2021年8月15日、アフガニスタンの首都カブールは反政府武装勢力・タリバンによって制圧された。大統領は国外へ脱出、ガニ政権は崩壊した。カブール市民600万人は混乱に陥り、なんとか国外へ出ようと空港へ殺到した。カブールのスピード陥落により、アメリカの威信は大きく失墜し、アフガン情勢は混迷を深めている。今後の展望と国際社会への影響について、東京外国語大学の篠田英朗教授(国際政治学)に聞く。

大統領宮殿を占拠したタリバン兵 中東の衛星テレビ局アルジャジーラが2021年8月15日生中継で報じた
大統領宮殿を占拠したタリバン兵 中東の衛星テレビ局アルジャジーラが2021年8月15日生中継で報じた
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中国、ロシア、イラン、パキスタンとの良好な関係

――タリバン政権を巡る国際情勢をどうみるか

篠田英朗教授:
タリバンは20年前と比べると国際情勢的に良好な状況にある。1990年代にタリバンが国土の9割を制圧しても北部同盟軍を支配できなかったのは、中央アジア諸国やイランが少数民族との連携を重視し北部同盟側を事実上支援する勢力にまわっていたからだった。

マスード将軍という天才的指揮官が外交交渉にも長けていたという北部同盟側のファクターもあった。だが数年前、イスラム国(IS)がアフガニスタンで台頭した際、タリバンの勢力は一度イスラム国によって削がれた。

これに対し非常に大きな危機意識をもったのが隣国イランであり、ロシアであった。彼らは必ずしもタリバンを好意的に見ていなかったものの、明らかにイスラム国よりはタリバンの方がマシであるという判断のもとに、ある種の外交革命を起こしタリバン側に接近した。

タリバンも本来ソ連と戦うムジャヒディンとしての歴史も持っていたものの、イスラム国の登場という新しいシナリオの中、ロシアとイランともある種の連携をもっていく決断をした。この構図は、イスラム国の力がアフガニスタンから駆逐された後も、継続している。

カブール侵攻の日、政府機関に掲げられていたアフガニスタン国旗は下ろされた 2021年8月15日
カブール侵攻の日、政府機関に掲げられていたアフガニスタン国旗は下ろされた 2021年8月15日

加えて、中国がタリバン政権成立の暁にはアフガニスタンへの影響力を高めたい、という野心を隠していない。一帯一路構想という大きなグランドビジョンの中で意味がある動きだ。タリバンは、事実上中国の影響圏として中国とも仲良くやっていくことになる。

イランとロシアとしては、アメリカとの対立のなか中国と仲良くやるタリバン政権を、2021年8月15日までのカブール政権よりもマシな選択として捉えている。これはパキスタンも同じで、インドの影響力が消えるのであれば誰であっても良いという考え方だ。

タリバンがこうした基盤を生かして建設的な統治に入るのか、はたまたやりたい放題やる方向に舵を切るのか、名前を挙げた周辺国以外の国々は注視している状況だ。

2001年9月11日の同時多発テロから20年が経つ
2001年9月11日の同時多発テロから20年が経つ

苦節20年の末に「完敗」した自由主義陣営

他方、国連はアメリカによる安全保障理事会への強い後押しもあり、タリバンを制裁対象としている。一回作り上げてしまったレジームを変えるということは大変なことで、それを今後も果たしていくかどうか、悩みどころだろう。アメリカ、NATO諸国のみならず、国連も頭の中が真っ白という状況なのではないか。

それは多分にタリバン側の動きによって決まっていくところが大きいと思う。タリバンを巡るこうした国際情勢の中、圧倒的なタリバンの軍事的優位が確立されたことがもたらす国際政治全体へのインパクト、バイデン政権の命運や、アメリカが持つ同盟国網の威信への影響というのは計り知れないものがある。10年、20年と、このインパクトは我々の肩にのしかかってくるものではないか。

国連旗 安全保障理事会は2021年8月16日 緊急会合を開いた
国連旗 安全保障理事会は2021年8月16日 緊急会合を開いた

甚大な無力感・・・アメリカ一国の問題ではない

バイデン大統領の撤退が失敗だったのではないかという議論が起こっているが、とにかく明らかなのは「敗北した」ということだ。アフガニスタンにおける敗北感、この敗北感は9.11後にアフガニスタンに一緒に乗り込んでいったNATO同盟諸国のイギリス、フランス、ドイツをはじめとする主要な欧州各国の人々が一様に感じていることだろう。

彼らはアフガニスタンで多大な犠牲、戦死者を出していて、その20年間の帰結が、まったく戦わないアフガニスタン政府軍であり、タリバンの完全復活である、という事実がもたらす無力感は甚大だ。

