長崎県内各地は、いま秋の収穫の時期を迎えているが、川棚町にある川原(こうばる)地区でもこのほど稲刈りが行われた。
初夏は蛍も舞う自然豊かでのどかな地区に、13世帯・約50人が暮らしている。
しかし、ここは長年ダム計画をめぐって県と地元住民が対立している場所だ。
緊迫感が漂う中にあって、親戚や家族総出で収穫作業を行う住民の思いを取材した。
ダム建設予定地に収穫の秋
JR川棚駅から車で10分ほど走った場所にある、石木ダム建設予定地。
ダム事業は、川棚川の水量の調節や佐世保市の水道水の確保のため1975年から始まった。
ダムによって水没する67戸のうち、54戸は移転交渉に応じたが、川原地区の住民たちはふるさとで暮らしたいと立ち退きを拒み続けた。
膠着(こうちゃく)状態が続く中、1982年に県が機動隊を導入して強制測量に踏み切ったことで対立は決定的となり、半世紀近くが過ぎてもその溝が埋まっていない。
だが、2019年には土地の明け渡しを求める裁決が出されたことで土地の所有権は国に移転し、県の行政代執行による強制収用の手続きも可能になった。
住民たちは今、厳しい状態に置かれている。
住民・岩永正さん:
そうですね。(国に)全部取られました
それでも、住民たちは米作りを続けている。
住民・岩永正さん:
いや、もう昔から作り続けているからですよね。何十年も…。(水がきれいで)この辺でとれる米はおいしかとですよ、他の所に比べると
兼業農家の中島昭浩さんの田んぼには、毎年ふるさとを離れた家族や親戚が手伝いに来ている。
佐世保市在住・青木修さん:
私はここの長女の婿です。農家の農繁期というのは、田植えにしろ、稲刈りにしろ、家族・親戚みんなが集まって手伝いをする。コロナがなかったら、稲刈りが終わったら祝杯をあげて
(Q.毎年、手伝いに?)
川棚町在住・前平佐登美さん:
はーい。お米もらっているので
(Q.こういう時に皆が集まる?)
川棚町在住・明時樹里さん:
そうなんです、これが大好きなんです。恒例なんです。6月は田植えだし。(ふるさとが)なくなって欲しくないですね。小さい頃から慣れ親しんできた所だし。住む所がなくなるんだよということを(皆に)知って欲しいですね
ダムが完成すると、ふるさとを失う住民たち。
工事現場に近い場所にテントを設け、交代で監視をしている。
納得のいく説明を知事に求めているが、対話は実現していない。
女性たちも別の場所で座り込みをしている。自分の時間を割き、体を張っての行動だ。
“ダム建設で失うもの”…ダム小屋を守る女性たち
同じように、ふるさとを切に残したいと願う人がいる。
工事現場のすぐ近く、集落の入り口にダム小屋と呼ぶ小屋がある。46年前にダム反対の拠点として建てられた。
松本マツさん(94)。マツさんは、午前8時からお昼までダム小屋で過ごす。
マツさんは4世代・9人家族で暮らしていて、週に3回ここに通っている。
松本マツさん:
どうしてって?家ができた時から代々(46年間)先祖様が続けて来たから、ここを閉めるわけにはいかんですもん。1人でも今は来ております
これまで良き仲間がいたが、2人は先立ち、今はマツさんが1人でダム小屋を守りながら工事の動きをじっと見つめている。
松本マツさん:
川原は住みよか所ですね。人の繋がりがよかですもんね。空気もきれいだし、何も言うことないですもんね(笑)今さらどこに出ていくんですか、ここを離れて
隣の部屋は、新しくギャラリーとして生まれ変わった。
川原地区の自然や暮らしを描いた絵が展示されている。
川原に住むイラストレーターの石丸穂澄さんが描いた作品で、ダム建設で失うものを絵に描いて訴えている。
イラストレーター・石丸穂澄さん:
ここを(人が来るような)話題の場にしないといけないかな。私も運動に加われるように。午前中はおばあちゃん(マツさん)、午後は私がいるようにして
マツさんをはじめ、皆でふるさとを守ろうとしている。
しかし、行政代執行という家屋を没収する強硬手段が想定されている。すでに2021年9月には、ダムの本体工事が始まった。
住民は工事差し止めを求める裁判を起こしたが、2020年の1審に続き、2021年10月の2審でも訴えは退けられた。
佐世保市在住・青木修さん:
寂しいというか、悲しいですよね。県が今後どのように出てくるか。代執行しようと思えばできる状態ですから。多分、今年か来年がヤマと思いますよ
2022年、稲刈りできるのかも分からない。
ダムの建設で得るもの、失うもの、豊かさとは何だろうか…?
川原地区の秋の風景は問いかけている。
(テレビ長崎)