コロナショックは中小企業の経営を直撃し、年間4万件以上あった休廃業や解散は、2020年には5万件になるとの推計もある。一方で経営者の中には、若い承継予定者(以下、アトツギ)に経営を譲る動きも起きている。

日本の全企業の99%以上を占め、7割の雇用を支える中小企業は、withコロナをどう生き残るのか。

コロナ禍で事業承継は間違いなく加速する

日本の中小企業は現在、約358万社(中小企業白書より)。1999年には約500万社近くあったのが、この20年足らずで3割近く減少している。この理由として挙げられるのが、経営者の高齢化だ。

「新型コロナで間違いなく事業承継は加速すると見ています」

こう語るのは、同族企業のアトツギを支援する一般社団法人「ベンチャー型事業承継」の代表理事・山野千枝氏だ。

「あまりにも社会が激変して、今までの業界の常識や当たり前や前提が根底から覆されて、いま60歳以上の現役の社長にとっては、信じていたことが軒並み覆されたような状況になっています。ある意味自信を失っているので、アトツギがいるところは若い世代に任せていく流れになっていくでしょうね」

ベンチャー型事業承継の山野千枝代表理事
ベンチャー型事業承継の山野千枝代表理事
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コロナはパラダイムシフトが起こるチャンスだ

ベンチャー型事業承継では、34歳未満のアトツギたちが新規事業開発を目的に集うサロンをオンラインで提供している。サロンの参加メンバーは250人。ベンチャー型事業承継の発祥は大阪にあり、メンバーの半分は関西、3割が関東で、残り2割は北海道から沖縄まで全国に広がっている。すでに事業を継いだのはそのうち5%程度で、ほとんどが経営者予備軍だ。アトツギたちは、「社長就任前に10年後の飯の種を蒔く」(山野氏)ために集まっている。

山野氏は「アトツギの多くが、新型コロナを相当な危機感と同時にパラダイムシフトが起こるチャンスだと捉えている」と言う。

「withコロナの目の前の課題、たとえばマスクや防護服を、今ある資源でやろうとするケースと、アフターコロナを見据えて、自分の業界がこう変わっていくだろうと準備するケースがあって、オンライン上で様々なミーティングが増えています」

ベンチャー型事業承継がメンバーにアンケート調査をしたところ、現在、新たに取り組んでいるものがあるとの回答が7割を超え、中でも6割近くが新規事業に着手していた。

「コロナは危機でチャンス」とアトツギがオンラインミーティングを増やしている
「コロナは危機でチャンス」とアトツギがオンラインミーティングを増やしている

寝具メーカーがマスク手作りキットを販売

大阪にある寝具メーカーの北沢株式会社では、マスク不足が深刻だった3月上旬にマスクを手作りできるキットの販売を始めた。4代目承継予定の北澤健志氏は31歳だ。

「年明けから炭の生地で寝具を作ろうと試行錯誤していましたが、新型コロナによるマスクの必要性が高まっており、この状況の打開に少しでも貢献することが先決と考えて、販売に踏み切りました」

北沢ではその後、利用者から「家にミシンがなくて縫えない」などの声を受け、マスクの販売も行っている。

北沢株式会社のアトツギ・北澤健志氏
北沢株式会社のアトツギ・北澤健志氏

また、創業100年近く美術品の修復などを本業とする株式会社清華堂では、コーティング樹脂を吹きかける技術を転用し、大型バスに抗菌・抗ウイルスのコーティング加工を行っている。

普段はお寺に収蔵している美術品などの修復やメンテナンスを請け負っているのだが、これまで培ってきた換気や防カビ・防菌の技術やノウハウを活用して、withコロナの新規事業に乗り出したのだ。

株式会社清華堂のアトツギ・岡本諭志氏
株式会社清華堂のアトツギ・岡本諭志氏

「看板が売れなくなる」と感染対策物資の販売へ

大阪で立て看板などの製造販売を行う常磐精工株式会社。アトツギの喜井翔太郎氏は、新型コロナの話が出始めたとき、「飲食店や商店などが閉店を余儀なくされ、看板が売れなくなる」と気付き、飛沫防止用のパーテーションの販売に着手した。withコロナにおいてパーテーションはニーズが高まっており、まさに喜井氏の見通しが当たったかたちだ。

立て看板を扱う常磐精工のアトツギ・喜井翔太郎氏
立て看板を扱う常磐精工のアトツギ・喜井翔太郎氏

いずれの企業もアトツギたちが、目の前にある課題の解決のために、今ある資源をフル活用してあっという間に商品化した。ベンチャー型事業承継の山野千枝氏は言う。

「今回アトツギたちが新規事業を始めたのは、縫子さんがいてミシンがあるから、マスクや防護服を作ったという分かりやすい話だけではありません。業態を超えて新しいビジネスを作ろうというアトツギがたくさんいたのです。大手企業がマスクすら作れなかった中で、小さい会社のアトツギたちが、自分たちでやれることからどんどんやっていった。彼らの若さゆえの行動力、突破力と、そもそもあった経営資源が原動力になったのですね」

“ジャマおじ・ジャマおば” は応援に回るべき

新型コロナウイルスは、地方回帰の流れという思わぬ効果も地方の中小企業にもたらしている。

「地方にいながらテレワークをする人が増えているので、地方回帰の流れが生まれてきています。そうすると若い人たちがどんどん地方に戻ってくる。地方のアトツギは『チャンス到来だ』と張り切っています」(山野氏)

休業要請や外出自粛が解除されたとはいえ、中小企業が厳しい環境下にあるのは変わりない。しかし、新しい価値観で世の中が動き出している。だからこそ、世代交代が必要だと山野氏は言う。

「今後30年のことを考えて事業を創るのは今の社長ではなくて、次の世代に任せざるを得ないと思いますし、そう感じ始めている社長も多いです。こうなると今の社長世代はもうついていけなくなるので、次の世代を応援する側に回っていくべきだと思いますね」

「We must change to remain the same.(変わらずに生き残るためには、変わらなければならない)」(映画『山猫』より)。若手のイノベーションを邪魔する“ジャマおじ・ジャマおば”は、引退するか応援するかだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。