いま教育現場ではVRを活用した疑似体験を通して、生徒が社会課題を考える試みが始まった。都内調布市にあるドルトン東京学園中等部では、VRを導入したSDGsの授業を行った。

配布されたアイパッドをつかって360度映像で生徒が疑似体験するのは、母国コンゴから日本に逃れてきた難民申請者の生活だ。

都内調布市にあるドルトン東京学園
都内調布市にあるドルトン東京学園
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VRでコンゴの日常を疑似体験する

アイパッドにまず映し出されたのは、一人のアフリカ系男性が日本のアパートと思しき場のキッチンで料理をつくっている様子だ。

先生から「これは何の映像か」と聞かれても、生徒からなかなか答えが出ない。

そこで先生はこの男性が「ジョセフさん(仮名)」であり、母国コンゴから日本まで逃れてきた難民申請者であることを生徒に伝える。

アイパッドにはアフリカ系男性が映し出される
アイパッドにはアフリカ系男性が映し出される

続いてジョセフさんが暮らしていたコンゴの日常が映し出されると、生徒たちから様々な声が上がった。

「家に電化製品が少ない。最低限のものしかない」

「道に信号がない。子ども連れが多い」

コンゴの街角を360度映像で疑似体験する
コンゴの街角を360度映像で疑似体験する

他者の視点からみて共感する感性を育む

次に生徒たちはジョセフさんのインタビュー映像を視聴する。ジョセフさんが自分のことや母国の思い出を語るのを聞きながら、生徒はジョセフさんが内戦勃発する母国から逃れてきた医者であり、日本で難民に認定される日を心待ちにしながら暮らしていることがわかってくる。

この後授業では、生徒に「大切にしたいこと」シートが配られる。そこで生徒はジョセフさんが大切にしたいことは何なのかを考えシートに書き出す。

こうすることによって生徒は、他者の視点から物事を見て共感する感性を育んで、想像力をさらに働かせることができるのだ。

生徒に「大切にしたいこと」シートが配られる
生徒に「大切にしたいこと」シートが配られる

社会課題の当事者の立場を疑似体験する

このVRを使った授業を企画したのはNPO法人クロスフィールズだ。VRを授業に活用した狙いを代表理事の小沼大地さんはこう語る。

「SDGsなど社会課題をテーマにした授業が増えていますが、その多くは座学型で探究心や好奇心を持って学べる体験型の授業はまだ少ないのが現状です。コロナ禍で社会科見学などの機会も減っている中、VRを活用して社会課題の当事者の立場を疑似体験することには大きな意義と可能性を感じています」

VRを活用して社会課題の当事者の立場を疑似体験する
VRを活用して社会課題の当事者の立場を疑似体験する

またこのコンテンツ作りに協力した、難民支援を行うNPO法人「WELgee」の渡部清花代表は授業で難民問題を取り上げる意義をこう語る。

「日本の難民申請者たちの状態を悲惨な側面だけではなく、ひとりの人生の物語として知る。そうすると今後遠い国のニュースを見ても、より想像力が働くようになります。遠い世界のどこかで起きている出来事ではなく、私たちと繋がっていると感じるきっかけとして難民問題を授業で扱ってもらえたら嬉しいです」

WELgeeの渡部清花氏(右)とクロスフィールズの小沼大地氏(左)
WELgeeの渡部清花氏(右)とクロスフィールズの小沼大地氏(左)

「難民に様々な背景があることを知った」

授業を通して生徒たちは様々な思いを持ったようだ。

ある生徒は「難民と聞いて、以前は母国から逃れてきた人と大まかなイメージや偏見もありました。しかし今回授業を受けて、それぞれに様々な背景があることを知ることができて、普段関心を向けないトピックに少し興味がわきました」と語った。

またほかの生徒は「いかに今の自分の生活が恵まれているのか思い知らされました。ジョセフさんみたいな生活をしていたり、苦しんでいる人を助けられるような仕事がしたいです」と語った。

この授業は生徒に将来の自分を考える、まさにきっかけとなったようだ。

「難民に様々な背景があることを知って興味がわいた」
「難民に様々な背景があることを知って興味がわいた」

VRだからできる学びを追求する

こうした生徒たちの反応を見て、授業を行った大畑方人先生はVRを使った授業が生徒に大きな影響を与えると実感した。

「普段は関わりを持つことができないコンゴから来た人物に触れることは、生徒たちにとって刺激的で視野が広がる経験となりました。ジョセフさんの人生を追いかける中で生徒たちが自分自身と向き合い、今後何を大切にしながら人生を歩みたいかを考えるきっかけを与えることができました」

大畑方人先生はVRを使った授業が生徒に大きな影響を与えると実感
大畑方人先生はVRを使った授業が生徒に大きな影響を与えると実感

クロスフィールズの小沼さんはVR授業の今後の可能性についてこう語る。

「遠い世界の出来事を教室にいながらリアルに感じることができ、また他の生徒と繰り返し体験しながら感想を話すこともできます。実体験の劣化版ではなく、こうした『VRだからできること』を追求していくことで、教育現場でもさまざまな形で活用して頂けると考えています」

VRを使った疑似体験を通して生徒が社会課題を考える。コロナ禍はテクノロジーを活用した子どもたちの新たな学びも生み出している。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。