送電線の下には、多種多様な蝶がいる

発電所から変電所、あるいは変電所から変電所を結んで、大量の電気を送る送電線。日本には、約9万キロに及ぶ送電線が存在するが、この下は多種多様な蝶がいるという。つまり、送電線の下は、”蝶の楽園”なのだ。
これは、東京農工大学、東京大学、クィーンズランド大学(オーストラリア)による研究チームが調査し、9月3日に発表したものだ。

送電線下(画像提供:東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授 小池伸介)
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そもそも日本では、野焼きなどによって人為的に草地が維持されてきた。しかし戦後、自然資源の利用頻度が低下し草地は大きく減少している。一方で、送電線の周辺は樹木と送電線の接触を防ぐため、樹木の伐採が定期的に行われ、草地になっている。

調査の時期は、季節によって出現するチョウの種類や植物の状態が異なることを考慮して5月、7月、9月に行った。調査内容は、各調査地点に長さ50m幅10mのトランセクトと呼ばれる調査場所を設定し、その中で観察されたチョウの種類や個体数を記録したほか、その周辺に生育している植物の高さや、チョウの幼虫が食べる植物の種類、成虫が蜜を吸う花の量などを記録した。調査地点は全部で77か所に及んだという。

その結果、草原を主な生息場所とするチョウ(草原性種)が10種410個体、人里周辺を主な生息場所とするチョウ(荒地性種)が16種847個体、森林を主な生息場所とするチョウ(森林性種)が36種866個体の計62種類2123個体が確認された。

※送電線下で確認されたチョウ。ウスバシロチョウ(草原性種)(画像提供:東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授 小池伸介)

送電線の下と周辺の人工林などでの違いを調べたところ、チョウの種類の数と個体数は、いずれの季節も「送電線下」、「幼齢の人工林」、「林道」、「壮齢の人工林」の順に多く確認された。

各環境で確認されたチョウの種数と個体数(画像提供:東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授 小池伸介)

チョウと送電線の関係を調査したこと自体も興味深いが、なぜ蝶は送電線の下に多いのか?そして、この研究結果はどう役立てるのか?研究チームの1人である東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授の小池伸介氏に詳しく話を聞いてみた。

小さいころからチョウが好きな昆虫少年だった

――そもそも送電線の下に蝶が多いというレポートは、今までなかった?

海外では事例数は多くありませんが、送電線の下に注目した事例は見られます。ただ、今回のように、その要因となる成虫や幼虫の餌の量までを定量的に明らかにした報告はあまりありません。

――なぜこの研究を始めた?

私は小さいころからチョウが好きな昆虫少年でした。私をはじめ、チョウの愛好家の中には昔から感覚的に送電線の周辺ではいろいろなチョウを、たくさん見ることができるという経験をした人が多いです。そこで、この感覚的な経験を、定量的に明らかにしてみたいと思っていたのが、きっかけの1つです。

また、もう1つのきっかけは、日本では高温で湿潤な気象条件なため、多くの場所は自然の状態では森林になります。つまり、日本はそもそも自然状態では草原はできにくい場所です。それでも、なぜ多くの草原を生活場所とする生き物が日本で見られるのかというと、いわゆる、柴刈りや伐採(炭の生産、薪の採取)や焼き畑、放牧などの人間活動によって、その場所が森林にならないようにすることで、人為的に草原が維持されてきた場所が多くあるためです。
しかし、戦後の化石燃料の普及やライフスタイルの変化で、こういった自然資源の利用の頻度は減り、人間によって維持されてきた草原が日本からは姿を消しつつあります。

また、林業を行う際には、木を伐採後に、また新しい苗木を山に植えますが、苗木を植えて10年間ぐらいの人工林は、まだ草原のような場所です。こういった若い人工林も、日本では草原を住処とする動物の重要な生活場所となっていることが知られています。しかし、日本の林業は低迷して、さらに大きな木材を作るために、従来は苗木を植えてから40年から50年で伐採していた林業の形態から、それを100年程度まで延ばす林業の形態が普及してきていて、以前より若い人工林がみられる機会が減少しつつあります。

このように、日本からは草原がどんどん減っている状況の中で、草原を住処とする生き物は、どこなら安心して暮らしていけるのかということを考えたときに、よく山で目にする、線上に草地が広がっている独特な送電線の光景が頭に浮かび、調査を始めることとしました。

――実際、どんな種類の蝶が多かった?

多く見られたチョウの代表的な種では、草地性のウスバシロチョウはよく見ることができました。また、数多く観察することはできませんでしたが、森林性のミヤマカラスアゲハも観察することができました。

※ミヤマカラスアゲハ(森林性種)(画像提供:東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授 小池伸介)

送電線下には、蝶の餌が多い

――なぜ送電線の下に蝶が多いと考えられる?

理由は2つ考えられます。1つ目は、様々な種類の植物が生育していることで、様々な種類のチョウの幼虫の餌が存在しているということです。もう一つは、周辺より花を咲かす植物の量が多く、成虫の餌となる花の蜜が豊富に存在するためと考えられます。

――送電線の下に草地がなければ、蝶は集まらないということ?

そういうことになります。さらに、送電線の下には草地だけでなく、伐採から少し時間のたった低木(背の低い樹木)が生育するような状態の場所も存在しています。つまり、多様な植物の生育状態の場所が連続的に存在することで、様々な種類のチョウが送電線の下に集まると考えられます。もし、除草剤を使って樹木を管理していたら、多くのチョウは集まることは無かったと言えます。

――蝶以外に、どんな生物が送電線の下に多いと考えられる?

今回の調査ではチョウしか観察していませんが、海外の報告では花の蜜を集めるハチの仲間や草地を住処とする鳥やネズミなどが多く観察されるという報告があるので、日本でも可能性はあると思います。

草原に生きる多くの希少な生物の保全に

――研究発表後、反響はあった?

多くのSNSの様子から、関心の高さにびっくりしています。チョウという、多くの人になじみのある生き物と、我々の生活に欠かせない送電線という、一見関係がない二つが実は密接に関係していたところに、多くの方の興味が向いたのかなと考えています。

――この結果は、どんなことに役立てられそう?

日本では人間活動が存在しないと草原はなかなか維持できない、といったことを多くの方々に知っていただくことで、草原に生きる生き物に興味や関心を持っていただけることが、草原に生きる多くの希少な生物の保全につながると考えています。

――今後はどんなことを調査する予定?

送電線に関する調査はいったん終わりです。ただ、最初に述べたように、日本での草原に生活する生き物の生活場所はどんどん減少しています。これから、日本は少子高齢化がより進み、人間活動が低下することで、これまでは維持されてきた草原がさらに減少すると予想されます。そういったなかで、どういった場所が草原に生きる生き物生活の場所として機能するかについて明らかにしていきたいと思っています。

 

ライフスタイルの変化などから日本では草原が減ってきている中で、送電線の下は人工的に草地が作られている場所だった。
送電線の下は、蝶の餌が豊富にあることで、多種多様な蝶が集まる。草原で生息する生物にとって非常に価値の高いこの場所を多くの人に認識していただき、蝶の保全につなげてほしい。