いざバチカンへ

38年ぶりに来日する第266代ローマ教皇フランシスコの同行取材に行くよう指示を受けたのは出発の40日前だった。かなり時間があるのでは?と思うかもしれないが、実際は書類申請、審査やビザの取得などに追われ余裕はなかった。

しかも今回は記者と2人。通常は記者、カメラマンとVE(ビデオエンジニア)の3人で取材する事が多く、業務を分担することが可能だが、バチカン側の要請であるため仕方ない。VEが同行しないということは、撮影から、撮影した映像素材の伝送、生中継に至るまで1人で行うことを意味する。カメラマンのみ取材が許されるケースや、映像素材を伝送するために記者と分かれて行動することも多々ある。

お恥ずかしい話だが、私は、アルゼンチン生まれのローマ教皇の母国語であるスペイン語はもちろん、イタリア語、英語も全く話すことは出来ない。いざとなったらこれまでの海外取材で培ったジェスチャーで乗り切ってみせる。「何とかなる。何とかする。」この仕事に携わって26年。過去の経験が役立つはずだ。

教皇の「来日に合わせた同行取材」と聞くと、日本の空港到着から取材を開始して滞在中のみ同行している印象を受けるかも知れない。実際は、警備上の理由などから、バチカン市国を出発してからバチカン市国に戻るまでの8日間の同行となる。原則、同行取材団から離れたり、後から合流したりすることは許されていない。担当となった佐藤メリサ記者と私は日本での同行取材をするために、“いざバチカンへ”と日本を発った。

バチカン市国 サン・ピエトロ大聖堂の広場

プレスパスの発給と事前説明を聞くためプレスオフィス(Holy See Press Office)へ向かった。バチカン市国の壁の中にあるかと思いきや、壁の外、サンピエトロ広場近くにオフィスはあった。同行取材の集合場所もローマ・フィウミチーノ空港。バチカン市国からの出発ではなかったため、教皇との初対面は持ち越しとなった。

大きくて温かかった教皇の手

特別チャーター機に搭乗、離陸して水平飛行に入ると、機体前方のカーテンが開き、突然教皇が姿を見せた。同行記者らとの挨拶が、最初に設定されていたことに驚いた。

コメントを取り損ねてはならないと、慌ててカメラをセット。気を緩める事が出来ない8日間になると覚悟を決めた。
挨拶が始まる。全世界で約13億人いるといわれるカトリック信徒の誰もが人生で一度は会いたいと願っている教皇が目の前にいる。同行記者1人1人に丁寧に笑みを交えながら挨拶をしている。

私の番が近づく。「握手もしたいが、映像を撮って多くの人に伝えたい。」と自分の中で葛藤が生まれる。
選択肢は4つ。
1:右手はカメラを持っているため左手で握手する。
2:握手をせず撮影に徹する。
3: 撮影をせず、握手する。
4:カメラを左手で支え、右手で握手する。

教皇の姿が近づく中、悩みに悩んで最終的に[4]を選択。本来なら撮影をせずに握手をするのが礼儀だろう。カメラマン根性が少しだけ礼儀に勝った。教皇は笑みを浮かべてゆっくりと右手を差し出した。それに応えるように左手で撮影しながらしっかりと右手で握手させて頂いた。教皇の手は大きくて温かかった。

撮影しなければ伝えられないのだ。
相手に畏敬の念を抱く時こそ、カメラマンの私は撮影する。

ローマ教皇が近づいてくる・・・握手もしたいが、撮影もしたい!さあどうする?カメラマン

白い帽子を探せ

今回のバチカン同行取材団VAMP(Vatican accredited media personnel)は、欧米と日本のメディアで構成され、教皇をより良く撮影できるポジションを事前に準備してもらえるなどの優遇を受けていた。しかし、教皇の行く先々には、ひと目その姿を見ようとする人々が集まり熱気に包まれる。当然の如く教皇が入場される時に姿が見えなくなることもしばしばだ。

ローマ教皇が行くところは人が集結 ローマ教皇を見失わないための秘策は?

