「世界に負けない教育」というタイトルに込められた願いが、見事に打ち砕かれた年だった。

来年度は大学入試改革元年として、「大学入学共通テスト」の英語で民間試験が導入され、国語と数学では記述式問題を導入する予定であった。しかし「身の丈」発言をきっかけに、大学入試改革の二つの柱に野党やメディアから大批判が巻き起こり、世論も反対一色になると結局文科省は見送りを決めた。そしていま、野党もメディアも何事もなかったかのようにこの騒動を忘れ、受験生や教育現場だけが対応に追われている。

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大学入試改革はなぜ必要だったのか

そもそも大学入試改革に向けた動きは、いまから7年以上前の2012年、民主党政権時代に始まった。当時の民主党・平野文部科学大臣が中央教育審議会(中教審)に大学入試改革について諮問したのが始まりだ。

その後自民党に政権交代しても大学入試改革の流れは継続し、官邸主導の「教育再生実行会議」が立ち上がった。そして2013年10月、教育再生実行会議が大学入試のあり方についての「第四次提言」を行い、大学入試改革に向けた動きが本格的にスタートしたのだ。

「第四次提言」では、人材の育成のために重要な高校・大学教育に、大学入試が大きな影響を及ぼしていると指摘している。そして大学入試の問題点として、一般試験が1点刻みの知識偏重に陥っていること、さらに推薦・AO入試も本来の趣旨と異なり事実上学力不問の選抜になっていることを挙げ、改革の必要性を唱えた。

こうした大学入試を変えるべく来年度から導入される予定だったのが、今回延期となった二つの柱、英語の民間試験と国語・数学の記述式問題の導入だったのだ。

「公平公正」と「制度設計」批判

英語の民間試験導入の経緯については、筆者の過去の記事を参照して頂きたいが、これまでの2技能(読む、聞く)重視の「受験英語」から、4技能(読む、聞く、話す、書く)評価に変えるため導入されたのが民間試験だった。

国語と数学の記述式問題については、与えられた選択肢の中から正解を選ぶマークシート方式では、AI時代を生き抜くために必要な思考力や判断力、表現力を伸ばすことができないと導入に踏み切った

導入に対する批判や反対の根拠は、大きく二つに分けられる。

一つが「地方の生徒が不利になる」「受験料が高く経済格差を助長する」といった「公平公正」を重んじる批判や反対論。これは公立高校の声を代表する全国高等学校長協会(全高長)が反対した理由であり、これに野党やマスコミが続いたかたちだ。

もう一つが、「記述式では自己採点ができない」「バイトが採点するとミスが起こる」といった「制度設計の不備」を指摘する批判。これは一部受験生の声を代弁するかたちでマスコミが喧伝した。

「反対のための反対」はなぜ行われるのか

「地域格差」については、各都道府県が公立高校を受験会場として提供すればほぼ解消できたはずだ。しかし実際に協力を申し出たのは11県のみだった。

「経済格差」は自治体レベルで受験料の一部負担も検討されたが、時すでに遅しとなった。そもそも大学受験の費用は約50万円といわれ、すでに経済的に困窮している家庭が払える額ではない。「経済格差」を批判するならこちらのほうがよほど重大だ。しかしこうした問題には、批判した野党やマスコミは見て見ぬふりだ。

「採点ミス」の可能性を指摘する声もあった。制度では採点者が3人いて、採点に不一致があればさらに3段階で採点することになっていた。「バイト」についても、採点者の一部にバイトがいるのであり、そもそも民間の模試会社ではこれまでもバイトも雇って採点をしてきた。民間の模擬試験でバイトが採点を行ったことによる問題があったのだろうか。

「自己採点との隔たり」が問題であるならば、文科省は記述式部分の採点結果を、速やかに受験生に通知してはどうか?

そもそも自己採点は、読解力が無ければ正しくできない。
今月3日、教育関係者を驚愕させた「PISAショック」を覚えている人も多いと思う。OECDが発表したPISA(=国際学習到達度調査※)の結果によれば、2018年の日本の読解力ランキングは15位となり、前回15年の8位から急落した。ちなみに前々回の12年は4位だ。今回自己採点と採点結果の隔たりが大きくなったのは、果たして制度設計だけが原因だろうか?
(※)世界79カ国・地域の15歳約60万人の生徒を対象

なぜ大学入試改革には、ここまでに「反対のための反対」が行われるのか?

世界がグローバル化し、AIが人々の職業を奪っていく社会が到来しているのにも関わらず、新しい教育についていけない大人たちが、これまでの教育を変えようとせず、未来を生き抜くための武器を子どもたちから奪っているのだ。

「中2の壁」「高2の壁」を突破する

教育現場には、「中2の壁」、「高2の壁」がある。どんなに革新的な教育をやっている学校でも、中2、高2になると保護者からは「そろそろ受験に備えてほしい」との声が上がって、学校はこの授業をやめざるを得なくなるという。

現状の日本の教育は大学入試を頂点としたピラミッドで、大学入試を変えない限り、日本の教育は変わらない。大学入試改革はここで終わらせてはいけない。国がやる気がないのであれば、民間が変わるしかない。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。