2021年8月15日、アフガニスタンの首都カブールは反政府武装勢力・タリバンによって制圧された。大統領は国外へ脱出、ガニ政権は崩壊した。カブール市民600万人は混乱に陥り、なんとか国外へ出ようと空港へ殺到した。カブールのスピード陥落により、アメリカの威信は大きく失墜し、アフガン情勢は混迷を深めている。今後の展望と国際社会への影響について、東京外国語大学の篠田英朗教授(国際政治学)に聞く。

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空港へ向かう車のすぐ横で避難民キャンプの子どもたちが遊んでいた 2021年8月15日午後撮影
空港へ向かう車のすぐ横で避難民キャンプの子どもたちが遊んでいた 2021年8月15日午後撮影

猛スピードの全土掌握

――「米軍撤退前のカブール陥落」という今回の事態をどうみるか

篠田英朗教授:
米軍撤退がタリバンの進展に繋がることは不可避であったということが第一。そして首都カブールの防衛も非常に難しくなる可能性があるということも相当程度に織り込み済みであったが、「米軍撤退前にカブールが陥落する」と予測して述べていた人はいなかったのではないか、私は知らない。このスピード感は極めて驚きで、これがもたらしたインパクトは大きい。

象徴的な米軍のベトナム戦争からの撤退、さらにはソ連軍のアフガニスタンからの撤退と比べても衝撃度の大きい撤退となった。端的に言えばアメリカの威信は撤退するだけで非常に傷つく状態だったが、そのダメージが最大限に生じる形だった。長きにわたり国際政治へ大きな影を及ぼすことになったというのが大きな印象だ。

アメリカ大使館から飛び立つヘリ、ベトナム戦争を彷彿とさせる(2021年8月15日)
アメリカ大使館から飛び立つヘリ、ベトナム戦争を彷彿とさせる(2021年8月15日)

準備は整っていた

――タリバンはなぜここまで早くカブールへ侵攻したのか

篠田英朗教授:
いくつかの事象があるが第一に“時期が整った”ということだ。タリバンは本来5月ぐらいに撤退してもらいたいと米トランプ前大統領と取引していた。それをバイデン政権が9.11まで延ばすことにしたのだが、タリバンは日程を変えなかったということだろう。

今の時期に進撃しないと冬にかかり、雪に閉ざされ作戦に大きな影響が及ぶ。その前にカブールまで制圧したいと考えたのだろう。それができるという判断に足る材料が、軍事的ないし政治的な準備として整ってしまった。アメリカの威信を傷つけないように配慮する意図も持っていなかったことも確認しておいていいだろう。

「準備」というのは、タリバンが相当程度アフガニスタン政府側に内偵者をもっていることを指す。次々と政府軍が投降し戦わずして勝利したことで電撃的なアフガン全土の制圧が可能になったのだが、タリバンは圧倒的な勢力を見せ「戦っても無駄だよ」と心理戦を仕掛けた。

そもそも政府軍内に自分の手の内の者を送り込み、相当程度の事前交渉をしてイザという時に寝返ってほしいと調略していた節が地方だけでなくカブールでも見られる。

カブールのアメリカ大使館付近から煙が立ち上る 2021年8月15日
カブールのアメリカ大使館付近から煙が立ち上る 2021年8月15日

想定を遙かに超える“腐敗と威信喪失”

――各地の拠点で無血開城が続いたのはアフガニスタン独自の背景が影響したとみるか

篠田英朗教授:
ガニ大統領のカブール政権は腐敗し威信を失っていた。それでもなんとかアメリカの存在に支えられていたが、その支えがなくなってしまうという心理的な影響が腐敗なり威信の喪失なりに拍車をかけた。そのレベルが、我々の想定を遙かに超えていた。

政府の腐敗、30万人いる政府軍の士気の低さ、それどころか実際はタリバンの手の内という人間が政府側から給与をもらうために軍に登録していることは既に世界的に知られていたが、ここまでとは分からなかった。それなりの士気を持っていた兵士も当然いたはずだが、「今さら戦って何になる」という気持ちが政府軍内あるいはアフガニスタン政府側の人々の心の中を支配したようだ。

他方、非常に悔しい思いをしているという人がSNSに沢山投稿している。「まさかガニ大統領が国を見捨てるとは思わなかった」と投稿している大臣級の人もいる。様々な思いがあるなかで現在の形になっている。

カブール侵攻当日、国外脱出したガニ大統領 自身のFacebookには「流血の事態を避けるために国を出た」とある
カブール侵攻当日、国外脱出したガニ大統領 自身のFacebookには「流血の事態を避けるために国を出た」とある
 

