町を二分する議論の末に2年前解体された岩手・大槌町の旧役場庁舎。
東日本大震災の津波の脅威を物語る建物が無くなった中でも、記憶や教訓を未来に伝えるための取り組みが広がっている。

解体された「旧役場庁舎」

東日本大震災から10年を迎えた大槌町の旧役場庁舎跡地。
家族とともに手を合わせる男性の姿があった。釜石市に住む小笠原人志さん、68歳。
当時、役場職員だった長女・裕香さん(当時26)が津波の犠牲になった。

この記事の画像(16枚)

小笠原人志さん:
(旧役場庁舎は)娘が生きた証だったなと思うので、それは変わらない

あの日、地震後に災害対策本部が設置され、当時の町長と職員28人が津波の犠牲となった旧役場庁舎。
その解体と保存をめぐっては、町を二分する議論が長く続いた。

解体望んだ住民:
町長はじめ40人の職員が亡くなった場所を見せものにしたくない。観光地にしたくない

保存望んだ住民:
過去にも津波のたびに人が死んでいるのに、なぜ同じことが繰り返されるのか。命を守るためには遺構は絶対必要だと思う

大槌町・平野公三 町長:
しっかりこれは壊していく。残さない

「解体」を公約に2015年に初当選した平野公三町長は、「見るとつらくなる人がいる」とし、一貫してその方針を崩さず、2018年、町議会で賛成多数で解体が決まると、2019年にはその姿はなくなった。

小笠原人志さん:
震災を次の世代にどう伝えていくかという時に、大事なものを失ったというのが凄く大きい

解体には慎重な立場だった小笠原さん。
建物が壊されてからは「もう行くことはない」と考えていたが、2019年秋、ほかの遺族と跡地の掃除に訪れた際、考えが変わったという。

小笠原人志さん:
(裕香さんが)より身近にいる気持ちになれる。娘に会えてほっとする気持ちになる。月命日には必ず来るようになった

小笠原さんは、この場所に、津波の高さがわかるモニュメントや慰霊碑を設置してほしいと町に要望していた。
跡地をどうしていくのか、平野町長は震災から10年の追悼式でこう述べた。

大槌町・平野公三 町長:
町内外に伝えるために津波の高さやおそろしさをイメージでき、視覚的に伝えられるものを設けるなど、積極的に震災伝承の場として活用してくことを約束します

また町として語り部ガイドの育成に取り組むなど「震災伝承プラットフォーム」という事業を4月から始める方針。

「あなたならどうする」考えることが大切

NPO法人「おらが大槌夢広場」の一員として町内で語り部ガイドを務める、神谷未生さん、45歳。
神谷さんは震災直後、NGOの支援で訪れたのが縁で、愛知県から移住した。
子育てをしながら、8年ほどガイドを勤める中、いま懸念しているのは「小さな子どもたちへの伝承」。

語り部ガイド・神谷未生さん:
5歳の息子は何回か連れてきていたので、3歳の時に(旧役場庁舎が)無くなったが記憶はある。「津波は怖いね」というイメージは持っている。言葉がまだ尽くせない世代の子どもに、津波の怖さをどう伝えたらいいのかなと思っている

その一方、旧役場庁舎がなくなっても、ガイドの内容に大きな変化はないという。
あの日、職員たちは津波が迫っていることを知りながら、役場としての対応に当たる中で避難が遅れた。
神谷さんは押し寄せた津波のおそろしさよりも「どうして避難できなかったか」を考えてもらうことに重点を置いている。

語り部ガイド・神谷未生さん:
「逃げるということが、たった一人でもできますか?」ということを考える場にしていかないと、「こういうことがありました」「何人が亡くなりました」というだけの伝え方をしていても、伝承にならない

訪れた人に、「あなたならどうする」と問いかけ、頭の中に「あの日の役場庁舎」を思い描いてもらう。そんな試みが続いている。

住民の記憶を伝承できるように…

そして大槌では住民の証言から、あの日の出来事を記録に残す取り組みも行われている。
岩手大学の麦倉哲教授(65)は、2016年から震災伝承を目的に遺族への聞き取り活動を続けてきた。

この日、訪ねたのは竹澤得彦さん(87)・ヒメさん(84)の夫婦。
竹澤さん夫婦は、知的障害があった長男・康彦さん(当時49)を津波で亡くした。

竹澤ヒメさん:
「今日、何していたのかな」「康彦はどうなったのかな」と必ず言う。だけど、どうしようもない。生きていたらどうなっていたのか、1日も言わない日はない

麦倉教授は3月、聞き取りをまとめた冊子を完成させた。

「安全でなかったというより、まさかここまで来るとは思わなかった」
「地震とかにあったら、安全なところに逃げなければだめなんだと思う、仕事とか関係なくね」
「それも大事だけど、亡くなってしまったら、話相手もないし、話せないし、会えないし」

岩手大学・麦倉哲 教授:
災害で亡くなった死は他人ごとではなくて「公共の死」と言っているが、みんなが関心を持つ死、家族や身内だけではなく考えていこう、忘れないでいきましょう

旧役場庁舎の解体から2年。
跡地は今も手つかずのままだが、犠牲を繰り返さぬため、記憶や教訓をつなぐ取り組みは広がり続けている。

(岩手めんこいテレビ)