新シーズンの始まりを前にしたこの日、宮原知子は生まれ故郷の京都・鴨川沿いで、取材スタッフの質問に静かに語り始めた。

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ーーこれまで様々な節目があった中で、今シーズンの持つ大きさはいかがですか?
年々大きくなっていると思うので、今までで一番大きな節目になるかなと思います。

ーーいろんな選手が北京五輪を狙っているシーズンですね?
そうですね。外から見れば激しいというかレベルの高い戦いになると思うんですけど、結局試合をする選手は本人との戦いになるので、自分と喧嘩せず優しく構えて試合したいです。

宮原らしい落ち着いた言葉に、その冷静さと経験が垣間見える。

だが彼女を取り巻く状況は、この言葉とはうらはらに激動の真っ只中にある。

次世代の台頭…「23歳」でもベテランの域に

宮原が16歳で出場した全日本選手権は2014年から4連覇

これまで宮原は16歳での全日本選手権初優勝から4連覇、世界選手権では銀メダル獲得、さらには平昌五輪で4位入賞など、日本女子フィギュア界のエースとして第一線で活躍してきた。

152.5センチの小さな身体をストイックなまでに研ぎ澄まし、豊かな表現力と正確な演技で見る人のため息を誘い続けて来た。

2015年の世界選手権では銀メダルに輝く

ところが浅田真央以来となる4連覇の偉業を達成した全日本の王座から、遠のくこと3シーズン。この間のベスト成績は2度の3位と、かつての絶対的な強さは失われつつある。

今年3月の世界選手権では「話にならないくらいの内容」と自ら評する演技で、自己ワーストという成績も味わった。

2021年の世界選手権に出場した宮原知子

言うまでもなく、昨シーズン全日本連覇を達成した紀平梨花など、次世代の台頭は著しい。10代の選手たちが世界のトップを占めるフィギュア界では、23歳の宮原ですらベテランの域に入るのが現実だ。

そんな中、4年に一度しかないこのオリンピックシーズンを宮原はどう戦おうとしているのか?そして、語ることの少なかった現役生活の“その先”をどう見据えているのか?熾烈な北京五輪代表争いを前に、その胸の内を明かしてくれた。

コロナ禍の苦難。5度目の世界選手権で19位—

「話にならないくらいの内容」と一蹴した2021年の世界選手権

「もうシーズンが終わってしまったのがすごく変な感じで、何もできずに終わっちゃったなっていう、ちょっと手持ち無沙汰な感じがあります」

昨シーズンの世界選手権で、自己ワーストの19位に終わった翌日の宮原のコメントだ。

シニアの国際大会で2桁順位を取ったのも初めて。ショート・フリーともにジャンプのミスが相次ぎ目を覆いたくなるような結果。その姿は「ミスパーフェクト」と呼ばれたかつての宮原の姿ではなかった。

練習に励む宮原

「特に今年は落ち着いて練習に向かっていく状態が取りづらかったり、なんか(今シーズン)2回目の試合っていう思いも、無かったことはないので、そこは一番難しいなと感じています」

新型コロナウイルスの感染拡大で多くの国際試合が中止となった。拠点としているカナダのスケートリンクもしばらくのあいだ閉鎖となった。

例年だと秋口から5〜6試合を経て3月の世界選手権を迎えるが、昨シーズンは12月の全日本選手権がシーズン初戦、世界選手権が2試合目だった。

まさに「何も出来ず」にあっけなく終わってしまったシーズンだった。

苦難のシーズンで見えてきたもの。そして初のトリプルアクセル挑戦

3月の世界選手権の後、宮原は日本で練習を再開した。

日本でのコーチは本田武史氏に依頼。練習拠点であるカナダにいつ戻れるか分からない状況の中、日本でも十分な練習が出来る環境を整えた。

「練習自体はすごくたくさんできていて、環境はとてもいいと思うので、先生と直接レッスンができないという意味では少し不自由な部分はあるんですけど、それでも去年の今頃に比べたら実際に滑る時間がすごく多いので、充分ありがたいと思っています」

カナダで師事しているリー・バーケルコーチから直接の指導は受けられないが、本田武史コーチとともに十分な練習時間が確保できているという宮原。充実した練習が積めているようだ。

