バイデン米大統領は2月3日、米軍がシリア北部で急襲作戦を実行し、「イスラム国」の指導者と幹部が死亡したと発表した。バイデン氏は演説で、これにより「世界からテロの脅威が取り除かれた」と述べた。
しかし「イスラム国」の指導者が死亡しても、テロの脅威が取り除かれることはない。その理由は多数あるが、ここではそのうち4つを挙げよう。

行動原理は『コーラン』
第一に、「イスラム国」というのはそもそも、指導者の指導力やカリスマ性によって勢力を維持している組織ではないからである。「イスラム国」ならびにその戦闘員は、イスラム教徒が神の言葉そのものと信じる啓典『コーラン』を典拠とするイスラム法に従い、全世界をイスラム法の統治下におくまで戦い続けることこそが自らに課せられた義務だと信じている。指導者が死ねば別の指導者が推挙され、彼らと目標、イデオロギーを共有する個人や集団が新たな指導者に忠誠を誓うだけで“代変わり”は完了だ。

初代指導者死亡後も勢力拡大
第二に、今回死亡したのは「イスラム国」二代目指導者であり、初代指導者の死亡も米軍の作戦によるもので、その際には当時のトランプ米大統領が「世界はより安全な場所になった」と述べたが、実際は全くその通りにはならなかったからである。


複数存在するアフリカの「イスラム国」支部はここ数年で攻撃数を倍増させたのに加え、2021年8月にタリバンがアフガニスタンを制圧すると「イスラム国ホラサン州」も大復活を遂げ、100人を超える死傷者を出すテロを連続して実行した。2022年1月にはシリアのグワラン刑務所で、ここ数年間で最大規模とされる襲撃を実行し、数百人規模の死者を出した。
進む次世代戦闘員の“育成”
第三に、「イスラム国」には既に次世代戦闘員が続々と育ってきているからである。1月には「イスラム国」西アフリカ州が、10歳そこそこと見られる子供戦闘員がナイジェリア兵と見られる男性を銃で撃って処刑する映像を公開した。
シリアのクルド人組織が管理しているホウル・キャンプには、約5万人の「イスラム国」戦闘員とその家族が収容されており、うち2万人は子供である。彼らの中には、「イスラム国」戦闘員から実際に戦闘訓練を受けた経験がある子供が多く含まれるだけでなく、今も強く「イスラム国」のイデオロギーを信じる母親から、それを教え込まれている子供もいる。

ホウル・キャンプでは「イスラム国」イデオロギーを強く信奉する女性が、それに従わない女性を「処刑」したり、ボランティアや警備員を攻撃したりする事件が多発しており、シリア人権監視団によると、2021年の1年間だけで84件の犯罪が発生、クルド人警備員2人、イラク人67人、シリア人20人を含む89人が死亡している。キャンプ内の子供たちは、日常的にこうした犯罪が発生する環境に置かれているのだ。

アルカイダ、ハマス、ヒズボラ…世界に点在するテロの脅威
第四に、テロの脅威は「イスラム国」だけではないからである。2001年9月11日に米同時多発テロでイスラム過激派復活の狼煙をあげたアルカイダは今も健在であり、長年アルカイダをアフガニスタンに匿ったタリバンは2021年、再びアフガニスタンの実権を掌握した。
米国防省は2021年10月の時点で、アフガニスタンの「イスラム国」は最短で半年、アルカイダも向こう1、2年の間に米国などアフガニスタン国外を攻撃する能力を確保する可能性があるという認識を示した。
米国がテロ支援国家と認定するイランが支援するパレスチナのハマスやイスラミック・ジハード、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシー派、イラクの人民動員隊(PMF)などによるテロ活動も忘れてはならない。それらが、「イスラム国」指導者の死と一切関係がないことは言うまでもない。

2021年8月にアフガニスタンでタリバン復権を許し、2022年2月にロシアにウクライナ侵攻を許したバイデン政権にとって、米軍の作戦で「イスラム国」指導者を死においやったことは、外交上の数少ない「誇るべき功績」であるとは言えよう。
しかし彼の「世界からテロの脅威が取り除かれた」という言葉を文字通りに受け止めるべきではない。なぜなら実際に世界にはテロの脅威が明らかに存在しているだけでなく、今この瞬間にもテロの被害に遭っている人々が存在しているからである。