先月の前東京オリパラ組織委員会会長・森喜朗氏の女性蔑視発言で注目された「アンコンシャスバイアス(=無意識の偏見)」。森氏の「女性は競争意識が強い」「話が長い」といった発言は、アンコンシャスバイアスそのものだった。
だが私たちの日常には、「男の子は男らしく」「女の子はおしとやかに」といったジェンダーへのアンコンシャスバイアスが常にある。それに気づき、解決しようという高校・大学生の取り組みを取材した。
絵本を通してジェンダーレスを考える
この記事の画像(9枚)東京都内にある品川女子学院高等部の2年生たちがつくった「絵本を通してジェンダーレスを考える」プロジェクト。2020年4月に学校の課題解決型学習でチームのテーマを考えていた時、1人の言葉にみんなが共感したのがこのプロジェクトを始めたきっかけだった。
「テレビを観ていたら保育園のエピソードで女の子と男の子の遊びを分けていて、男の子が女の子の遊びをしようとしたら違うよと言われていた」(川音舞羽さん)
これを聞いてチームは「社会にはびこっている男女の“らしさ”が縛りになって、自分らしさ、個人らしさを認めないんじゃないかと調べることにした」(永井文佳さん)という。
チームでは幼児期に男女らしさの概念が形成されると仮説を立て、「幼児に男女らしさを根付かせるのは絵本だから、絵本を変えないとね」(上田瑶桜さん)となった。
「どんないろがすき?」「どんなふくがすき?」
そしてチームが作成した絵本のタイトルは「すき!」。
子どもが自由に塗り絵をする形式で、「どんないろがすき?」というページでは好きな色を塗ってみたり、「どんなかみがたがすき?」では人物の顔に好きな髪形を描くことができる。また「どんなふくがすき?」というページもある。
塗り絵が終わると次のページには「となりのひととおなじだった?」という問いがあり、子どもたちは自分とほかの子どもの違いを認めることで自分らしさに気づく。
最後には「どんなかんがえもすてきだなぁ」と、自分らしさ、個人らしさを認める言葉で絵本は締めくくられている。
このチームでは2020年11月に保育園に依頼して、実際に幼児に絵本をつかってもらった。
「絵を描くのにためらう子どもや自信のない子どもがいた」(浦島ちはるさん)ものの、終わった後は「子どもたちが自分に自信が持てるようになった」「もう“女の子だから”“男の子だから”とはやらないよという子がいた」という。また保育士からも「子どもの個性がよくわかった」「おむかえにきた保護者から好評だった」という声があった。
絵本の英語版もつくって世界に行動する
このプロジェクトを通じて彼女たちは何を学んだのか?発案者だった川音さんはこういう。
「親から何気なく『女の子なんだから』と言われていたのにいままで気づかなかったのですが、意識できるようになりました。自分が子育てするときにはこうした価値観の押しつけをしないようにしようと思いました」
また上田さんは「誰にでもアンコンシャスバイアスはあると思うし、それは仕方ないとしても他人に押し付けないようにしようとこの活動で感じました。自分でもバイアスが出ちゃうなと心配がありましたし。男社会で苦しんでいる男性もいると思うので、幼いときからなるべく少なくしたいと思いました」という。
この絵本はいま上野にある国際こども図書館にも置かれている。チームではこの絵本を幼稚園や保育園で教材として広めていけたらと考え、さらにこの絵本の英語版も作った。
“シナジョ”の高校生は社会を変えようと、しなやかに考え行動している。
「自分がファーストジェントルマンだったら?」
女子大生「自分がファーストジェントルマンだったら、仕事を辞めてやる?」
男子中学生「奥さんを応援したいから仕事を辞めてやります」「今までの仕事を続けます」
都内にある昭和女子大学では、男子進学校の駒場東邦中学校(以下駒場東邦)と連携して、先月「女子大生と男子校中学生が一緒に考えるプロジェクト」を開催した。プロジェクトに参加するのは昭和女子大学の2,3年生と駒場東邦の1年生だ。
両者が取り組むテーマは「アンコンシャスバイアス」。
初顔合わせとなったこの日は、緊急事態宣言中のためオンラインで行われ、大学生が「ファーストジェントルマン」や「ディズニープリンセスの変遷」を課題にしながら中学生とジェンダーのアンコンシャスバイアスを一緒に考えた。
