未曾有の被害を出した東日本大震災、そして福島第1原発の事故から丸10年が過ぎた。東北全体の復興が進む中、福島県の東部ではいまだ帰還困難区域を解除する目処が立たず、原発の事故処理も大幅に遅れている。

放送3000回という節目を迎えた今回は、当時の菅直人元首相、全村避難を余儀なくされた前福島県飯舘村長の菅野典雄氏、福島原発事故10年検証委員会の座長として最終報告書を取りまとめた鈴木一人氏を迎え、当時の危機管理を再検証した上で日本の政治や社会が学ぶべき教訓を議論した。

原発事故を食い止める何度もの機会を逸した

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長野美郷キャスター:
福島第1原発事故の発生から最初の7日間に何が起きたのか。3月11日に津波で福島第1原発の電源が喪失。翌12日早朝、菅直人首相が自衛隊のヘリで福島第1原発を視察。午後、格納容器の減圧に成功したものの水素爆発が発生し建屋が破損。14日には菅首相が東電本店へ直接出向き政府と東電の統合対策本部設置が決定。
鈴木さん、改めて当時の政府や省庁の初動をどうご覧になりますか。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
まず準備がなかったことが一番の問題。事故の展開を止められるチャンスがいろんなところにありながら、そのために必要なモノや措置がなかった。もうひとつは情報の伝達。何が起きているのかが官邸に届かず適切な指示ができなかった。これを解決したのが15日の統合対策本部の設置だが、こうした超法規的措置を取らざるを得なかった。

反町理キャスター:
時系列上ではどこに止めるチャンスがあり、なぜ逃したのか。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
最初の電源喪失が最大の痛手。電源が地下になければ水没せず、この危機は回避できた。ベントを行う判断も遅かった。そして12日の朝に菅総理が現場に行ったこと。現場が対応に時間を取られた。

反町理キャスター:
ご指摘は最初の11日〜13日の話。一方、英断とされる統合対策本部の設置は15日。短期間に政府の学習効果が見られたと言ってよいか。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
はい。15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断。問題解決に向かって進めるようになった。

長野美郷キャスター:
菅野さんは、当時の政府や省庁の初動についてどう振り返られますか。

菅野典雄 前福島県飯館村長

菅野典雄 前福島県飯館村長:
ほとんど情報が入ってこなかった。入ってくるのはマスコミを通じてのみ。住民から説明を求められても答えようがなかった。マイクロシーベルト、ベクレルといった単位がどういうものなのか、当時はわからない。「正しく怖がる」ということができない。

文科省”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず

長野美郷キャスター:
SPEEDIは、放射性物質の拡散範囲を推定しどの地域の住民に避難が必要かという指標となるはずのもの。後に実際に計測された値と比べると、被害範囲や方向などはほぼ正確に計算されていた。

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:
私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった。

反町理キャスター:
SPEEDIの情報提供の点でどういう問題があったか。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
文科省が間違っているかもしれない試算値は出さないという判断をした結果、首相にも飯館村にも情報が行かなかった。最終的な数字が地図の形で出てきたのが4月になってから。

菅野典雄 前福島県飯館村長:
発表になるまではSPEEDIのデータは全く知りませんでした。ただ、遅れたことでこの避難の準備時間ができたということもあった。首相官邸から岐阜や長野など提示された避難先をお断りし、村民の暮らしのため、村から車で1時間以内のところに避難先を独自に探した。

反町理キャスター:
不幸中の幸いというにはあまりにもひどい話と見えるが……。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
日本の危機管理の大きな特徴は現場がすごく頑張ること。国レベルできちんと機能しなくても村レベルできちんと機能する。

菅直人元首相「福島視察は東電本店から情報が来なかったため」

反町理キャスター(左)、菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問

反町理キャスター:
準備不足、想定の甘さの話はいつも語られるが、では時の政権には何ができたのか、何をしなかったかという検証をしたい。

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:
準備については、ハード面ではなくソフト面も悪かった。原子力の安全規制を行っていたのは原子力安全・保安院。原発を推進する経済産業省の外局、資源エネルギー庁の中にある機関。そのトップを原発の専門家でない人が務めていた。そうした準備の不足を事故後初日から感じた。

反町理キャスター:
それが翌日の福島視察につながっている? 電話で済ませられなかった?

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:
東電本店から情報が来なかったため。東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた。電源がなく人力で行わねばならず、決死隊を作ってでもやるという吉田所長の説明により理解できたし、その後の統合対策本部設置につながった点もよかった

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
東電に乗り込み統合対策本部を作った15日の判断は、言い方は変だが結果オーライと言わざるを得ない。

政府は非常事態に死を覚悟すべき命令をできるのか

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問

長野美郷キャスター:
吉田所長からの「決死隊を作ってでも」という話もあった。深刻な非常事態に際して死を覚悟しなければならない命令を下すことについて、政府はどのような形で責任を取るべきとお考えですか。

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:
非常に難しい問題。自衛隊や消防や警察はある程度のリスクを前提とするが、命を落とすことがほぼ確実な状況での命令というものはない。
ただ当時、15日に東電本店に行って話したときに私が考えたのは、もし東電が全部撤退したら、4つの原発が全部メルトダウンして日本の少なくとも半分は人が住めない状況になる。そうならないために、危険なことはわかっているが何とかギリギリ頑張ってもらいたいという要請。命令はできませんが。

反町理キャスター:
「つぶれるぞ」って言いました?

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:
東電がつぶれるぞとはもちろん言ったが、それどころではなく日本が国家としてダメになるぞと。

反町理キャスター:
そうすると是非論は別として、要請よりは強いですよね。

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:
総理大臣は、もちろん一人ひとりの方のことも考えなければならないが、日本という国が成り立つかどうかを考えなければ。

反町理キャスター:
この場合における時の総理の一私企業への「要請」。鈴木さんはどうご覧になりますか。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
原発の事故に関しては一義的には電力会社、事業者の責任。ただ手に負えない状況になった場合のことは当時も準備ができていなかったし、10年経った現在もそれを議論する場がない。最終的に自衛隊が国家維持のため国民の負託に応えるという政治判断もあり得る。ならばその準備も必要。
危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要。

原発事故の教訓はコロナ対策に生かされず

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授

長野美郷キャスター:
現在のコロナ禍で、政治は原発事故から学んだ教訓を生かせているとご覧になりますか。

鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:
なかなか生かせていない。PCR検査が、保健所の数が足りないといった準備不足が共通している。原発事故でいう原子力安全・保安院のような、本来動かなければならない内閣官房の新型インフルエンザ等対策室(当時)も最初のうち動かなかった。平時の仕組みがそのまま非常時にスライドすることでうまくいかなくなる
ただコロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは。

反町理キャスター:
原発事故の後、菅首相から野田首相になったが、以来民主党・立憲民主党は政権から離れっぱなし。原発事故以降、民主党政権に対する信頼は非常に大きくダウンしたことは支持率にも表れていたが。

菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:
今の立憲民主党の枝野代表は、原発事故でナンバー2だった当時の官房長官。ナンバー3の官房副長官だったのは福山幹事長。経験がある。現在の菅首相からは、最悪の事態を想定してその対応をする話が全く聞こえない。次の選挙で枝野政権が選ばれうると思っています。

BSフジLIVE「プライムニュース」3月11日放送