コロナ禍のこの1年は、外出自粛やテレワークの実施で、在宅時間が増えたことだろう。中には、自宅での仕事環境などを充実させようと、引っ越しをした人もいるかもしれない。

しかし新たにマンションなどに入居する場合、注意が必要なのは“隣人問題”。もし隣の部屋から、1日中大きなボリュームで音楽が聞こえてきたり、ベランダから悪臭が漂ってきようものなら、安心して自分の部屋で過ごすことはできない。特に在宅時間が増えた今、そのストレスは以前より大きくなっているのではないだろうか?

生活音などに敏感になった人も(画像はイメージ)
生活音などに敏感になった人も(画像はイメージ)
この記事の画像(6枚)

しかも多額の費用が掛かることから、そう簡単にすぐ引っ越しをするというわけにもいかない。もし契約の段階で、いわゆる「事故物件」のように不動産会社が告知してくれれば、そのようなトラブルには巻き込まれないと思うのだが、このような隣人トラブルでは「告知義務」はないのだろうか?

また、このような隣人トラブルで退去した場合に、その費用をオーナーなどに請求することはできないのだろうか? 

不動産実務に強いアルティ法律事務所の瀬戸仲男弁護士に話を聞いた。

不動産契約における告知義務とは?

ーーそもそも告知義務とはなに?

宅地建物取引業法(宅建業法)は、その第31条以下で宅地建物取引業者の「業務」について規定しています。その冒頭で「信義誠実の原則(宅地建物取引業者は、取引の関係者に対し、信義を旨とし、誠実にその業務を行わなければならない)」という総論的な規定があります。

そして、その各論である第35条で「重要事項説明義務」を規定。この規定を受け、第47条で不動産会社(宅建業者)には、「重要事項」について事実不告知・不実告知等が禁止されています。これが「告知義務」と言われるものです。 


ーーどのような内容が「重要事項」となる?

この説明すべき「事項」は、さらに細かく宅地建物取引業法の「施行規則」に規定されています。「事項」は多岐にわたり、実際にはさらに当該物件の実情に合わせて、規定されていない事項であっても説明すべき場合が生ずるものと考えられています。つまり、法令に規定されている事項は最低限の事項を示したものと解されます。 

説明すべき事項とは、抽象的に言えば「宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」であって、具体的には各事案において「何が判断に重要な影響を及ぼすこととなるのか?」を購入者・入居者側に立って判断することになります。 


不動産会社に「重要事項」の事実不告知が禁止されている(画像はイメージ)
不動産会社に「重要事項」の事実不告知が禁止されている(画像はイメージ)

「隣人による騒音」が告知義務の対象になる場合も

ーー例えば、騒音トラブルなどを起こす入居者がいる物件の場合、不動産会社は入居希望者に対して、この告知義務はある?

隣人による騒音や悪臭などのトラブルについても、程度や性質、内容などが「重要事項」に該当する場合は、対象となる場合もあると考えられます。


ーーもし告知義務に該当しないとしても、入居希望者から隣室の騒音問題などの有無を聞かれた場合、不動産会社は答える義務はある?

あると考えます。最初に説明しました「信義誠実の原則」の観点から、事実を正確に伝えなければなりません。当該事実を告知することによって、成約に至る可能性が低くなるとしても、告知すべきです。 

取引の現場では、安全側に立って、購入者・入居者が気にしそうな事項は誠実に説明しておくのが良いと思います。そのようなマイナスの事実を正確に伝えることこそが法令の期待しているところです。 


ーー物件が賃貸と売買で、この告知義務や対応に法的な違いはある?

売買と賃貸借の場合で総論的・原則的な違いはありません。 ただし実務上は、売買契約における重要事項説明書は内容が豊富でページ数も多いですが、それに比べて賃貸借契約の場合の重要事項説明書は簡易な内容です。これは、取引の対象物の相違によるものです。 

(画像はイメージ)
(画像はイメージ)

退去費用を請求「できる場合がある」

ーーもし隣人が原因で退去となった場合、オーナーなどに退去費用などを損害賠償として請求することはできる?

できる場合があると考えます。 ただし、まずは退去前にする対応策が重要です。そこで、集合住宅におけるニューサンス(生活妨害)の問題の解決方法について考えてみましょう。 

法令上は、過去のニューサンスに対しては「損害賠償請求」という方法、将来のニューサンスに対しては「差止請求」という方法が用意されています。 裁判所は、どちらの方法についても「受忍限度論」という考え方で対処していま す。

受忍限度論とは、社会生活を営む上でお互いの接触は不可避であることから、 全ての妨害行為が違法性を帯びるわけではなく、「客観的にみて受忍すべき限度を超えた場合に初めて違法性が認められ、事前の差止請求、事後の損害賠償請求が認められる」とする考え方です。

この受忍限度の判断は裁判官によりますが、考慮される要素として、例えば、「騒音トラブル」のケースでは、(1)公的規制上の数値との関係、(2)騒音の発生時間帯、(3)騒音の性質、程度、(4)被害を受ける側の状況、(5)被害防止措置の有無・内容などの諸事情を総合考慮して判断します。一概には断定できず、様々な要素を考慮すべき微妙な判断が必要となるわけです。 

諸要素を考慮した上で、相手方(妨害を行っている者)に対して強い態度で臨むべき場合には、調停の申立、最終的には訴訟を提起することになります。しかし、 訴訟は長期間かかることもあり、毎日被害を被っている場合には、早く解決したいものです。そのためには仮処分の申立を行うという方法も検討すべきです。 過去の裁判例においては、「受忍すべき限度を超えていない」という理由で請求棄却になる事例も少なくありません。 


ーーこの解決は裁判だけでなく、話し合いでも対応は可能?