「ファーストジェントルマン」の課題では、ドイツのメルケル首相の夫を題材に、大学生が「自分なら仕事を辞めてファーストジェントルマンをやりますか?」と中学生に問いかけた。
また大学教授としてキャリアを全うする道を選んだ米大統領夫人のジル・バイデンさんとセカンドジェントルマンを選んで弁護士を辞めたダグラス・エムホフさんを例に挙げ、「ジェンダーロールが無い時代にさしかかっている」ことを一緒に考えた。
時代と共に変わるディズニープリンセス像
「プリンセスらしい特徴ってなんだろう?」
次の課題「ディズニープリンセスの変遷」で大学生がこう問いかけると、中学生は「容姿が整っている」「ドレスを着ている」「優しい」「かわいい」「きれいな髪の毛」と答えていく。しかしディズニーのプリンセス像をみてみると、時代とともに「プリンセスらしさ」はどんどん変化している。
初期の頃は確かに中学生がいうような「優しい、かわいい」キャラクターだったが、1979年にイギリスで女性初のサッチャー首相が誕生すると「困難に負けない自立的で芯の強い女性」となり、1994年に南アフリカで黒人初のマンデラ大統領が生まれたころには北欧中心からアジアや先住民、黒人のプリンセスへと変わっている。プリンセス像が歴史的な出来事とリンクするように、「現実の世界も多様になっている」ことをこのプロジェクトを通じて中学生は学ぶのだ。
「いまは多様性が認められる社会になった」
この日のプロジェクトの最後に、大学生は中学生にこう語りかけた。
「看護士、保育士はいままで女性が多かったのは事実だけど男女どちらもいるよね。日常にもバイアスがあることに気づいてくれたかな?無意識のうちにイメージがつくのは仕方ないし、悪いことでは無いですが、いまは多様性が認められている社会になってきたんですね」
プロジェクトを終えた大学生に話を聞いた。
酒井奈津子さんは「若いと考え方に柔軟性があるし、それが課題解決につながるのでは」と感じた。そして「私たちも含めて『なんでだろう』『こういう考え方もあるのか』という気持ちを忘れてはいけないと思いました」と語る。
また駒場東邦の担当教員はこのプロジェクトについてこう語る。
「本学年の学年目標は『”大人”になろう』です。生徒たちがいろいろな価値観に触れ、自分たちで考えていくきっかけになれば嬉しいです」
坂東氏「性別で役割分担しない生き方を伝えたい」
こうしたプロジェクトを昭和女子大学でリードしてきたのが、坂東眞理子理事長・総長だ。坂東さんと言えば霞が関で女性キャリアの草分け的な存在であり、ジェンダー格差に取り組む第一人者だ。(関連記事:「森前会長に感謝状を!物事は建前から動く」坂東眞理子が考える女性リーダーに必要な3つの『S』)
坂東さんはこれまで、男女の固定的な役割分担の意識を変えようとしてきた。
「今回の森さんじゃないですけど問題は男性の意識です。性別で役割分担しない生き方について男性に伝えないといけないという問題意識がずっとあったのですが、今回駒場東邦の先生たちが協力してくださって本当に感謝しています。最初は『そんな考え方もあるのか』という反応だと思いますが、3年経ってどう変わるのかフォローできるといいなと思っています」
無意識の偏見で一番怖いのは女子への影響
今回の森氏の発言について「昭和世代だから」という諦めの声も聞こえていた。ではいまの中学生なら大丈夫なのだろうか?坂東さんに聞くと「それはイエスアンドノーですね」と笑顔で答えた。
「さすがに昔と比べると森さんのような考え方をする人は少ないはずだけど、まだまだこうした考えが再生産される家庭も多いんですよ。女性と男性が対等だとはわかっていても『育児や家事は女性の方が上手いから』といって、『手伝うけれど優先順位は仕事だよね』という男性が結構いるんです」
一方で坂東さんは「実はアンコンシャスバイアスで一番怖いのは女の子への影響」だという。
「『男の人から煩わしいと思われる女になってはいけないから、自分の意見を言わないほうがいい』とか『自分の立場をわきまえなきゃいけないんだ』と自己規制する女の子が再生産されることが実は一番怖いので、今回気づかせてくれた森さんには感謝していますね(笑)」
森発言は若い世代がアンコンシャスバイアスに気づき、しなやかに乗り越えようと考える貴重な機会となった。
心のOSがアップデートできない昭和世代は、せめて邪魔しない側にまわるべきだろう。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】