ユニクロも星野リゾートも、もとは家業のアトツギだった。いま若きアトツギは中小企業の星であり、これからの日本経済を支える主役である。

都内で2月19日、全国から選ばれたアトツギたちが新規事業プランを競い合うイベント「アトツギ甲子園」が行われた。“優勝”を夢見て各地域ブロックを勝ち抜き、甲子園の“グラウンド”に立ったアトツギ2人に密着した。

父親の買収先に出向した異色アトツギ

「新規事業をやりたいなと思っているんですけど、まだ社内の説得とかできて無くて。だからけっこう時間はかかるかもしれないなと思っています」

東北ブロックを勝ち抜きファイナリストとなった仙台在住の佐藤杏菜さん(26)。東北大学を卒業してまだ3年目の佐藤さんは、父親が経営する会社が買収したトラックボデー製造会社「サニックス仙台」に、父親の会社から出向というかたちで勤務している。

東北ブロックを勝ち抜いたサニックス仙台の佐藤杏菜さん
東北ブロックを勝ち抜いたサニックス仙台の佐藤杏菜さん
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甲子園を10日後に控えたその日、その意気込みをオンラインで取材していると、佐藤さんは突然涙ぐみ声を詰まらせた。

「甲子園にエントリーしている方々は家業に対する想いや覚悟がすごくて、私は自分の中に葛藤があってあの場に一緒に立っていいのかなと。純粋な家業では無いんですけど、一人一人が輝ける、特に若い人が未来を考えて働ける会社になればと思っていて、いろいろ考えて行動しようと思っています」

トラックボデー製造会社でDIYスクール

トラックボデーの製造を行うサニックス仙台は、どちらかといえば職人気質の従業員が多く、大学で哲学を学んでいた佐藤さんは異色の存在だ。そんな佐藤さんが甲子園でピッチする新規事業プランとは何か?

「金属加工のDIYスクールをやりたいんです。キャンプグッズや庭で使えるストーブ、BBQグッズを自分で作れるようなスクールを。トラックの加工製造は端材(金属の切れ端)が出るのですが、ほとんど捨てているのでもったいないなあと思っていました。ある日工場を見ていると職人さんが端材を使って手作りしているベンチや道具が至る所にあるのに気づいたんです。そこで端材を再利用したDIYスクールを思いついたんですね」 

サニックス仙台はトラックボデーの製造を行う
サニックス仙台はトラックボデーの製造を行う

佐藤さんがアトツギ甲子園の存在を知ったきっかけは、オンラインコミュニティだった。

「それまで悩みを相談できる人が周りにいなかったのですが、オンラインのアトツギコミュニティを見つけて飛び込むと、同世代でアトツギという同じ境遇の人が頑張っているのを知って。それで甲子園を目指してみようと思いました。この事業について父と経営陣には話しましたが、まだ社内では言いづらい状態です。でも発信すれば興味を持ってくれる若手もいると思うので、とにかく自分の気持ちを固めてやってみます」

昼は家業で夜は自社ブランド製品を開発

東京都東久留米市郊外の住宅地で約50年続く木工所の細田木工所。

その3代目のアトツギが細田真之介さん(30)だ。細田木工所は大手住宅メーカーの下請けとして、オーダー家具を製作していた。

「高校の頃父にシステムベッドをつくってもらって、暮らしが一気に変わったのを見て面白そうだな」と家業を継いだ細田さんだが、あることから自社ブランド「Sense Of Fun」を立ち上げ、異業種の仲間たちと製品の企画開発にかじを切った。

細田木工所3代目の細田真之介さんと夫人
細田木工所3代目の細田真之介さんと夫人

「それまでは下請けとして30年以上やっていましたが、1社に依存していたので発注がこないと先行きが不安になる。それでも仕事が回っていたんですが、父と先方の担当者のそりが合わなくなってこのままではまずいのではないかと思い始めました。だから昼は家業をやって、夜は自社製品の開発など新規事業に取り組んでいました。しかし父にとっては仕事をさぼっていると見えたようでしたね」

「アトツギは自分の運命。新時代に繋げる」

こうして開発したのが「タナプラス」という壁に取り付けると机や本棚になる持ち運び型の家具だったが、その後細田さんは父親と方向性のすり合わせが難しいと判断して、いったん外の設計事務所に就職した。しかしコロナ禍となり「テレワークの環境づくりに困っている人たちの問題を解決するべきじゃないか」と、賃貸住宅対応のタナプラスを販売開始した。

「最初は流通が止まって大変だったんですけど、やはり在宅が増えて家で快適に過ごしたいという人たちから問い合わせが増えましたね」

タナプラスは壁に取り付けると机や本棚になる持ち運び型の家具
タナプラスは壁に取り付けると机や本棚になる持ち運び型の家具

10日後に甲子園を控えた取材の日、筆者は細田さんにアトツギへの想いを聞いた。

「父親と一緒にやっていると仕事以前の問題でトラブルがある(笑)。ただアトツギは誰でもなれるわけではなく自分の運命なので、これまでのリソースを活かしながら新しい時代に繋げていきたいなと思っています」

