多くのドラマを生んだ北京五輪。その中で、金メダルに手が届くゴール目前で転倒があったスピードスケート女子チームパシュートは、今大会で特に印象的に残ったシーンの一つである。転倒後立ち上がり、ひとりでゴールした髙木菜那選手が、メンバーに対し手を合わせる仕草を見せたとき、実況席で中継の解説をしていた青柳徹さんは、「謝らなくていいです」とコメントした。少し声を押し殺すように、突差に選手を制するように言った。解説時とは異なる口調であった。

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スピードスケートで五輪に4度出場し、現在日本体育大学教授で、スケート部の総監督として髙木美帆選手のコーチを務める青柳徹さんに、そのときの気持ちと、“ことば”の背景について聞いた。

「謝らなくていいんです」の背景にある想い

ーーその時の状況は

転倒せずにゴールしたならば、あのレースはカナダに逆転されることなく、0.3秒差で勝てたと思う。なぜならば、先行していた日本は差を詰められてはいたが、残り1周半からの日本とカナダのタイム差は0.3秒のままで推移していたので、解説をしながら日本チームの金メダルを確信した。

それだけに、あの転倒の瞬間は言葉を失った。菜那が「ごめん」とチームのメンバーに謝っている姿を見た瞬間、何も考えずに出た言葉が「謝らなくていいんです」だった。転倒を予測しているわけではないので心の底から「謝らなくていい」という言葉が自然にあふれた。あの時は、僕自身がチームの一員として、一緒に滑っている感覚でいたので、解説者としての見解というよりは選手側か、コーチとしての気持ちから出た言葉だったと思う。

ーー選手側かコーチとしての気持ちとは

団体パシュートで、“転倒した”“隊列から離れた”というのは、その選手だけの問題ではない。よって「謝らなくていいんです」だった。団体パシュート競技が06年に五輪で正式種目になる前から、僕はコーチとして関わってきた。ときには日本スケート連盟の科学サポートスタッフとして風洞実験などを行って科学的知見を得るための作業にも携わった。空気抵抗を軽減する最良な方法などはわかったが、明らかにできないこともある。それは選手の努力度のように計測が難しいものであり、3人のメンバーがゴールした瞬間に100%の力を出し切っていることが理想だが、簡単なことではない。メンバーの状態を互いによく把握できなければならないし、自分を最大限活かしつつチーム内の2人も活かすような思考を持てなければ、パシュートで優れた成果を収めるための共同作業はできない。そこまで理解すると当然の「言葉」だと言えるのではないか。

ーー日本は、平昌の時より成長していたのではないか

北京での団体パシュートでは、メダル獲得を目指している国やチームがはっきりしていた。4年前の平昌と比べて各国の力の入れ方が違った。例えば、個人ではメダルが期待できないアメリカの男子はオリンピック期間中に最大限の努力を団体パシュートの練習に費やしていた。一方、個人種目で活躍するオランダは男女共に団体パシュートの練度を上げられなかった。難しい問題でありジレンマと言えるだろう。

オリンピック予選も兼ねる今季のW杯では、日本はカナダチームに一度も勝っていない。その点では平昌五輪とは状況が異なる。日本は戦術に試行錯誤を重ねていたが、カナダは勝利の手段が明確で金メダル候補の最有力であり、日本は自分たちが100%の力を出し切らないと金メダルに届かないことを肌感覚で知っていた。本当にぎりぎりの勝負だったために起こった転倒であることがわかる。「仕方ない」と感じたこともあの言葉が出た理由だと思う。

「おめでとう」なのか「ありがとう」なのか

ーー「ごめん」と言いたくなる状況とは

競技の場で起きたことについて、選手がチームメイトに対して「すまない、ごめん」というのは、率直にあふれ出る言葉だと思う。もしも自分が原因でメダルを逃したならば「本当にごめんなさい、自分の〇〇が足りなくてごめん」という意識が働くのが自然な反応だと思う。昭和の時代では国を背負った代表という意識が強かったように思うが、平成を経て令和と時代は流れても応援してくれた人たちに対して「期待に応えられなくてごめんなさい」という気持ちを抱くのは日本人に多く見られる感情だろう。この表現は,ふてくされたり、開き直られるよりは、他者との軋轢を生まない。ただし、過度な謝罪は逆効果となる場合もあると思う。

