議員経験ゼロ、異色の36歳が党代表に

韓国最大野党「国民の力」新代表に36歳の李俊錫(イ・ジュンソク)氏が選出された。文在寅(ムン・ジェイン)大統領との年齢差は32歳。国会議員経験も、2022年の大統領選への出馬資格もない異色の新代表がめざすのは、ずばり政権交代だ。韓国の20代男性たちが李氏を熱狂的に支持する背景には、韓国社会に漂う閉塞感がある。

党旗を掲げる李新代表(「国民の力」HPより)
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反フェミニズムの20代男性が支持

党代表選を前に、まさかの大番狂わせが起きた。

「氷姫」の別名で知られる女性政治家の羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)氏(57)らベテランを抑えて、本命ではない李氏が予備選挙でトップに躍り出たのだ。しかも、2位の羅氏とは10ポイント以上も差がついていた。これで、流れが一気に変わり、本選でも李氏の勢いは止まらず、得票率43%で勝利した。

2位の羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)氏と握手する李氏(「国民の力」HPより)

李氏当選を後押ししたのは20代男性の支持だ。4月のソウル・釜山両市長選挙で「国民の力」候補が圧勝したのも、文政権と与党に対する「20代男性の反乱」が一因だった。

入試や兵役をめぐる不正に最も敏感な層で、2017年の大統領選では公正な社会の実現を約束した文在寅氏を支持した。しかし、文政権になってから与党幹部らの不動産不正取得やセクハラ問題が相次ぎ、失望が広がった。

20代男性の中には「女性は男性よりむしろ優遇されている」「徴兵制がない女性に比べ男性は不利だ」と考えている人も多い。韓国女性研究院が2019年に20代男女計1100人余りを対象に実施した調査によると、「自身はフェミニスト」と考える割合は女性が30%だったのに対し、男性は4%台と大きく差が開いた。また、「恋人がフェミニストとわかったら別れた方がいい」と考える男性は72%に上り、フェミニズムに対する拒否感が強いのがわかる。

文大統領は自ら「フェミニスト大統領」と称し、女性の社会進出を支援してきた。その一方で、20代男性は「無視されている」と感じ、「男女間の逆差別」と「公正」な機会が奪われている現状に不満を募らせてきた。

李氏は代表選のさなか、公正な競争を実現するとして、党における女性・地域・青年の割り当て制廃止を公約に掲げた。「公正に競争できる環境をつくりさえすれば、女性に不利にはならない」と強調し、20代男性の主張を代弁したのだ。

フェミニズムを支持する政治家は多いが、逆差別を訴える政治家はこれまでいなかった。本音ではあっても口にしにくいことを堂々と主張して支持を受ける姿は、アメリカのトランプ前大統領に通じるものがある。李氏の主張には女性蔑視を助長しかねない危うさもはらむ。それだけ韓国社会の閉塞感や競争にさらされる若者の疲弊が深刻になっていると言えるのかも知れない。

SNS駆使し保守のイメージ刷新

韓国の「保守」と言えば、これまで60代以上の高齢層が支持し、若い有権者は「進歩(革新)」政党を支持する傾向が強かった。だが、李氏はそんな保守のイメージを刷新した。

代表選では選挙運動の定番である陣営事務所、車両、携帯電話の文字メッセージを使わない「3無運動」を展開、SNSでの発信を駆使して支持を広げた。代表当選後もリュックを担ぎ、シェア自転車で国会に出勤する。ステレオタイプの政治家とはかけ離れた行動様式と率直な物言いは今や注目の的だ。

自転車通勤する李氏(SNSより)

1985年生まれといえば北朝鮮の金正恩総書記(1984年生まれ)、文大統領の長男(1982年生まれ)と同世代だ。長幼の序を重んじてきた韓国政界の常識も、様変わりを余儀なくされている。

サラリーマンの典型的な中産階級の家庭で育った李氏は、理系のエリート校・ソウル科学高校から米ハーバード大に進学し、コンピューター科学を専攻した。奨学金をもらい、夏休みにはコンピューター修理のバイトをして学生生活を送った。卒業後はIT系ベンチャーの起業の傍ら、教育支援団体で活動していたところ、朴槿恵(パク・クネ)前大統領に見いだされ、26歳で政界に足を踏み入れた。周囲の顔色を伺うことなく「言うべき事は言う」という、直球勝負の政治スタイルは当時から変わらない。

朴槿恵(パク・クネ)前大統領と(李氏のFBより)

朴槿恵キッズとして政界入りした李氏だが、朴氏の弾劾には賛成して離党した。知名度は高いものの選挙には弱く、2016年、18年、20年と国会議員選挙に3度落選。苦杯をなめ「当選ゼロの重鎮」と呼ばれた。鉄道と軍事オタクとしても知られ、一度のめり込むととことん没頭する性格だという。

政権交代を実現できるか?

リアルメーターの最新の世論調査(6月14日)では李氏の代表当選後、「国民の力」の支持率は39%で与党「共に民主党」を10ポイント近く上回った。入党者も急増し、5月12日から1ヶ月間で全国で約2万3千人が入党、去年の同時期に比べ10倍に増えたという(「国民の力」発表)。その大部分が20代から30代の若者で、李氏の当選が党勢拡大の追い風となっている。朴槿恵氏弾劾で壊滅的打撃を被った保守陣営だが、ダブル市長選の勝利と李氏効果で復活の兆しが見えてきた。

この勢いを2022年の大統領選挙まで維持し、政権交代につなげられるのかが、今後の焦点となる。李氏も代表当選直後から「大統領選勝利が至上課題」と言い切る。大統領選に立候補するには満40歳に達している必要があり、李氏本人は選挙に出られない。決め手となるのは保守から中道層を含め、幅広い支持を集められる候補を擁立できるか否かだ。

次期大統領選で支持率トップを走る尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検事総長を党に引き入れることができれば、保守陣営の勝利も視野に入ると見られている。だが尹氏は政界入りの時期や入党の意志を明らかにせず、「すべての可能性が開かれている」と述べるにとどまっている。そんな尹氏に対し、李氏は遠慮なく、「言うべきことは言う」構えを見せる。「大統領選は特定の人のためのものではない」「(国民の力から出馬するなら)8月までに入党すべきだ」と矢継ぎ早に牽制している。

来年の大統領選に向け、水面下では早くも主導権争いが始まっている。既存の政治家の枠にはまらない36歳の李氏。指導力は未知数だが、大統領選をめぐる攻防では目が離せない存在となっている。

【執筆:フジテレビ 解説副委員長(兼国際取材部) 鴨下ひろみ】
【表紙画像:「国民の力」HPより】