初犯で刑期10年以上…刑の重い長期受刑者を収容している岡山市の岡山刑務所。長期の受刑者を抱えるからこそ押し寄せる高齢化の波…岡山刑務所では4人に1人以上が高齢受刑者だ。

更生を誓う塀の中で、今 深刻な問題が起きている。知られざる実態を取材した。

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認知症対策として加わった「介護福祉士」

認知症対策として、岡山刑務所には2017年から新しいスタッフが加わった。介護福祉士だ。

小野正樹さんは、介助のほか、受刑者が寝たきりにならないよう足腰を使った運動を指導したり、受刑者の認知症対策として、テレビを見せて脳に刺激を与えたりするなどの活動を行っている。

介護福祉士 小野正樹さん:
ゆっくりゆっくり。頭洗うからな

非常勤のため、刑務所に来るのは平日の午前中のみ。もし受刑者に認知症の疑いが見られた場合には検査が行われる。

介護福祉士 小野正樹さん:(認知症受刑者について)
一般の人だったら、自分で感情をコントロールできる。認知症になると感情をコントロールできないから、できるだけ穏やかなリラックスした状況を作ってあげるということを心がけています。認知症予備軍が、これから先どうなるか…

刑務所の高齢化の背景に、厳罰化で有期刑の最高が20年から30年に引き上げられたからという指摘がある。無期懲役の受刑者が仮釈放されるには、事実上、最低30年は服役しなければならないことになる。

認知症の最高齢受刑者は刑務所生活47年…

岡山刑務所で最高齢の受刑者に会うことができた。93歳。殺人などの罪で無期懲役。現在、刑務所生活47年で、医師からは認知症と診断されている。

ーー何の罪で岡山刑務所に入ったんですか?

最高齢 93歳の受刑者:
人殺し。なんでやったかわからん。仕事が嫌になったけんかなあ。罪のない者を殺してもうた

体調に応じて作業を行っており、唯一の楽しみは風呂に入ることだ。

ーーどうやって罪を償おうと思っていますか?

最高齢 93歳の受刑者:
わからん

ーー岡山刑務所を出ることは考えているんですか?

最高齢 93歳の受刑者:
わからん。何言われるやらわからん

「認知症ケア」と「贖罪と更生」…刑務所トップは

認知症をケアしつつ、同時に贖罪と更生も行う。矛盾しているようにも見えるこの状況について、岡山刑務所のトップは、こう説明する。

岡山刑務所 望月英也所長:
認知機能の低下は問題提起もされていますし、私たちも、その対応には苦慮しているのが本音です。ただ、介護も必要な人がいて、一方で、ここで厳正に刑も執行していかないといけない。確かに矛盾しているように思われるかもしれませんけども、憲法が根底にあるわけですよね。その根底の憲法に基づいて、どんな立場の人にでも最低限度保証されていること、これについては刑務所であろうが、どこであろうが、きちっと私たちは守っていかなければいけないわけです

受刑者に罪を償わせる「贖罪」は、刑務所にとって重要な役割。

受刑者の中には、余暇の時間に自ら罪を振り返る者もいるが、刑務所側も月2回専門家を招くなどして、贖罪指導を行っている。

岡山刑務所で、受刑者の贖罪指導を行う天野貴仁さん。認知症による贖罪への影響に、危機感を抱いている。

贖罪指導講師 天野貴仁さん:
認知症になってしまわれるということは、言葉を選ばずに言ってしまうと、人間としての人としての尊厳といいますか、人としての価値観みたいなものが、だんだんその人の中からこぼれていってしまうような状態。そういう方々に対して、罪の意識を負わせたりとか何かを強要したりっていうのがなかなかしづらくなるのかなというふうには感じています。そこは非常に難しいテーマだと思います

犯罪被害者遺族に刑務所の現状はどう映るのか

認知症の受刑者に、罪の意識を負わせることができるのか。犯罪によってかけがえのない家族を失った人たちの目に、刑務所の現状はどう映るのか?

