静岡県熱海市伊豆山地区を襲った土石流は8月3日で発生から1カ月となった。死者22人の大災害では依然5人が行方不明でいまも捜索が続けられている。被災地のいまを取材した。

土石流が襲った家の復旧はこれからだ
土石流が襲った家の復旧はこれからだ
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隣の家が5秒で消え1人行方不明のまま

土石流の被害を受けた伊豆山地区は、観光客が訪れる熱海駅から直線距離でわずか1キロだ。熱海市の高齢化率は47.8%で静岡県内の市町のうち最も高く(※)、中でも伊豆山地区は高齢者が5割を超えると言われる。土石流で亡くなった人の多くは高齢者だった。

(※)2020年4月1日現在の総人口に対する65歳以上の割合(静岡県発表)

「隣の家が5秒で消えたんだ」

こう語るのは伊豆山地区で被災した松本早人さんだ。普段は伊豆山港で釣り船「喜久丸」の船長をしている松本さんは、発災当日は大雨のため漁を休んで自宅にいた。松本さんの自宅はこの地区の高台にあって、異変を感じた松本さんが谷側にある隣家に向うとあっという間に家が土石流に飲み込まれてしまったという。

松本早人さんは自宅が高台にあり難を逃れたが燐家が流された
松本早人さんは自宅が高台にあり難を逃れたが燐家が流された

伊豆山港は土砂がまだ流れ込んでいる

「2人は救えたんだけど1人おばあさんが逃げ遅れて。その人はいまも行方不明のままなんだよね。早く見つけてもらいたいよ」

松本さんの自宅は発災から1カ月たったいまも電気が通らず、熱海市内で避難所暮らしをしている。自宅前の電柱には「キケン倒壊のおそれアリ」と書かれており、松本さんは「電柱にこうやって書いてあってさ。家に住めないじゃないですか」とあきらめ顔だ。

電柱には「キケン倒壊のおそれアリ」と書かれている
電柱には「キケン倒壊のおそれアリ」と書かれている

松本さんが船を持つ伊豆山港も土石流の被害を受けた。港に行くと事務所だった建物は壊れ、土石がそこら中に散乱していた。港の水は土砂が流れ込んで茶色く濁っている。松本さんの船も土砂がこびりついたままだ。

伊豆山港も土石流の被害を受け、土石がそこら中に散乱したままだ
伊豆山港も土石流の被害を受け、土石がそこら中に散乱したままだ

「土砂がまだ流れ込んでいるので、港として機能しないぐらい水深が浅くなっている。復旧はこれから県や市がやってくれるが、伊豆山港は小さな港で漁をしているのは8人ぐらい。独自で再建する力はもう無いだろう。自分は熱海港にも船があるけど、稼ぎは30%ぐらい回復するかなというくらいだね」

港の復旧はこれからだが、港関係者の自力再建は難しい
港の復旧はこれからだが、港関係者の自力再建は難しい

自分に向かってくる土石流から逃げる

「土砂はうちの目の前まできた感じですね」

こう語るのは土石流で一時不通となった国道135号線沿いで、弁当店「喜余味」を営む高橋一美社長だ。

高橋さんは発災当時、自宅近くの逢初橋付近に土砂が流れてくるのを見た。

「国道(135号線)に出ると、第1波がきた11時頃はまだ片側が通れたので車が渋滞していたんですよ。そこでたまたまいた町内会長と二手に分かれて交通誘導していたら、12時過ぎに第2波がきたんですね」

高橋さんは自分に向かってくる土砂から逃げながらも、スマホで建物が破壊されていく動画や画像を撮影した。

下流の逢初橋付近で高橋さんは自分に向かってくる土石流を撮影した
下流の逢初橋付近で高橋さんは自分に向かってくる土石流を撮影した
高橋さんがこの動画を撮影中に建物が次々と土石流に飲み込まれた
高橋さんがこの動画を撮影中に建物が次々と土石流に飲み込まれた

土砂は店の近くまで押し寄せ、電気以外のライフラインは数日間止まった。

「電気が通っていて冷凍・冷蔵は平気だったので、商品の廃棄することはなかったですね。ただガスと水道は止まっていました」

高橋さんはボランティアや土砂撤去にあたる作業員の支援として、お弁当の営業を再開した。

「ほぼ1カ月間売り上げがゼロでしたね。従業員は被災された方が結構いてまだ避難しているのですが再開しました。発災前は1日500個ぐらい作ったのですが、いまは100個程度ですかね」

弁当店「喜余味」を経営する高橋一美社長と長男陽大くん
弁当店「喜余味」を経営する高橋一美社長と長男陽大くん

高橋さんは弁当店営業の為、家族のいる横浜との2拠点生活を送っている。被災後、小学4年生の長男が店にやってきて、「たくさん食べて元気でいて下さい」と、被災した地域住民を応援するメッセージを書いてくれた。

高橋陽大くんが書いた応援メッセージ
高橋陽大くんが書いた応援メッセージ

緊急車両の音にただ事じゃないと思った

「土曜日は通院の送迎が多いのですが、あの日は大雨が続いていたので安全面から件数を少なく調整していました。2件目の送迎が終わって事務所に戻るとき、川が増水して通行止めになっているのを見て異変を感じたのです」

こう語るのは伊豆山地区で訪問介護・ケアタクシーの株式会社伊豆おはなを経営する河瀬豊社長だ。

回り道をしながら事務所に戻った河瀬さんは3件目の送迎対応をしていたとき熱海市から土石流が発生したというメールを受け取った。

伊豆おはなの河瀬豊社長と愛美さんは川の増水による通行止めで異変を感じた
伊豆おはなの河瀬豊社長と愛美さんは川の増水による通行止めで異変を感じた

「緊急車両や消防車、救急車のものすごい音が聞こえたので、ただ事じゃないなと思いました。事務所近くに戻ると消防団が駆けつけていて、住民に避難を呼び掛けていました。この地区は高齢者が多いので、私も彼らの避難を手伝って市内の避難所までピストン輸送しました」

中には避難を呼びかけても「娘が来るのを待っているから」と断る高齢者もいた。しかし河瀬さんは「もう待っている時間ないから、危ないから逃げよう」と言って避難誘導したという。

「翌日の日曜日も避難した高齢者の移動をボランティアで手伝いました。自宅は少し離れていて通行止めで戻れなかったので、知人のところを拠点にしながら仕事を始めました」

重機が入る被災現場。猛暑の中捜索と復旧活動が続く
重機が入る被災現場。猛暑の中捜索と復旧活動が続く

高齢者が涙ながらに「いてくれて良かった」

河瀬さんは2013年に熱海に移住してきたいわゆる移住組だ。

「それまでは東京に住んで週末は熱海に滞在する感じでした。その中で熱海には高齢者が多くて介護タクシーが必要なのにないことに気が付いて。じゃあ東京で会社員をやっているのではなくて、地域課題を解決するために起業しようと思ったのです」

河瀬さんは通行止めをたまたま知っていたので事務所まで迂回し難を逃れた
河瀬さんは通行止めをたまたま知っていたので事務所まで迂回し難を逃れた

そして河瀬さんはこう続ける。

「発災後も高齢者の通院や外出を支援するのが僕らのミッションだと思い、仕事の継続を最優先にしました。いろんな方から涙ながらに『いてくれて良かった』と言われています」

次回は熱海市内の民間の支援・復旧活動を追う。

土石流に襲われた酒店の周辺を取材する筆者
土石流に襲われた酒店の周辺を取材する筆者

【取材:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。