でも、私には秘策があった。教皇が被る白い帽子(zucchettoズケット)を目印にさせて頂いた。白のズケットは教皇のみが用いるので、非常に分かりやすい。どんな撮影取材の場合も、対象者の特徴を見つけることが、とても重要だ。

白い帽子(ズケット)を被るのは教皇のみ 重要なのは撮影対象者の特徴を見つけること

信仰の垣根を越えた“平和への思い”

教皇来日のテーマは、
「すべてのいのちを守るため 〜 PROTECT ALL LIFE 〜」
信仰の垣根を越えて命の尊さ、平和への思いを語る教皇に共感した人も多いと思う。
同行取材を通じて、教皇の気さくな人柄を何度となく垣間見ることが出来た。
東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた青年との集いでは、「デブ」「気持ち悪い」といじめられた体験を語る青年に、「痩せてる方が不健康でかっこ悪いと言ってやりなさい」と語りかけた。これは、事前に用意された原稿にはなかった言葉だった。

また、日本からイタリアに戻る機内の会見でもこんなことがあった。
機内で行われる記者会見は、記者が座席につき、教皇が立つスタイルで行われるが、教皇が話を初めてからおよそ10分経ったタイミングで機内にシートベルト着用を促すアナウンスが流れた。

それを聞いて教皇は
「私たちを休ませようとしていますね」と、
自分の話が長いことを、茶目っ気たっぷりにジョークを交えて話した。
82歳とは思えない元気さで、結局1時間近い会見を終始立ったまま応じていた。パワフルで話好きの笑顔が素敵なおじいちゃんに見える。この気さくな人柄が多くの人から愛される理由なのだろう。

1時間近くも機内で立ったまま会見に応じたローマ教皇

郷に入っては郷に従え

VAMP取材は日本で行っている取材スタイルとは微妙に違う。機内ではカメラマンのみ座席が決まっており、記者は空いている席に自由に座る。

指定された座席に三脚を立て、その場から撮影する。移動撮影はできない。ミサ会場などでは、現地プレスは指定された場所以外から撮影はすることは出来なかったが、VAMPはかなりの自由が与えられ、ほぼどこでも撮影可能だった。音声機材やライトなどを共有して使うこともあった。時には日本ではあり得ない位置(ステージ上など)から撮影できる場合がある。ここでこそ「郷に入っては郷に従え」が非常に大事である。遠慮していると出遅れてしまう。時に他社とも協力しつつ取材を進めた。言葉の壁はもちろんあったが、使っている機材は似たようなものであり何とかなるのだ。

教皇と同行取材団を乗せた機体がローマ・フィウミチーノ空港に着陸後、機内で同行記者から拍手が起こった。何かと思えば、バチカン報道担当者への「ありがとう。お疲れ様」の思いを込めての拍手だった。機内で同行取材団は解散。機内で解散とは初めての経験。実は日本での同行取材は到着ロビーでの解散が多い。「機内解散」は、業界歴26年の私でも初めての経験で、驚いた。

多分人生で一度きりだろうと思われるローマ教皇同行取材は、こうして幕を閉じた。

撮影は遠慮しすぎず、協力もして、言葉の壁も乗り越えて・・・

撮影後記

今回、同行取材に使うカメラをENGカメラ(肩に担ぐ大きなカメラ)ではなく中型のカメラ(俗にいう業務用デジカム)にした。小型カメラは軽く1人で運用しやすいからだ。ところが、操作は易しいはずのデジカムで思わぬ壁にぶつかった。液晶画面がはっきり見えないのだ。理由はそう、私の老眼だ。老眼鏡をかけると遠くが見えなくなる為、微妙なバランスに苦労した。中型カメラではUPサイズを機材的に撮れない事が、もっともフラストレーションがたまった点だ。教皇の表情をもっと見たいという衝動に駆られた時にUPに寄れないのである。オフィシャル映像配信があると言ってもその場にいる以上、自分自身で撮りたいのである。
報道カメラマンは目の前にある事実を撮るのが使命である。

如何に効果的に事実を伝えるか、サイズは?撮影位置は?など悩みは尽きない。
しかも言葉の壁は大きい。壁は大きいが何とかするもの。今回も多くの人に助けて頂いたが、人に恵まれることも重要である。大事なのは取材目的を見失わないことだ。海外でも国内でも撮影に関して、大差はない。カメラマンは画面に映っているものだけを見ている訳ではない。被写体の周りの状況に目を配り、アンテナを張り臨機応変に対応できるよう備えているのである。

時にはいつもの日常をカメラマンの目線で見てはいかがだろうか?
きっと新たな発見があることだろう。

【執筆:フジテレビ 取材撮影部 原健悟】