ーー近年、一般の人が活躍した選手に「ありがとう」と言うケースが目立つ気がするが

「〇〇選手おめでとうございます」がこれまでの代表的なコメントの形だった。「ありがとう」は自分という主観的な視点からどう感じたかということの現れであり、「最高のパフォーマンスをしたあなたに私は感動した。だから,ありがとう」は現在では当たり前になっており、SNS文化と関連していると考える。“自分という立ち位置”からの評価の仕方が一般的になりつつあると感じていて、「おめでとうございます」は“メッセージ自体”にポイントがあるのに対して、「ありがとう」は“自分という立ち位置”にポイントが置かれていると思う。このような変化は、競技スタイルにもなんらかの違いを与えているかもしれない。

“ことば”の発信と選手の強さについて

ーー選手の発言の仕方について思うこと

結果の良し悪しに関わらず、レース後の選手の情報発信の仕方には、その選手の生き方や思考がはっきりと表れる。感謝、適正な評価、言い訳、責任転換などが挙げられるが、はっきりしていることは、選手が発した言葉や態度は、やがて最終的には自分自身へブーメランのごとく返ってくるということだ。今回の北京大会でも改めて痛感した。発言内容と競技者の強さにはなんらかの関係性があると考えている。今後、じっくりと吟味して掘り起こしたいテーマである。

ーー髙木美帆選手の場合は

今回の五輪の1500メートルでは、金メダル以外は考えていなかった。しかし、北京入りしてからは、やはりプレッシャーとしての重圧が美帆にも容赦なく降りかかった。顔色は明らかに悪く、追い込まれているのは一目瞭然だった。更に美帆のスタート前に滑走したビュストがオリンピックレコードの好記録を出したことで、「勝つぞ」の意識が「勝たなければ」に変わってしまったかもしれないこともマイナス材料だった。その結果、「まさかの銀メダル」であり、レース後の表情がすべてを物語っていた。

しかし、彼女の秀逸さはメダルの色でははかれない。レース後、速やかに行われたベニュー(フラワー)セレモニーでは気持ちを完全には切り替えられなくとも、相手の強さを認めて、事実を“受け止める”ことを短時間で、できていると感じられた(実際その直後のインタビューで髙木美帆選手は「自分の実力が彼女(ビュスト)よりも劣っていた」と潔くコメントした)。まったくの想定外の結末となったが、その日の最高のパフォーマンスをした相手と弱かった自分を客観的に分析・評価できることが美帆の強さだと思う。人は誰でも自分の弱さから目を背けるものだが、美帆は誰よりも弱い自分と向き合うことのできる人間である。

(以上、青柳氏談)

休む間もなく世界選手権へ

そんな髙木美帆選手を含む男女11選手が、現在世界選手権(ノルウェー)に出場中。

短距離総合力で競う「スプリント」では、男子500メートル銅メダルの森重航選手や新濱立也選手らが活躍。そして、全距離総合力の「オールラウンド」には、五輪女子団体パシュートの3選手(髙木美帆・髙木菜那・佐藤綾乃)が、今日3月5日(土)から出場する。

「世界スピードスケート選手権2022」
3月12日(土)深夜2時45分からフジテレビ系列で放送

「S-PARK」でもお届け!
3月5日(土) 24:35からフジテレビ系列で放送
3月6日(日) 23:15からフジテレビ系列で放送

奥寺 健
奥寺 健


北海道大学と電気通信大学大学院を経て93年フジテレビ入社 「めざましテレビ」スポーツコーナー、 五輪取材団6回(アトランタ、長野、シドニー、ソルトレイクシティ、アテネ、トリノ) 現在Live News Days、 Live News it、スピードスケート取材・実況(97年~)等担当

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