11月19日の夕方から夜にかけて、各地で観測された幻想的な光景。

「部分月食」とはいうものの「ほぼ皆既月食」だ。月によって覆われた太陽の直径の度合い “食分”が最大になる瞬間が「とても深い月食」で、全国で見ることができたのは、1881年12月6日以来、実に140年ぶりだという(国立天文台)。

さらに月食が見られる時刻は16時18分頃から19時47分頃までの約3時間29分。部分月食としては、これほど継続時間が長いものは1440年2月18日以来となり、長時間に及ぶ天体ショーとして多くの人々の注目を集めた。

フジテレビ撮影中継取材部では、東京・府中市、渋谷区、港区、江東区、新宿区、神津島の都内6か所から「部分月食」の撮影を試みた。それぞれの場所で撮影に臨んだカメラマンたちが当時の様子を振り返った。

「ダイヤモンド富士&月食」の同地点撮影に挑む<東京・府中市>

今年の5月26日。24年ぶりに「スーパームーン皆既月食」が日本で見られるはずだった。皆既月食の美しい映像を撮影しようと万全の準備で臨んだが、当日は東京のみならず関東エリア全体が曇に覆われ、はっきりとした皆既月食を捉えることができなかった。カメラマンの私にとって今回の部分月食は、この時の雪辱戦だった。

部分月食取材は撮影場所の選定から始まった。ただ月だけを撮影するのではなく、スカイツリーや東京タワー、新宿のビル群や飛行機、観覧車などを絡めて撮影できる場所を中心に候補を挙げていった。同時に、月が移動するルートを確認できる天文シミュレーションソフトを使用して撮影場所を絞り込んでいった。

そこに新たなミッションが加わった。

「ダイヤモンド富士も同時に見える地点はないだろうか」

そんな声があがったのは、部分月食の3週間前のことだった。それまで月のことしか考えていなかった。ダイヤモンド富士はノーマークだった。それから、ダイヤモンド富士と部分月食が同じ地点から見える場所を探した。どちらも見える地点となると、かなり場所が限られてくる。やっとの思いで探し出した場所も、撮影許可が下りずに断念する場面もあった。

諦めずに探していると、東京・府中市内のとある小学校が候補に挙がった。ここの屋上なら、ダイヤモンド富士も部分月食も見ることができる。早速小学校に電話をかけて企画内容の説明をした。担当の方から確認しますと言われ、どきどきしながら電話を待った。しばらくして「撮影しても大丈夫です」と伝えられた瞬間、肩の力が抜けたのを覚えている。

撮影場所が決まって安堵したのも束の間、ダイヤモンド富士と部分月食を撮影するための機材を準備しなくてはならない。今回の部分月食は、月の直径の97.8パーセントが地球の影に入り、ほぼ皆既月食の状態となる。地球の大気を通ったわずかな光で月面が照らされるため「赤銅色」とも呼ばれる赤黒い色に見える。今回も大部分が隠れるため、「赤銅色」に見えると同時に、普段見慣れた月と比べ、かなり暗く見えることが予想された。

一方でダイヤモンド富士は太陽の撮影だ。その明暗差は計り知れない。我々が普段業務で使用しているENGカメラと呼ばれる放送用のテレビカメラに加え、わずかな光でも増幅して撮影することができる高感度カメラも用意した。

準備したのはカメラだけではない。普段肉眼で見ていてもあまり実感はないが、カメラや望遠鏡を通してアップで月を見てみると、意外と早く動いていることがわかる。三脚などでカメラを固定して撮影すると、すぐにフレームから外れてしまう。

そこで活躍するのが赤道儀と呼ばれる機材だ。赤道儀は星の日周運動に合わせて回転し、月や星を追尾できるもの。赤道儀があれば、月を画面いっぱいに写し込んでいてもフレームから外れずに撮影することができる。赤道儀を扱うにはコツがいる。本番に向けて何度も練習とシミュレーションを繰り返し、来るべき日に備えた。

東京は天気の良い日が続き、期待に胸を膨らませた。

本番当日。快晴…とまではいかないが、確かに青空は見えている。肝心の富士山は、薄い雲に覆われており、その姿をはっきり確認できない。時刻は午後2時30分、日没まであと2時間ほどだ。雲が晴れることを期待し、機材をセッティングしていく。