「不透明感の残る混乱が続いていく」

――今後アフガニスタンはどうなっていくとみるか

篠田英朗教授:
タリバンはこれまで20年間にわたって“外国軍に支配されたアフガニスタンを解放する”という目的に向け、色々な勢力を大同団結させたり、実際には自分たちと通じていない勢力ともそれなりのコンタクトをとり政治的な交渉をしながら勢力を固めて、今回の勝利に辿り着いた。見事だったと言ってもいいが、統治の能力やビジョンについては未知数だ。試行錯誤が続くと考えた方が良いのではないか。イスラム主義をとる苛烈な支配が始まることは疑いがない。

他方、過去20年間の教訓として人心掌握術のようなものを身につけているので、「人民のために行動する」といったスローガンも使っている。ある種の慈善活動もしながら人心掌握を図っていく政策の兆しも見せていて、20年前のタリバンとまったく同じものに戻るということでは無いのかもしれない。

新指導部はアメリカによる暗殺を恐れて、身を隠していたこともあり、非常に謎めいていて、予測が立たない。しばらく不透明感の残る混乱が続いていくのではないか。その間に目立ったタリバンへの反抗というのはそれほど大きな動きにはならないだろうが、2021年以降のタリバン統治というのは一体どんなものなのかということをアフガニスタンにいる全員が不安をもって見ていて、色んな方向に転がっていく可能性は内包している。

タリバンは「女性はヒジャーブを着用すれば教育も就労も認める」としている。信憑性を疑う声は多い。
タリバンは「女性はヒジャーブを着用すれば教育も就労も認める」としている。信憑性を疑う声は多い。

「人権の制約が進んでいく」

――タリバンによる人権蹂躙的な支配が復活する懸念は

篠田英朗教授:
「女性に就労や教育の機会を与える」という人心掌握を狙ったスローガン的なことは言っている。ただしどのような形態で就労や教育の機会を与えるのかというと、過去の20年間とまったく同じということはあり得ない。それではタリバンがイスラム主義の政権を樹立する意味がなくなってしまう。

タリバン指導部内で完全に意思統一が図られているかどうかもわからない。20年前に戻るわけではないものの、過去20年間とまったく同じ状態が続くということはないというところで、人権の制約が進んでいく。

アフガニスタン各地での戦闘から逃れてきた人々 カブールの避難民キャンプにて2021年8月15日午後撮影
アフガニスタン各地での戦闘から逃れてきた人々 カブールの避難民キャンプにて2021年8月15日午後撮影

――抽象的だがアフガニスタン国民が安心して暮らしていくための鍵は何か

篠田英朗教授:
タリバンが国民から歓迎される自由度の高い統治をすることが起こりえるのであれば、我々の抱いている懸念は1回ふりだしに戻ることになる。そこに期待するのであれば大きな鍵になるが、非常に非現実的な期待だろう。また、20年間タリバンを敵だと思っていた人々が喜んでタリバンを迎え入れるというわけにはいかない。単純に統治が難しく不透明だというだけでなく、避難民が出る。あるいは社会経済生活を健全に送ることが非常に困難になる情勢が各地で生まれる。

そんななかタリバンがそれなりのサービス提供を国家事業としてできるのか、それを補うような国際社会の人道的な支援が可能なのか、支援をタリバンが受け入れるかどうか、のみならず政治的な意味も含めて国際社会がそれを提供する余力があるのかどうか、これは、様々な情勢分析の後に検討され判断されていくことだろう。

東京外国語大学 篠田英朗教授(国際政治学)2021年8月16日朝 遠隔インタビュー取材を実施した
東京外国語大学 篠田英朗教授(国際政治学)2021年8月16日朝 遠隔インタビュー取材を実施した

【篠田英朗 東京外国語大学大学院教授プロフィール:専門は国際政治学(平和構築)1968年10月11日生まれ。神奈川県出身。早大政経学部卒。ロンドン大(LSE)で国際関係学博士課程修了。広島大学准教授、コロンビア大学客員研究員などを経て2013年より現職。著書『平和構築と法の支配―国際平和活動の理論的・機能的分析』(大佛次郎論壇賞)『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』(サントリー学芸賞)『集団的自衛権の思想史』(読売・吉野作造賞)『紛争解決ってなんだろう』など】

(#2 『アフガニスタンの敗北』後編に続く)

【執筆:FNNバンコク支局長 百武弘一朗】

百武弘一朗
百武弘一朗

FNN プロデュース部 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(警視庁、司法、宮内庁、麻取部など)、報道番組(ディレクター)、FNNバンコク支局を経て現職。