アフガニスタンのアメリカ軍完全撤退の期限が8月31日に迫っている。民間人を含め国外脱出の唯一の拠点となっている首都カブールの空港は治安状況が悪化している。

8月26日、カブール国際空港で自爆テロとみられる大きな爆発が2回あり、アメリカ兵13人が死亡し、アフガン人にも多数の負傷者が出たと見られている。タリバンと敵対する過激派組織「イスラム国」は犯行声明を発表。バイデン大統領は、「絶対に許さない。追い詰めて、あらゆる手段を尽くして償いをさせる」と報復の意志を示した。

アメリカはすでに10万人以上の民間人や亡命申請者の国外退避を完了したが、今回の犯行で、移送計画に影響が出る恐れもある。こうした中、ワシントン郊外の空港にはアフガンから脱出した人たちが続々と到着している。

アメリカの空港にあふれる、アフガンから逃げてきた人々

空港には赤ん坊を抱いたヒジャブ姿の女性や、ポリ袋に最低限の身の回りの物だけを入れて命からがら逃げてきた家族の姿があった。

抱き合って再会を喜ぶアフガンの人々 (8月21日ワシントン・ダレス国際空港)
抱き合って再会を喜ぶアフガンの人々 (8月21日ワシントン・ダレス国際空港)
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アメリカ到着を喜ぶ子供たち、腕に巻かれたバンドは新型コロナウイルスチェックを済ませたことを示す(8月21日 ワシントン・ダレス国際空港)
アメリカ到着を喜ぶ子供たち、腕に巻かれたバンドは新型コロナウイルスチェックを済ませたことを示す(8月21日 ワシントン・ダレス国際空港)
荷物はポリ袋一つ (8月21日ワシントン・ダレス国際空港)
荷物はポリ袋一つ (8月21日ワシントン・ダレス国際空港)

「顔は隠してくれ、タリバンの報復が怖い」

アフガンから脱出した男性は身元を明かさない約束で、カブールの空港で遭遇した恐ろしい光景を話してくれた。

アフガンを脱出した男性:
「空港のゲートに数万人の人が殺到していました。タリバンを恐れた人たちはなんとか脱出しようと必死で、将棋倒しになり私が見ただけでも5人の人が亡くなりました。その中には小さな赤ん坊の姿もありました。本当に恐ろしい光景でした」

空港周辺が混乱を極め危険だったため、生後1カ月の娘と妻を連れてくることはできなかったという。

アフガンを脱出した男性:
「私はアメリカ軍のために10年近く働いてきました。妻と娘を救出するようアメリカ政府にお願いしている」

男性は、最後におびえた表情で我々取材班に念を押した。

アフガンを脱出した男性:
「私の顔はモザイクを入れて隠してくれ、タリバンの報復で家族が危険にさらされたくないんだ」

家族をアフガンに残してきた男性 (8月21日ワシントン・ダレス国際空港)
家族をアフガンに残してきた男性 (8月21日ワシントン・ダレス国際空港)

アフガンの実権を掌握した武装勢力タリバンは、アメリカ軍撤退の期限延期は「許されない」と拒否。「人々が故郷を離れることを奨励しないよう(アメリカに)求める」として、アフガン国民の出国を阻止する方針を示した。

また、空港への通行規制を強めるなど、国外退避の行く手を阻んでいる。アメリカ情報機関などがタリバンとの交渉に乗り出しているが、残された時間は少ない。

アメリカ軍撤退後の力の空白を埋めるものは?

国際社会が最も恐れるのは、アフガンが再び国際テロ組織の温床になることだ。バイデン大統領も過激派組織「イスラム国」を名指しして警戒感を強めている。

タリバンの宿敵である「イスラム国」は、アフガンに根差したタリバンとは違い、国境を越えて国際テロ組織と連携して活動している武装集団であり、さらに“タチが悪い”というのがアメリカ政府の見解だ。

また、アフガンに近接する中国やロシアが、治安対策を理由に関与を深め影響力を増していく可能性も指摘されている。アメリカ軍が撤退した後の力の空白を埋めるのは何なのかに注目が集まる。

