6日に臨時国会がスタートし、本格論戦が繰り広げられる最中、複数の政府関係者によると、岸田首相が現在暮らしている赤坂議員宿舎を離れ、11日にも首相公邸に入居する意向を固めたという。
この記事の画像(11枚)岸田首相が公邸に入居することになれば民主党政権下の野田佳彦元首相以来、およそ9年ぶりに首相公邸が本来の「日常生活を行う住まい」としての役割を取り戻すことになる。
公邸に入居しないのは「わがまま」危機管理面で批判も
首相公邸は首相が執務を行う首相官邸の隣に立つレンガ積みの外観が特徴的な建物だ。首相官邸のホームページによると、首相が執務をする「官邸」に対して、首相が日常生活を行う住まいを「公邸」と呼んでいる。
一方で、安倍元首相(第二次政権時)、菅前首相は官邸に隣接する公邸には住まず、都内の私邸や赤坂の議員宿舎から首相官邸に勤務する形を取っていた。これに対して国会では「公邸に住まない」ことの問題を野党が指摘してきた。
2021年2月15日、「公邸住まい」経験者の野田元首相が衆議院予算委員会で、福島沖での最大震度6強の地震の際に、菅前首相が発生から官邸に入るまで20分をかかったことについて、「公邸に入らない理由が分からない」と追及した。
野田氏は「おととい(2月13日)大きな地震がありました。総理が赤坂宿舎から急いで官邸に駆けつけたが、所要20分だった。これが首都直下型地震だったらどうなったか。道路が陥没し、倒壊した建物で道路が寸断される可能性がある。赤坂と永田町は目と鼻の先だが20分では到達しない」と指摘した。その上で、「公邸に暮らしていれば何かあった時に這ってもいける。歩いて0分。公邸に入らない理由が分からない」と追及した。
これに対し菅前首相は「公邸に“住む・住まない”の問題で一番大事なのは緊急事態に対応できるかどうかだ。緊急事態に対応していく体制は常日頃からしっかり取っている」と反論。
一方、野田氏は「非常に頑なで、合理的な理由になっていないと思う。わがままだ」と批判した。
岸田首相も公邸に入居せず赤坂の議員宿舎で暮らしているが、就任後間もない10月7日の午後10時41分、千葉県北西部を震源とする最大震度5強の地震が発生。この際、岸田首相は発生から11分後に自身のツイッターで政府の地震速報を引用し「最新情報を確認しつつ、命を守る行動を取ってください」と呼びかけた。そして、発生から35分後の午後11時16分に官邸に出勤した。
岸田首相と菅前首相はともに、首相公邸から直線距離で約500m、車で約3分の赤坂議員宿舎に住んでいるのだが、岸田首相の到着は菅前首相よりも15分遅れる結果となり、岸田首相にとっての危機管理での課題が浮き彫りとなった。
豪華絢爛な首相公邸 住まいに衣替えに86億円
現在の公邸は、1929年に竣工された旧官邸を改修したもので、2005年より公邸として使用されている。つまり、昔は首相官邸として執務のために使われていたもので、2005年に新しい首相官邸が建設されたのを機に“居抜き”の形で首相公邸に変えた。
主要部分は鉄筋コンクリート2階建てで延べ面積は約1568坪と5000㎡を超える。
内部はまず、床全面に敷かれた赤絨毯が目を惹く。そして天井が高い。
首相主催の晩餐会や式典などが執り行われる一階にある大ホールの広さは322㎡。壁は幾何学的な装飾で飾られ、高くアーチ状の曲線を描く天井が特徴だ。
さらに和室、食堂なども備えられていて、日常生活を送るために必要なものは全て備わっているという。
また首相公邸の屋上には、ミミズクの石の彫刻が飾られている。これは建設当初から置かれているもので、「知恵の象徴」として官邸の役割を表しているとの説やミミズクは夜行性のために寝ずに首相を守っているという説がある。
一方で政府は、首相公邸を「住まい」として衣替えするために、これまでに費やした整備費は約86億円だと説明している。
維持費に年1・6億円 それでも住まない理由とは
首相公邸の年間の維持費について、政府は「公邸と官邸を一体的に管理しているため、特定して答えるのは困難」としているが、維持管理のための経費として請求される予算額などから、年間約1億6000万円の維持費がかかっているとみられている。
高額な維持費がかかり、野党から批判を受けているにもかからず、歴代の首相が公邸への入居を嫌がる理由は何なのか。
首相経験者の間では、「首相公邸に幽霊が出る」という話がまことしやかに囁かれている。これは、政府の要人などが暗殺された1932年の5・15事件や1936年の2・26事件の舞台が首相公邸(旧首相官邸)だったことに由来するそうだ。
首相公邸には当時の弾痕も残され、「言われてみれば(幽霊の)気配があった」「昔はよくオバケが出た」「森元首相が『公邸で幽霊を見た』と言っていた」という証言も関係者から聞かれている。
こうした「都市伝説」以外にも、公邸に入居しないのは実務的な面もありそうだ。慣れ親しんだ議員宿舎の方がリラックスしやすく、夫人など家族にとっても負担が少ないことも理由として考えられる。また議員宿舎の内部は記者が入れないため、政治家同士が秘密裏に会合を行うことに適しているという指摘もある。菅政権では、政権幹部だった二階前幹事長や森山前国対委員長も菅氏と同じ宿舎に住んでいたので、宿舎内で「夜会合」を行い、様々な構想を練っていたとされる。
裕子夫人は地元対応で当面入居せず?国会開会中の公邸入居の狙いは
政府は「首相の公邸への入居について就任直後から検討していたが、様々な公務や選挙などがあったことを考慮し、このタイミングの入居になった」と説明していて、関係者によると裕子夫人も首相公邸の内見をすでに済ませており、公邸室内の清掃も済んでいるということだ。ただ、公邸への入居に関して関係者は「夫人は当分、地元の対応がある」として岸田首相と長男であり秘書の2人での入居になると話している。また別の関係者は「忙しくてずれこみ、このタイミングになったが、年内には移って危機管理体制を整えるためだ」などと話していて、万全の危機管理をアピールする狙いもありそうだ。
一方で、政府関係者は入居の理由について「諸事情」としている。入居を予定している11日は、国会開会中で、その翌週からは予算委員会も予定されているため、公邸を巡る野党からの批判を避ける狙いもあるのかもしれない。
岸田首相には地震対応に加えミサイル等の有事への迅速な対応も常に求められている。9年ぶりの公邸住まいが、岸田首相の政権運営や危機管理にどのような変化をもたらすか、注目される。
(フジテレビ政治部)