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そして午後3時30分、ライブ配信が開始されたのだが、一向に雲が晴れる気配がない。配信開始から1時間ほどが経ち、ダイヤモンド富士が見えるはずの時間を迎えた。映画やドラマであれば丁度良いタイミングで晴れ間が広がり、ダイヤモンド富士が姿を現すところだろう。

だが、現実はそう甘くはなかった。富士山はかろうじて見える程度で、太陽は厚い雲の中に沈んでいった。

気を取り直して、西の空から、東の空へとカメラを向け、月を待ち構える。さっきまで東の空にはなかったはずの雲が、いつの間にか空を覆っていた。またしても・・・天気は味方してくれないのか。ふと富士山の方に目をやると、見事な夕景が広がっていた。

月の出の時間を過ぎても月は姿を現さない。今回もダメなのかと諦めかけたそのときだった。雲の切れ目から既に欠けた状態の月が顔を出した。胸の高鳴りを抑えつつ急いで月にカメラを向けると、月が欠けていくのがよくわかった。

残念ながら府中では、月食の最大を迎える18時3分頃には再び雲が広がってしまったが、それでも前回の皆既月食よりは、遥かに長い時間月を捉えることができた。

私は今年4月にカメラマンになったばかりの新人カメラマンだ。これまでVE(ビデオエンジニア)として企画取材に携わってきた。今年1月にはダイヤモンド富士を撮影する企画にも参加した。「いつか自分もダイヤモンド富士を撮影する」と、その時言っていた自分に、まさかこんなに早くチャンスがくるとは思わなかった。カメラマンとして初めて携わったものの、撮影できなかった5月の皆既月食の雪辱に燃えていた。シミュレーションを重ね、気づけば毎日のように月を眺めていた。場所探しには相当苦労したが、結果的に良い場所に巡り合えたと思う。

どれだけ準備をしようとも天気だけはどうにもできない。これまで、幾度となく天気に振り回されてきた経験がある。せっかくのダイヤモンド富士の撮影は出来なかったため、100%納得のいく結果にはなっていない。次回は必ず撮影すると自分に誓った。

カメラ ・SONY XDCAM PDW-740  ・SONY α7S 
レンズ ・Canon HJ18e×28B 
・Sigma 150-600mm F5-6.3 DG DN OS HSM Contemporary
赤道儀 ・Vixen SPHINX
三脚  ・Vinten Vision100

(撮影中継取材部・岸下怜史)

神頼み通じた!?月は赤銅色に輝き歓声が上がった<東京・渋谷スカイ>

部分月食の撮影にあたり、時間を見つけては練習を繰り返してきた。 今回の撮影は、普段使わない機材を使用することや、撮影時間も夜のため不安要素が多かったからだ。 機材の操作方法や設定を確認した後も、本番の週は日が落ちると機材を会社前に持ち出し、本番に向けた準備を進めてきた。

気がかりだったことは、当日の天気である。我々が、どんなにしっかりと準備したとしても、部分月食を撮影できるかどうかは天気次第だ。思い立って、ある場所へと向かった。東京・高円寺にある気象神社。ここは、日本で唯一の気象神社だ。 「本番当日、晴れますように~」 神様にお願いした。 

迎えた当日。私は渋谷区にある渋谷スクランブルスクエアの屋上展望施設「渋谷スカイ」(高さ約230m)での撮影を担当した。

夕方、東京の空には、雲が広がっていた。願いは届かないのかと思ったが、部分月食の最大食を迎える頃には、月の周りに雲はなく、東京からも赤銅色に輝く月を観測することができた。

「渋谷スカイ」で開催されていた月食観測イベント「ROOFTOP天体観測」には約500人が訪れていた。月はスカイツリーと東京タワーの間から姿を現し、訪れた人は会場に設置された4台の天体望遠鏡で観測し、刻々と変化する部分月食の様子を撮影していた。 

最大食の時間帯は、月が赤銅色に輝いて皆既月食に近い状態となり、会場からは「すごい!」「待った甲斐があった」「感動した!!」などの歓声が上がっていた。

今年の1月25日。緊急事態宣言中で外出できない人たちに向けて「ダイヤモンド富士」の生配信を行った。あれから10ヶ月。みんなが実際に同じ場所で、同じ景色を見られるようになっていることが感慨深かった。油断することはできないものの、以前のような日常が戻りつつあるように感じた。