約10年前、最愛の娘を殺された加藤裕司さん。

娘のみささんは、当時27歳。

遺体は無残にも切断され、発見された。逮捕されたのは、みささんの元同僚の男だった。

加藤裕司さん:
この9年半くらいの年月というのは、振り返ってみればあっという間だし、あんまり時がたっているという感じがないんですよね。こう止まっているような感じで…

加藤さんは、刑務所の受刑者への処遇に強い憤りを感じている。

加藤裕司さん:
刑務所内での処遇が甘すぎるから認知症になるんだと思いますよ。だから、ぼけている暇がないくらい働かせて、汗を流させて、本当に自分がやってきたことに向き合うようなことをやらない限り、やっぱり認知症の人って増えるんじゃないですか

加藤裕司さん:
認知症になってしまったらね、これどうしようもないじゃないですか。誰がどうこう言うこともできない。お医者さんとてできないので、後戻りができませんから。その人たちにもっと辛い思いを人間である以上すべきではないのかな。しょうがない、あきらめるしかないですよね

仮釈放を迎えた受刑者 社会に出て待っているものは…

誰もが目標とする、とされる仮釈放。この日、60代後半の受刑者がその時を迎えた。強盗殺人の罪で懲役18年の有期刑だが、1年早く、17年で許可が出た。

手にした報奨金は、所持金とあわせて約50万円。

受刑者:
見るからにもうね、介護がいるような人もいっぱいいますからね。ああいうの見たら、自分なんかほんまに運がよかったと思いますわ

岡山刑務所処遇部 久野友寛部長:
次の者に対する仮釈放及び特別遵守事項について審理のうえ、主文の通り決定する。主文、本件仮釈放を許可する。以上の通り、決定書が来ていますので交付します。おめでとう

身寄りがない彼を迎えに来たのは、岡山市内の更生保護施設の職員。17年ぶりに塀の外での生活が始まる。

岡山市の更生保護法人「備作恵済会古松園」。

ここでは、刑務所など矯正施設から出所した人などを受け入れている。

最長で半年間、部屋や食事(60日間)が無償で提供されるが、その間に次に住む場所や仕事を見つけなくてはならない。

手にしたのは、好きな時に出入りできる自分の鍵。明るい南向きの部屋だ。

仮釈放された男 60代後半:
のどかですね、何か。のどかまではいかないけど、大都会やからね。きょうは、天気は最高の天気ですもんね。気持ちいいですわ。所内の空気と色が違いますもんね。普通の人にはなかなか、受刑者しかそういうの感じないもんね。

ーーどうやって償いをやっていこうと?

仮釈放された男 60代後半:
自分がやっているのはね、月命日は必ず(被害者)本人の墓までは行けないですけど、手を合わせているのは間違いないですね。忘れようがないですからね

落ち着く間もなく始まったのは、就職の相談だ。

備作恵済会古松園 岩戸施設長:
ここで紹介してあげる仕事は、土木みたいなんしかないんじゃ。どんなかな?

仮釈放された男 60代後半:
きついと思いますけど…どの程度、内容が分かりませんからね

備作恵済会古松園 岩戸施設長:
まあ、60代の人もやっとるけど、いっぺん紹介するからやってみて、ちょっと無理やなと思ったら辞めればいい

男は刑務所に入る前、塗装関係の仕事をしていた。

仮釈放された男 60代後半:
塗装関係はないんですか?

備作恵済会古松園 岩戸施設長:
塗装か、ないなぁ。今ここの協力雇用主で塗装はあんまりなぁ。塗装だけいうのはないんじゃ

社会に戻った受刑者が、居場所や働き口を見つけるのは簡単ではない。高齢となればなおさらだ。長年、自分で考えて行動することやコミュニケーションの機会が少なかった受刑者は、社会で孤立化するケースも多い。

高齢の受刑者の中には、それがもとで再び塀の中に戻ってしまうことも少なくない。介護を受けることなく健康で社会に出ても、待っているのは厳しい現実だ。

備作恵済会古松園 岩戸施設長:
中四国・九州管内で、例えばどこかの刑務所の横に医療・養護・就業もできる施設を作ればいいんですが。刑務所を出た高齢者は行き場がないわけですから。そこへ入れてやったら、就労できる者は就労する、老人ホーム的な処遇をしなければならない者は処遇すると。もうちょっと行政がね、そういうふうなことを考えてもいいんじゃないかと思います、私は

