰り広げられ、「次の悪を選ぶ選挙」「非好感度を競う選挙」とまで揶揄されている。一本化によって生まれる浮動票がこれまでより増えていることを示しているのかもしれない。

カギは 政権批判票集約の〝うねり〟を生み出せるかどうか

民主化されて以降の韓国大統領選において、「候補一本化」の動きは、常につきまとってきた問題といっても過言ではない。

1987年の第13代大統領選では、当時有力候補とされ、ともに後の大統領にもなった、金泳三(キム・ヨンサム)氏と金大中(キム・デジュン)氏の間で候補一本化の議論が交わされたが、妥協点が見いだせずに別々に出馬することとなり、共倒れの結果となった。

1987年大統領選に向け候補一本化交渉を行う金泳三氏(左)と金大中氏(右) 交渉は決裂し共倒れに
1987年大統領選に向け候補一本化交渉を行う金泳三氏(左)と金大中氏(右) 交渉は決裂し共倒れに

2002年の第16代大統領選挙では、1カ月前の世論調査で革新系与党の盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が25.0%、その年に行われた日韓ワールドカップの誘致に貢献し、FIFAの副会長も務めた経歴を持つ、鄭夢準(チョン・モンジュン)氏が25.0%、保守系野党候補の李會昌(イ・フェチャン)氏が24.4%と、激しい三つ巴の様相を呈していた。

しかし、盧氏と鄭氏が候補一本化で合意。投票日前日に鄭氏が「盧氏の支持を撤回する」と宣言し、急きょ白紙になったものの、盧氏が僅差で接戦を制し、政権交代とはならなかった。韓国メディアは「候補一本化が白紙になったことで盧陣営の危機感が高まり、結集が高まった」と分析している。

盧武鉉元大統領 候補一本化は前日に白紙となったが、その結果陣営の機運が高まり当選へ結びついた
盧武鉉元大統領 候補一本化は前日に白紙となったが、その結果陣営の機運が高まり当選へ結びついた

一方、事実上の一本化が効果を生まなかったケースもある。2012年の選挙では、現大統領の文在寅(ムン・ジェイン)氏と、今回尹氏との一本化に応じた安氏(当時・無所属)が、一本化について協議を行ったものの合意には至らなかった。安氏が一方的に出馬を取りやめ、文氏が革新系政党の候補として一本化された結果になったが、機運は高まらず、保守系野党の朴槿恵(パク・クネ)氏に敗れている。

「二強候補」による「薄氷の戦い」は続きそうだ
「二強候補」による「薄氷の戦い」は続きそうだ

過去の歴史を見ると一本化の成立の有無だけが選挙結果を分けたわけではなく、一本化によって浮動票を動かすうねりを作れるかどうかが大きなポイントになってきた。
各種世論調査では政権交代を望む声が過半数を超えている。今回の選挙では、限られた時間の中で、どう候補一本化のメリットをアピールし、政権批判票を集約できるかがカギと言えるだろう。
いずれにしても選挙期間は残りあとわずか。「薄氷の戦い」はギリギリまで続きそうだ。

(執筆:FNNソウル支局 熱海吉和)

熱海吉和
熱海吉和

FNNソウル支局特派員。1983年宮城県生まれ。2007年に仙台放送に入社後、行政担当などを経て2020年3月~現職。辛いものが大の苦手で韓国での生活に苦戦中。