1月に撮影したダイヤモンド富士と今回の部分月食。いずれも私にとって忘れられないものとなった。 来年の11月には、皆既月食を日本各地で観測できる機会がある。次回もまた美しい光景を視聴者に届けたい。また行く前には必ず気象神社に、参拝に行くことになるだろう。

カメラ ・SONY XDCAM PDW-740
レンズ ・Canon HJ22e×7.6B IRSE A
三脚  ・Vinten Vision100

(撮影中継取材部・外薗学)

集まった人々の表情が柔らかだった<東京・渋谷スカイ>

当日は朝から空にうすく雲がかかっており時間が進むにつれ、不安も募るばかりだった。午後5時に撮影場所の「渋谷スカイ」に着くと、周りには部分月食を楽しみにしている人が、期待と不安を抱きながら空を見上げていた。

部分月食が最大食を迎える少し前、雲に隠れてなかなか姿を確認することの出来なかった月が、赤く染まった姿を現した。諦めムードが漂っていたが、月が見えると集まっていた人たちからは歓声が上がった。スマートフォンを掲げ、天体望遠鏡をのぞき、友人や恋人と談笑しながら18時3分の最大食を楽しんでいた。

スカイツリーと東京タワーの間に浮かぶ赤く染まった月は、程なくしてふたたび雲に隠れてしまったが、取材を開始した時より、集まっていた人たちの表情も柔らかく、温かいものになっていた。

(撮影中継取材部・岡果林)

「人間赤道儀」になりながら…海から夜空へカメラ向ける<東京・神津島>

軽石漂流の取材で訪れていた神津島だったが、高い建物など障害物がない島からは、一層きれいな月が望めるのではと、カメラを海から空へと向けてみた。

最初、雲が広がっていて見えなかったが、18時半頃、空を見上げると雲が薄くなってぼんやり見え、撮影を始めるとさらに雲がなくなり、クリアに撮ることができた。

月のアップを狙ったが、画面からはみ出るぐらい月に寄ると動きが早くて、すぐにフレームから外れるので、ゆっくり三脚を動かす、いわゆる「人間赤道儀」になるように心がけた。

カメラ ・SONY XDCAM PDW-740
レンズ ・Canon HJ22e×7.6B IRSE A
三脚  ・Vinten Vision100

(撮影中継取材部・上園孝洋)

報道カメラマンは本来「個人プレー」だが…<東京・お台場>

いつもは現場で撮影を担当する私が、今回は皆を指揮し、映像全体を統括する役を担った。FNN(フジテレビ系列各局)の協力により、フジテレビ本社内で全国各地の「部分月食」の映像を統括し、ネットでのライブ配信、地上波のニュース番組のコーディネーション業務を行なった。

会社の中から映像を見ていることが歯痒く現場に出たい思いが強かったが、それぞれの現場でカメラマンたちがどのような思いで「部分月食」を切り取ろうとしているのかを感じることができたのは収穫だった。

月だけを同じサイズでずっと捕捉していたり、中にはアップで撮影して画面をはみ出すぐらい月に寄っていたり、月には寄らずに街並みと月が見えるサイズで切り取ったり、イチョウと月を絡めようと必死にアングルを探るカメラマンからは画面を通して緊張感を感じることが出来た。

それぞれの場所でそれぞれのカメラマンがどのような思いで「部分月食」を切り取るのか。一つ一つの現場から画面を通してカメラマンの熱い思いや体温を感じた。俯瞰した立場から現場映像を見る機会があまりなかった私にとって良い勉強になった。

個人的には、報道カメラマンの仕事の大半は個人プレーだと考えている。現場に出ればアシスタントや記者が一緒にいることはあるが、現場の映像を残すのはカメラマンの責任だ。今しかないその瞬間を報道カメラマンは自分で判断し、切り取らなければならない。

一方、今回の「部分月食」のような取材はチームプレーだ。同じものをそれぞれの思いで見つめ、切り取り、映像に残し、各地の映像を視聴者に伝える。普段なかなか味わえない一体感を感じることが出来た。

(撮影中継取材部・石黒雄太)

<撮影>フジテレビ撮影中継取材部
<編集>外薗学・岸下怜史