現在の人工衛星は、宇宙での温度変化や放射線にも強いアルミニウムでできている。しかし、大気圏に突入すると大気汚染を起こす恐れがあるという。

そのような課題を解消しようと、京都大学と住友林業が2023年に“世界初”の木造人工衛星を宇宙に放つ計画を進めている。

木造人工衛星のイメージ図(出典:京都大学・住友林業)
木造人工衛星のイメージ図(出典:京都大学・住友林業)
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この木造人工衛星はLignoSat(リグノサット)と名付けられており、10cm×10cmの木の板を組み合わせたキューブ型。Ligno(木)と人工衛星(Satellite)からなる造語となる。

木の箱の中には電子機器が収められ、計画では国際宇宙ステーション(ISS)から地球上空400キロの軌道にリグノサットを放ち、3~8カ月で実用性を検証した後で大気圏に突入させるという。

出典:京都大学・住友林業
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アルミニウムでできたこれまでの人工衛星は、大気圏に突入した際にアルミナ粒子(細かな金属の粒子)が発生。この粒子が、数十年から数百年以上にわたって大気圏を浮遊し、太陽光を遮ることで地球環境に影響を与えるという。

近年は宇宙ビジネスの加速で、人工衛星の打ち上げ数が増加し続けており、このままでは数十年以内に、地球環境の変化を引き起こす可能性があるとのことだ。

出典:京都大学・住友林業
出典:京都大学・住友林業

そこで「木」に注目した…というわけだが、本当に真空の宇宙に「木」を浮かべても大丈夫なのだろうか?木造となると、どうしても耐久性が気になる。

実は、2年以上におよぶ真空暴露実験で「木」が劣化しないことは確認済みなのだ。また、水分やバクテリアがない宇宙では「木」が腐らず、真空でも劣化しない自然の微細構造をしており、軽く強固で、温度変化が激しい宇宙空間でも安定しているという。さらに電波を通しやすいので、宇宙線の観測や地球との通信でもメリットがある。

そして、役目を終えて落下すると大気圏で燃えつき、二酸化炭素と水に変わるという。地球環境にも優しいと、まさにいいことづくめではないだろうか。

出典:京都大学・住友林業
出典:京都大学・住友林業

ただし、リグノサットを投入する予定の軌道には、銀河宇宙線や太陽エネルギー粒子、真空紫外線など、他の様々な劣化要因が存在する。

そこで、今年12月に、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の船外で、数種類の木材を宇宙空間に暴露する実験を始める予定なのだ。今のところ木造人工衛星に使われる「木」はヤマザクラ、ダケカンバ、ホオノキの3種が検討されているという。

「木」は、これまで人工衛星やロケットに使われたことがなく、宇宙空間での劣化や変化を調べたことはないとのことだ。もちろん「木」の宇宙暴露実験も世界初、木造人工衛星も世界初の挑戦になるという。

出典:京都大学・住友林業
出典:京都大学・住友林業

木造人工衛星は地球環境問題を起こさない

実現すれば、環境に優しい人工衛星となりそうだが、このリグノサットによって人工衛星による環境問題はすべて解決するのだろうか? そして「木」の宇宙開発はこれからどうなるのか?

プロジェクトチームメンバーで、宇宙飛行士の土井隆雄特定教授に聞いてみた。


――人工衛星による環境変化や宇宙に浮かぶゴミは国際的な問題になっている?

地球軌道上の宇宙ゴミは大きな国際問題となっており、地球低軌道を回る人工衛星は運用が終わると地球大気圏に再突入するように設計することが国連のガイドラインに規定されています。大気圏に再突入する人工衛星の大気汚染や海洋汚染の問題は指摘がなされつつありますが、まだ国際的には大きな環境問題とは捉えられていません。


――では木造人工衛星は、宇宙に漂う宇宙ゴミ解消にも効果がある?

木造人工衛星は、大気圏再突入よって水蒸気と二酸化炭素になるだけなので、地球環境問題を起こしません。また、宇宙空間に漂う木造人工衛星は、長い年月を掛ければ太陽からの紫外線によって分解され、やはり水蒸気と二酸化炭素に変わります。

金属製人工衛星は、未来永劫、宇宙ゴミとして存在します。


――木造人工衛星の課題やデメリットは?

現在まで宇宙材料として木材は使われたことはないので、宇宙空間の高真空、放射線、紫外線による木材への影響がまったくわかっていません。そのため、まず、宇宙空間の環境が木材にどのような影響を及ぼすかを今回の宇宙暴露実験によって明らかにしたいと考えています。

月や火星の有人宇宙基地も木造で造ることが可能

――このリグノサットで人工衛星による環境問題は全部解決するということ?

全て解消するわけではありません。アンテナや半導体など、現在は木で造れない部品も人工衛星には多数搭載されています。将来的には、有機半導体や有機導電体が使えるようになれば、人工衛星の大気圏再突入による環境汚染は完全に解決できるでしょう。


――これからの未来は宇宙のどんな物に「木」が使われる?

私たちは、国際宇宙ステーションのような有人宇宙施設も木造で建設することが可能だと思っています。

また、月や火星の有人宇宙基地も木造で造ることできるでしょう。特に、火星には大気と水があるので樹木の育成が可能であると考えられます。火星で育てられた樹木を使って、有人宇宙基地を造ることができるならば、いわば地産地消が可能になり、木造による火星都市の建設も可能になるでしょう。

出典:京都大学・住友林業
出典:京都大学・住友林業

10cm角の小さな木造人工衛星に、火星で木を育てる壮大なロマンが秘められていたとは驚いた。地球以外の星に「木」が根を張るのはまだ先の未来になりそうだが、そこへの一歩となる今年の実験を楽しみに待ちたい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。