「これでアメリカと一緒にもう一回戦うのか?」という精神構造になる同盟ネットワークの将来に関わる重大問題だ。アメリカの大統領1人が「アメリカの国益を守るため撤退はやむを得なかった」と言えばそれで済むという話ではない。中国の影響力が増していくという大きな構造的転換の流れに乗った情勢も発生している。

アフガニスタンが国際政治に放つ巨大なインパクトを過小評価することはできない。民主主義対専制主義国という国際政治全体のせめぎ合いの渦中で、アメリカとNATO諸国、そしてその同盟国である日本も、20年間の巨大な努力の果てに、完敗を喫した。このインパクトをこれからどうやって拭い去っていくのか想像がつかない。

アメリカ軍特殊部隊は2011年5月 パキスタンでウサマ・ビン・ラディン(元アルカイダ最高指導者)を殺害した
アメリカ軍特殊部隊は2011年5月 パキスタンでウサマ・ビン・ラディン(元アルカイダ最高指導者)を殺害した

――日本政府はどうすべきか

篠田英朗教授:
直近では大使館職員の避難からアフガニスタン情勢の分析という対症療法に忙しい。アフガニスタンに対してある程度の関与をするとしても緊急人道援助をするだけで相当な負荷になる。中長期的には国際政治情勢全体の中でアフガニスタンを見る、あるいはアフガニスタンのインパクトを受け止めていく、ということを日本外交全体で理解していくという巨大な知的作業が待っている。

伝統的には日本は「アメリカの同盟国としての地位を保ちながら、アジアの穏健な自由主義国として様々な諸国との友好関係を築く」という外交術をとっていて、アフガニスタンにおいてもアメリカに協力し“それなりの貢献”をした。正直NATO構成諸国とは比較にならない貢献ではあったものの、日本の対外協力の歴史の中では燦然と輝く積極的な貢献を果たした。その果てに、自由主義陣営の諸国がまとめて大敗北を喫した。

アメリカ一国の問題ではない
アメリカ一国の問題ではない

同盟国アメリカは世界最高の軍事力を持つ超大国だ、という感覚に、我々日本人は慣れきっている。しかしアメリカといえどアフガニスタンを守ることができず、見捨てざるをえなかった。GDPのみならず軍事力や国際政治上の影響力が中国に追い抜かれる時代が、既に到来し始めている。そのドラマチックな象徴が、今回のアフガニスタンの進展だ。

我々は、劣勢の陣営に居るという認識を、アフガニスタン情勢によって持つべきだと思う。中国に寝返りたいという人がいるのであればそれもひとつの外交オプションだろう。ただそれは普通は考えられないとすれば、劣勢の陣営の一員として、敗北を喫した地点から、どうやって持ち直していくのかを、同盟国とともに考えていかなければならない。

2021年8月15日 カブールにて
2021年8月15日 カブールにて

我々は20年の巨大な努力の果てに敗北した

アメリカは帝国主義的な軍事介入も繰り返す荒っぽい国なので付き合いきれないところもあるが、とりあえずは強い同盟国なので危機の際には頼りたい、という感覚だけを大前提にした日本外交の伝統的アプローチは、もはや通用しない。

同盟国とともに一緒に敗退し続けていくかもしれないという危機感を持ちながら、どうやって自由主義陣営全体の底上げを図りながら日本外交も立て直していけるか。そうした大きな課題を、アフガニスタンで突きつけられた。この危機意識はきちんと持った方が良い。

バイデン政権も、アフガニスタンで敗北した、という状況認識をしっかり表明できていない。しかし、我々はみな、20年の巨大な努力の後、アフガニスタンで敗北したのだ、という状況認識がないと、劣勢をはねかえす効果的な次の一手は打てない、と指摘したい。

東京外国語大学 篠田英朗教授(国際政治学)2021年8月16日朝、遠隔インタビュー取材を実施した
東京外国語大学 篠田英朗教授(国際政治学)2021年8月16日朝、遠隔インタビュー取材を実施した

【篠田英朗 東京外国語大学大学院教授プロフィール:専門は国際政治学(平和構築)1968年10月11日生まれ。神奈川県出身。早大政経学部卒。ロンドン大(LSE)で国際関係学博士課程修了。広島大学准教授、コロンビア大学客員研究員などを経て2013年より現職。著書『平和構築と法の支配―国際平和活動の理論的・機能的分析』(大佛次郎論壇賞)『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』(サントリー学芸賞)『集団的自衛権の思想史』(読売・吉野作造賞)『紛争解決ってなんだろう』など】

【執筆:百武弘一朗】

百武弘一朗
百武弘一朗

FNN プロデュース部 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(警視庁、司法、宮内庁、麻取部など)、報道番組(ディレクター)、FNNバンコク支局を経て現職。