はい、可能です。裁判所を利用すると時間も費用もかかります。現実には話し合いなどを通じて解決することになりますので、次に、話し合いの方法を紹介します。

自身で交渉するのが基本ですが、間にワンクッション入れるのも良い方法です。例えば、賃貸マンションであれば管理会社を通じて交渉してもらいましょう。また、賃貸人(大家さん)に頼む方法もあります。賃貸人は、賃借人が目的物を円満に使用できるようにする義務を負っており、生活妨害が発生している場合には、その妨害行為を取り除く義務が賃貸人に課されていると構成することも可能です。

賃貸あれば管理会社を通じて交渉も(画像はイメージ)
賃貸あれば管理会社を通じて交渉も(画像はイメージ)

例えば「大阪地方裁判所平成元年4月22日」の判決は「人の住居に使用される建物の賃貸借契約の場合は、賃貸人は賃借人に使用させる義務として、賃貸借の目的物である建物を人の住居としての円満な使用収益ができる状態で引き渡すべき義務がある」と判示し、家主が隣室賃借人の生活妨害行為を阻止しなかった事例で、家主に対する損害賠償請求を認めました。珍しいケースですが、家主を本気にさせる意味では良い裁判例です。 

分譲マンションの場合には、管理組合を通じて交渉してもらいましょう。仮に、問題となっている騒音がマンション全体に害を及ぼすようなものであれば、その騒音は区分所有法(建物の区分所有等に関する法律) 第6条の「共同利益に反する行為」に該当する可能性があり、そうであれば差止請求が可能です。 

このように、家主(オーナー)に対する損害賠償請求が認められる場合もあります。また、契約前の仲介業者の説明義務違反・告知義務違反が認められる場合には、仲介業者に対して損害賠償請求することも考えてみてよいでしょう。 

不動産の内覧や契約前にチェックすべき重要ポイント

ーー最後に、入居後の隣人トラブルに巻き込まれないため、内覧や契約の際に留意するポイントを教えて。

内覧や契約の際に留意するだけでなく、少なくとも、 契約以前における調査が肝要です。調査不十分のまま、内覧や契約の場に臨むのは避けましょう。用心深い人は、内覧の際に、建築士に同行してもらって、対象物件を隅々まで観察してもらっています。 

また、契約にあたっては、「重要事項説明書、売買契約書」を契約日当日に交付してもらうのではなく、事前に(何日か前に)もらって、弁護士に相談するなどして、契約日よりも前に疑問点などを知らせて、修正点を直してもらったうえで、契約の場に臨む必要があります。 

その他、購入者・入居者側に立った場合、以下の点に留意しましょう。 

1.仲介業者、管理会社、賃貸人(オーナー)に対して、遠慮せずに納得がいくまで質問してみましょう。 騒音の被害に限らず、害虫の被害、事故物件かどうか、嫌悪施設(ゴミ焼却場、 火葬場、悪臭・騒音・振動などを発生させる工場など)の有無、近隣の治安等々、気になることを聞きましょう。 

2.物件の関係者に限らず、近所の人に聞いて見ること(近隣取材)も重要です。オーナーが遠くに居住している場合は、オーナーは対象物件の問題点を知らず、 知っているのは近所の人かもしれません。 

3.水害などについては、インターネットや役所でハザードマップを確認する必要があります。現場によっては、ハザードマップには載っていない水害のケースもあります(当該物件にだけ雨が流入するケースなど)ので、雨の日に物件を見に行くの は大変良い方法です。「物件は悪い日に見に行け」というのは、不動産取引における大事なポイントです。 

4.自分で調べる場合には、様々な時間帯に対象物件に赴いて、観察しましょう。日中・昼間だけでなく、夜・深夜にも行ってみて、隣人等が在室している時間帯の様子を観察しましょう。あるいは、端的に、隣人宅のインターフォンを押して、どのような人なのか、どのような対応をするのか、観察してみるのも良い方法だと思います。いわば「論より証拠」の実践です。

 5.不動産会社からの説明が気になる場合(良いことばかり言う、「絶対に大丈夫です!」などと安請け合いする、など)は、ボイスレコーダーを持参して「録音しておきます。」と言って、プレッシャーをかけてみましょう。いい加減なことを言わなくなるかもしれませんね。 

(画像はイメージ)
(画像はイメージ)

騒音などの隣人トラブルで退去した場合、オーナーなどに退去費用を請求できる場合があることは分かった。ただし、まずは隣人の騒音を止めてもらうように依頼する、騒音が受忍すべき限度を超えていると裁判所が判断する必要があるなど、そう簡単にはできなさそうだ。

一方、隣室の騒音問題などの有無について、不動産会社は入居希望者に聞かれたら答える義務はあるとのことなので、こちらは入居前に聞いておくことをおすすめしたい。
 

【関連記事】
トラブルメーカーでも簡単には退去させられない賃貸事情…コロナ禍で増加する近隣トラブル対策
カギは「窓」と「室外機」知っておきたい“騒音トラブルを生まない家”の条件

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。