中露が一帯を支配は幻想

アフガンに2度派遣され実戦を経験し、現在は軍事評論家としてワシントンで活躍する元アメリカ陸軍兵のダニエル・デイビス氏は、少なくとも中国やロシアがこの地域で勢力を拡大し影響力を持つことはないと断言する。

取材を受ける元陸軍兵のダニエル・デイビスさん 2006年と2011年にアフガンで実戦を経験
取材を受ける元陸軍兵のダニエル・デイビスさん 2006年と2011年にアフガンで実戦を経験
アフガニスタンの戦地で任務にあたるダニエル・デイビス氏 (2011年2月撮影)
アフガニスタンの戦地で任務にあたるダニエル・デイビス氏 (2011年2月撮影)
アフガニスタンの戦地で任務にあたるダニエル・デイビス氏(2010年11月)
アフガニスタンの戦地で任務にあたるダニエル・デイビス氏(2010年11月)

ダニエル・デイビス氏:
中国やロシアが、アメリカ軍が去った後の空白を埋めるために進出してくると言って、人々を脅かそうとする専門家を見かけることがありますが、これは大きな幻想です。いいですか、私たちがそこ(アフガン)に行く前に、中国とロシアはともに関与していました。すでにそこにいたのです。中国はアフガンと国境を接していて、安全保障上や経済の観点からも、隣国である彼らが何らかの形で関与することは理にかなっています。しかし、私を信じてください。アフガンはいかなる空白があってもそれを埋めるために駆けつけるような国ではありません。なぜなら、私たちの前の旧ソ連、そして今のアメリカが示しているように、アフガンは深く関わりすぎると、行き場を失ってしまう場所だからです。」

そして、テロ組織の温床となる可能性にも否定的な見方をしている。

ダニエル・デイビス氏:
世界中のどこかに混沌とした雨は常に降っている。アメリカの目から逃れてテロリストになるような人たちが、あらゆる機会を得ることができる無防備な空間が他にもあり、彼らはアフガニスタンを必要としていないからです。実際のところ、アメリカの安全保障の状況は改善されると思います。なぜなら、この小さな、小さな場所に多くのリソースを投入する必要がなくなり、どこから発生するかわからない脅威を探すため、より時間とお金を投入できる環境が整うからです。」

アメリカ軍の撤退自体には、アメリカ国民だけでなく、アメリカ軍の現役兵に対する世論調査でも過半数が支持するなど、撤退は必然的だった。(アメリカ国民の62%が、現役米兵の52%が撤退支持 The Economistとクィニピアック大学が 4月と5月に行った調査から)

ただ、撤退における混乱や、タリバンとの交渉に手を焼くアメリカの姿が国際社会のリーダーとしての劣化を印象付ける事態を心配する声もある。

アメリカの能力が軽視されることが一番の問題

「アメリカの信頼の失墜よりも、問題なのは、アメリカの能力を軽視されることだ」

アメリカ政府高官はアフガンからの米軍撤退の混乱によってアメリカの軍事力が“甘く”見られることを何よりも危惧している。中でも、中国の人民解放軍がさらに大胆かつ挑戦的な行動に出る可能性を、この政府高官は懸念していた。

台湾海峡や南シナ海で軍事プレゼンスを強める中国が、今回の騒動で「アメリカの軍事能力はたいしたことないのでは」という解釈を万一にもすれば、米中の対立は軍事衝突へと発展する恐れもあるからだ。

アメリカ史上最も長い戦争となった「アフガン戦争」の終焉。バイデン政権はアフガン撤退を進め、インド・太平洋地域へと力のリバランスを目指したが、タリバンの電撃的なカブール制圧でアメリカの威信は大きく傷いた。民主主義国家の盟主として、世界の覇権を巡り「唯一の競争相手」と位置付ける中国と今後どのように対峙していくのか、バイデン政権は正念場を迎えている。

【執筆:FNNワシントン支局長 ダッチャー・藤田水美】

ダッチャー・藤田水美
ダッチャー・藤田水美

フジテレビ報道局。現在、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院(SAIS)で客員研究員として、外交・安全保障、台湾危機などについて研究中。FNNワシントン支局前支局長。