さらに、昨年から続くコロナ禍での難しい練習環境の中でこそ、学んだことがあるという。

「去年の一年間ですごく“自分を観察すること”を学んだので、それは今も大きく良い方向に影響していると感じます。今年はもっと試合に出れると思うので、本番の機会で去年培った感覚とか、うまく自分を上手くコントロールできる方向にもっていきたいと思っています」

そして“自分を観察する“ことで自分の”弱点“も見えて来たという。

「結構どんな場面でも冷静ではいるんですけど、不具合が起きた時に対処しきれない。例えば試合で自分がすごい緊張してるっていうのはよく分かって、自分がどういう気持ちで試合をしているかとかどんな風に体が動いているかは実感しているのに、その緊張をどうやって抑えるというか、直せないというのが課題だと思いました」

「練習でも良くないジャンプがどういう方向に歪んだとか、身体がどうなっているとか結構理解しているんですが、それを直す所まではまだ行けてない事が良く分かったので、このオフは重点を置いてやっています」

19位に終わった世界選手権ではミスにミスを重ね、「技術的には話にならない内容」で終えた経験。今の宮原は本番での緊張感や自分の弱点からも目を逸らす事なく、新たな道を模索している。

さらにこれまで高い完成度を誇ってきた宮原の演技。今季は「新しい挑戦」としてトリプルアクセルにも貪欲に取り組んでいる。

「トリプルアクセルはようやく形になって来たかなという状態です。(練習で)立てるとこまで来たので試合でも入れて行きたいですが、完璧に降りられたことはまだないので、少しずつ練習でも精度を上げて行きたいです」と10月2日のジャパンオープン前日にも語っていた。

実際、試合の場では自身初となる3回転半に挑戦し、転倒の失敗に終わったが、あえて新たな武器に挑むことで、“攻め”と“修正力”をあわせ持つ演技を作り上げようとしている。

若い世代との五輪代表の争いに、4連覇女王の突破口となるか?この先の進化が鍵を握る。

「やりきったと思って終わりたい。」その時への覚悟

4年に1度のオリンピックがかかる特別なシーズンとなる今季。

宮原が出場する10月8日からの東京選手権、最終選考会となる12月の全日本選手権などを経て、日本代表の3枠が決まる。

それは宮原にとっては19歳で初出場した平昌五輪以来、23歳で目指す2度目の五輪出場だ。言うまでもなく、次を狙えるのは4年後。チャンスは自ずと限られる。

だからこそ、我々はあえてこれからの事を聞いてみた。

ーー心の中には別の道も今はあるのでしょうか?
やっぱりスケート辞めた後の人生の方が長いですし、セカンドキャリアも大事だっていうのを最近すごく思うようになったので、スケートを辞めた後スムーズに進めるようにスポーツドクターっていうか、医学系の方に行きたい気持ちはあるので、今からちょっとずつ勉強しようと思っています。

両親が医者という宮原、我々が抱く沈着冷静なイメージがオーバーラップして行く。

宮原が氷上から離れる時は、もうそう遠くない未来なのか?

「そこまでは考えてないですけど、勉強を今からしておくことに損はないですし、スケートの調子が悪くて行き詰った時にスケートが調子悪いからって死ぬわけじゃないので、別の視点からスケートだけのことで悩まないように、もっと広い視点を持っていけるように“気分転換も兼ねて勉強しておこう”と思っています」

そして爽やかな笑みを浮かべながらこうも語った。
「やりきったと思って終わりたいので、そう思った時にスパッと辞めます」

ーーその前にやっておきたい事は?
結構シンプルなんですけど、とにかく試合で何の気負いもなくのびのび滑ることです。最終の目標というか達成したいのはそれひとつです。

我々がいつまで宮原の華麗な演技を見続けられるのか、まだ誰にも分からない。しかし、それが限られたチャンスになっていることは紛れもない事実だろう。

まして五輪をかけた戦いとなれば…。

「やっぱり今シーズンは、自分のスタイルを貫くって言うことをテーマにして、今まで色々学んできたことをまとめて1つの形にするっていうのが目標です」

「(北京五輪には)行きたいです。行きたいけど、それまでにやるべきことが多すぎるので、ひとつひとつ、一日一日を大事にやれることをやって行けたらいいなと思います」

宮原知子が「一番大きな節目」と語る今シーズン。

全日本選手権、そしてオリンピックへとつながる戦いがいよいよ始まった。その一戦一戦が持つ意味は、これまでになく重く、そして大きい。