労働生産性の低さと少子化は、言うまでもなく日本の大きな課題だ。2020年12月の日本生産性本部の発表によれば、日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟37カ国中21位、厚生労働省の人口動態統計によれば、2019年の合計特殊出生率は現在1.36。下降の一途をたどっている。

2021年6月7日に行われた、国会改革をめざす超党派の議員による「衆議院改革実現会議総会」で、講師を務めたワーク・ライフバランス社の小室淑恵社長は、講演の中で「日本少子化と企業の生産性低下、残業の震源地は霞ヶ関・永田町だ」と発言した。小室氏へのインタビュー第3回は、官僚の働き方が少子化、民間企業の生産性低下とどう関係しているのかについて述べる。

民間企業は国会、官僚の仕事のやり方に影響を受ける

――官僚での仕事のやり方は、どのように民間企業の生産性低下や少子化に繋がっているのでしょうか。

小室:
ワーク・ライフバランス社では、これまで1000社を超える民間企業をコンサルし、コンサルに入った企業では平均約25%の残業減の成果が出ています。働き方改革をすすめた企業では結婚数が2倍、出産数が2.5倍といった変化も珍しくありません。

ところが、中にはコンサルの成果のでない企業もあり、そこには行政とのやり取りが多いという共通点がありました。

――行政と民間企業のやりとりにはどんな特徴があるのでしょうか。

小室:
行政からの仕事は、深夜のメール、短納期の発注、大量のハンコ・書類要求、割に合わない価格、対面で呼びつけられて、形式にこだわる、という傾向が報告されています。

このような非常識な要求は生産性の低下につながります。

つまり、官僚の働き方改革を進めることで、民間企業の生産性向上と少子化改善が見込まれると言えます。

非常識な要求が、永田町から霞が関、民間企業へと連鎖する

小室さんのお話からは、官僚が民間企業に対して非常識な要求をして、民間企業の生産性が低下している様子が見受けられる。同様に議員から官僚に対して非常識な要求をしていることが、株式会社ワーク・ライフバランスの調査に表れている。同社が2021年4月に発表した国家公務員316名を対象に行った「コロナ禍における中央省庁の残業代支払い実態調査」の中で、議員対応・国会対応についてのフリーコメントに、「国会議員から『今日中に対面で』説明を求められ、時間に遅れると土下座を求められることがある」「レクに局長級を要求する。レク時にとにかく怒鳴る」など、国会議員から官僚に対するパワハラとも受け取れる非常識な要求があるのだ。なぜ、官僚に対してこのような態度をとる国会議員がいるのだろうか。

「衆議院改革実現会議総会」での小室氏の講演資料より
「衆議院改革実現会議総会」での小室氏の講演資料より
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国会議員のパワハラ的発言の背景には議員の過労と睡眠不足がある

――国会議員が官僚に対して非常識な要求やパワハラとも受け取れる発言をする原因として、何が考えられるのでしょうか。

小室氏:
もちろん本人のモラルの問題はあると思いますが、構造的なこととして、国会議員も同様に過労状態であり、睡眠不足が脳に影響を与えていることが原因だと考えています。

米国ボストンハーバード医科大学のスンシク・ユウ氏らの論文によれば、睡眠不足の脳では、怒りの発生源である「扁桃体」が活性化し、それを抑制する「前頭前野」の働きが低下するためキレやすくなることが分かっています。穏やかな性格の人でも睡眠不足だと怒りっぽくなります。

国会議員には元々まじめでパワフルで熱心な方が多く、活動している間は脳にいつもアドレナリンが出ている状態なので元気に見えますが、裏側で、家族、秘書、官僚などにイライラが向かうことが少なくありません。有権者やメディアの前ではニコニコしている議員が、秘書に対して起こしたパワハラ事件を、みなさんはいくつもご記憶かと思います。

「衆議院改革実現会議総会」での小室氏の講演資料より
「衆議院改革実現会議総会」での小室氏の講演資料より

――国会議員の睡眠不足の原因には何が考えられますか?

小室氏:
国会議員は、異様に多忙な日々を送っています。平日の昼間は国会の出席、夜は会合、週末は選挙区の地元に新幹線や飛行機で帰ってイベントに出席してまたとんぼ返りと、途切れることなく精力的に活動して、慢性的に睡眠不足の生活をしている方が少なくありません。冠婚葬祭に多く顔を出すことが選挙の票につながる実態がまだありますが、だとしたら、それを政治家に求めてしまっているのは、他ならぬ国民なのかもしれません。議員が冠婚葬祭めぐりではなく、政策を議論することに時間を使える働き方にすること、睡眠を確保して官僚の働き方に悪影響与えない働き方をすることが、真に国民のためになるのではないでしょうか。

官僚が働き方を変えるべき理由

これまでのインタビューの中では、官僚の働き方が、官僚自身のメンタル失調や離職につながること、日本の少子化や生産性低下につながることなど、官僚の働き方を変えなければいけない理由について学んだ。また、官僚の働き方は、残業代やタクシー代による税金の無駄遣いや、ミス・不祥事にもつながっていることもわかってきた。

ーー官僚が働き方を変えなければいけない理由は枚挙にいとまがありませんが、最後に、小室さんが一番「変えなければいけない」理由だと思うことは何か、教えてください。

小室:
普通の生活をしている人の課題が解決されないことです。官僚の仕事は、私たちの日々の暮らしに深く関わる国の法律を作成したり、行政の運用をしたりすることです。官僚の働き方が過酷すぎて子育て、介護、教育といった日々の課題を身近に体験していないことによって日本では日の当たらない重要な社会課題が多数放置されたままになっていると思っています。

首相自身が育休を取れる国と、大臣が育休をとることが批判的なニュースになってしまう国では、生活者の課題解決に大きな差が出るのは明らかです。

――ありがとうございました。

【執筆:フジテレビ 岸田花子】

岸田花子
岸田花子

フジテレビ ニュース総局メディア・ソリューション部。1995年フジテレビ入社。技術局でカメラ、マスター、システムなどを経て現職。注目する分野は、テクノロジー、働き方、SDGs、教育。