高齢受刑者の行く末…国の考えは

高齢受刑者の行く末をどう考えればいいのか。これまで約50人の受刑者と接してきた介護福祉士の小野さんは、こう指摘する。

介護福祉士・小野正樹さん:
要介護の人が3人生きていくために、いくら位かかると思います?税金が…

介護福祉士・小野正樹さん:
2000万円以上かかりますよ。あの病棟に入るような人は、仮出所で出して、生活保護でやってもらえればええんですけど、受け入れ先が無いんですよね。凶悪犯、もう凶悪犯だけど、(要介護は)人を殺したり、そういうことはできん人間じゃから、介護施設で上手くやっとけば、もう先は長くないんじゃから

高齢化とともに介護施設化し、医療費の負担が重くのしかかり、さらに認知症という人間の尊厳に関わる問題にも直面する中で、刑務所はそれでも受刑者の贖罪と社会復帰を目指すことができるのか?

国の考えを聞いた。

法務省矯正局成人矯正課 細川隆夫課長:
刑務所である以上、国民が期待される役割はしっかりやっていかなくてはならないと思っています。良いところ、福祉施設でやっているようなアプローチはしながらも、刑務所としての役割はきっちり果たしていく。そういうことを目指していきたいと思っております

ーー税金が増えてしまう可能性はある?

法務省矯正局成人矯正課 細川隆夫課長:
ええ、仕方ないと思います。やっぱり、そこは。国民の税金を使ってやるわけですから、効率面であるとか、そういうことはもちろんよく考えたうえで

ーー認知症の受刑者にどのように贖罪や更生をさせていきたい?

法務省矯正局成人矯正課 細川隆夫課長:
なかなか難しいご質問だと思いますが、完全な認知症と、あるいは認知症傾向があるとか、同じ認知症という診断をもらっていても、かなり人によって差があるのではないかという気がいたしますので、個別の受刑者の状況を見ながら、状態が良い時にいろんな働きかけをしたり、ほかの受刑者とも接したり、一定の運動機能の訓練などもすることによって、心の状態や体の状態の低下を防ぐ。その中でタイミングよく、自分のしたことについて反省、思い出させて二度と同じことをしないようにするんだよ、そういうような指導を粘り強くしていくことになろうかと思います

認知症の受刑者に、タイミングよく自分のしたことについて反省させるという法務省。はたして、問題の根本的な解決につながるのだろうか?

刑務官:
左、左、左、右。作業はじめ

きょうもまた、岡山刑務所の1日が始まる。

自分の番号を言えない、あの認知症の受刑者は体調を崩し、自室での紙を折る作業は控えている。

一方、最高齢の受刑者は、94歳の誕生日を迎えた。

ーー94歳になりましたけど、どんな気持ちですか?

最高齢 94歳の受刑者:
どういう気持ちかな?人生も終わりだから、あれこれ考えませんわ

ーー何歳まで生きたいですか?

最高齢 94歳の受刑者:
何歳とか、そんなことは考えてないね

ーー今後の目標、夢はありますか?

最高齢 94歳の受刑者:
希望かな?希望はないね。人生もう終わりだもの。生きる生きないとか、そんなもの考えてないね

刑務所が社会の安心と安全のためにあるとしたら、塀の中の介護は、私たち国民の問題でもある。刑務所はどうあるべきか?認知症受刑者は、私たちに重い課題を突き付けている。

【取材後記】
岡山放送では、2005年にニュースの特集で岡山刑務所の受刑者の過剰収容問題や、刑務官不足問題を取り上げました。2017年に受刑者の高齢化を取材するなど、メディアとして地域の刑務所の取材を続けてきました。

記事に登場する介護福祉士の小野さんは、岡山放送のニュースの特集を見て岡山刑務所の現状を知り、応募して刑務所で働き始めたという経緯があります。

私は2020年11月に高齢化への対応として、養護工場が整備されるということで取材を始めました。高齢化は、以前取り上げた時よりも深刻化し、想像をはるかに超えていました。

その中で、特に問題だと感じたのは、受刑者の認知症です。罪を償わせ、社会復帰させることを目的とする刑務所で、自分がなぜここにいるのかわからない受刑者がいることに驚きました。

刑務所、犯罪被害者遺族、社会復帰を支える更生保護施設、介護福祉士、法務省…。それぞれがこの現状をどう見ているのか?刑務所運営はこのままでいいのか?刑務所の今を描き、この問題について考えたいと思っています。

(岡山放送アナウンサー 岸下恵介)

岸下恵介
岸下恵介

岡山放送アナウンサー