本番はトップバッターで緊張マックス

そして甲子園当日。

細田さんのピッチタイトルは「町工場発の家具D2Cブランド『Sence Of Fun』自社製品の開発と販売」。細田さんは幸か不幸か出場者15人のトップバッターとなった。

これまで何度も練習を繰り返してきたという細田さんだったが、はたで見ていても緊張しているのがわかる。緊張のせいか本番のピッチも早口で一部聞き取りづらい。

アトツギ甲子園本番で細田さんはトップバッターに
アトツギ甲子園本番で細田さんはトップバッターに

そして質疑応答を含む10分のピッチが終わった。ステージから戻ってきた細田さんは納得のいかない表情を浮かべながらこう語った。

「すごい緊張して‥ただ熱意だけは伝えようと思ってやりました。でもすごくいい緊張感で楽しかったですね」

「キャンプ、私全くの未経験でして」

佐藤さんのピッチタイトルは「トラックボデー製造工場発!創りたい!をサポートするものづくりスクール」。

佐藤さんはこの日仙台から上京できず、オンラインでの参加となった。しかし10日前に取材したときの自信のないそぶりは微塵も見せず、声の張りもよく堂々とピッチを展開した。

佐藤さんはオンライン参加で堂々ピッチを展開
佐藤さんはオンライン参加で堂々ピッチを展開

質疑応答でキャンプ業界の大御所の審査員に「キャンプはやられるんですか」と聞かれて、「私、全くの未経験でして、これからキャンプのことを勉強して頑張りたいと思います」と答えたときには、思わず筆者は「経験して無いんかい!」と突っ込みを入れたくなったがこれもご愛敬だ。

「新製品を引っさげて展示会出展します」

結果は細田さんが3位となり、佐藤さんは入賞圏外だった。

この結果に細田さんは「本気で1位を狙っていたのですごく悔しかったです。ですがピッチに参加しようと決めてから、たくさんの自問自答を繰り返し、事業の方向性が定まりました。挑戦してよかったです」と語る。

3位になった細田さん「本気で1位を狙っていたのですごく悔しい」
3位になった細田さん「本気で1位を狙っていたのですごく悔しい」

いま細田さんは、ピッチを見ていたアトツギの仲間から協業の提案を受け、ビジネスが進んでいるという。また新たな製品開発も進み「新製品を引っさげて今年の展示会へ出展する予定」だそうだ。「今後はアトツギベンチャーとして、法人化へ向けて前向きに準備を進めていきます」

「自分は伸びしろだらけだな!と思った」

一方入賞圏外だった佐藤さんは「ずっと葛藤していましたが、やり切って殻を破ることができました。結果は悔しかったけれど、他の方のピッチを見て『自分は伸びしろだらけだな!』と思いました」と語った。

佐藤さんはピッチ後の質疑応答で、審査員から「本業にどんなフィードバックがあるのか」、「新規事業に拘らず本業の売り先を変えるのもイノベーション」と指摘を受けた。

そこで佐藤さんは「本業に対する洞察も深めていく必要がある」と気づいたという。

「どんな状況でも明るい未来の実現ストーリーを語ろうという気持ちになりました。4月に新入社員が入社するので、いまワクワクしてもらえるような動画教材を作っています」

挑戦するアトツギが日本経済を支える

「ファイナリストの誰もが、会社だけではなく地域からの期待も背負っていましたね。アトツギたちが描く未来は、地域の未来だと感じました」

こう語るのは当日アトツギ甲子園をサポートしていた一般社団法人ベンチャー型事業承継の代表理事・山野千枝さんだ。

若手アトツギのチャレンジを支援するベンチャー型事業承継の山野千枝代表理事
若手アトツギのチャレンジを支援するベンチャー型事業承継の山野千枝代表理事

山野さんは中小企業を支援する機関で働いた経験から、子が親に強いられるというイメージが強かった事業承継をポジティブなものに変えたいと考え、若手アトツギの支援に取り組んできた。(関連記事:美術品修復技術で抗菌コーティング コロナをチャンスに事業拡大するアトツギ経営者たち

「日本には300万以上の事業所がありますが、ほとんどが中小企業です。アトツギたちが新しいことに挑戦する流れができると、日本経済にとって大きなインパクトになります。このようなチャレンジの機会を、官民をあげてもっとつくるべきですね」(山野さん)

世界には挑戦した者しか見ることのできない風景がある。

家業の枠を超えて世界に羽ばたくアトツギたちが、これからの日本を元気にしていくのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。