坂東眞理子さんにはどうしてもお会いして伺いたいことがあった。

「女は、人生後半どうやって組織で生き続ければいいのでしょう?」

組織を離れたり自分で何かを立ち上げたり「個」で活躍し続ける女性はいらっしゃるものの、自分には到底踏み出す勇気も自信もない。

このまま定年まであと10年と少し。エラくなりたいと思って働いてきたことはないけれどこの先どんな目標を掲げようか見えぬまま、深く考える時間もなく毎日は過ぎていく。

坂東眞理子さんといえば、男女共同参画どころかその前身となる「婦人問題」と呼ばれていた頃からジェンダー格差に取り組む日本の第一人者である。女性が働くのが全く当たり前ではなかった時代に、2人の子育てをしながら霞ヶ関の大組織でキャリアを全うされた。

その秘訣を伺いたくインタビューを依頼したのは、2020年末のことだ。実際に実現したのが2月末だが、図らずも「絶好のタイミング」になった。奇しくもオリンピック・パラリンピック組織委員会の会長人事をめぐって日本のジェンダー認識の時代錯誤が連日ニュースになる中、この一連の動きをどうご覧になっているのか。

お会いするなり(物腰はとても柔らかく)坂東さんから「森さんには感謝状ですね!」という痛烈な一言が飛び出した。

「建前が変わることが大事」

坂東眞理子理事長​:
私に男女共同参画局長の辞令をくださったのが、森前会長なのです。今回も悪気もないだろうし、ご自身は女性の応援団のつもりでいらっしゃると思いますよ。ご本人は女性理事を40%にするのは大変なことですよと皆さんに注意喚起したにすぎないと思っていらっしゃるのでしょうね。

ただ、今回一番感動したのは私どもの稲澤(注:稲澤裕子氏 昭和女子大学特命教授、日本ラグビーフットボール協会理事)がすぐに実名で声を挙げ、それがまた大きく取り上げられたことです。以前なら女性が声を挙げてもなかなか世の中には届きませんでした。

「森さんご自身は女性の応援団のつもりでいらっしゃると思いますよ」と語る坂東理事長
「森さんご自身は女性の応援団のつもりでいらっしゃると思いますよ」と語る坂東理事長
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佐々木恭子:
確かに“本音がどこにあるかは別としても”、公に女性蔑視と受け取られる発言をすると大きな問題になるという認識は高まったと思います。森前会長が辞任されて一件落着ではなく、今回の一連の動きが今後の日本にどう繋がっていけばいいとお考えでしょうか。

坂東理事長:
まさに建前が変わることが大事なんですよ。森前会長ひとりの問題に矮小化してはいけません。世の中には「ミニ・Mr.森」がたくさんいます。公務員社会にもいっぱいいるし、おそらくマスコミにも民間企業にもたくさんいるでしょう?世の中の本音はなかなか変わりません。しかし建前が変われば、本音も少しずつ引きずられて変化するものなのです。

佐々木:
建前が変われば本音も変わる、と?

坂東理事長:
例えば、男女雇用機会均等法(1986年施行)なんてザル法だ、罰則もないしこれがあっても女性の社会進出にはつながらないと評判が悪かったわけです。でも、私たちの時代には「4年生大学出身女子はお断り」と正々堂々と企業も公言していたのですが、さすがにそれは言ってはいけないよねと建前が変わりました。そこから本音が変わるまで日本は時間がかかりすぎますが、少しずつでも現実は変わってきていますね。

「名誉男性」になるしか仕事を続けられる道はなかった

佐々木:
…となると、今回の問題が「女性もなんとか働き続けられる」という次元からいよいよ「女性の積極的活用」という次元に変わる契機になるとすれば、組織に求められる変化と、私たち女性自身に求められる変化、それぞれ何が必要でしょうか。

「人生後半、どうやって組織で生き残ればいいのでしょう」人生の大先輩へ質問する佐々木恭子アナウンサー
「人生後半、どうやって組織で生き残ればいいのでしょう」人生の大先輩へ質問する佐々木恭子アナウンサー

坂東理事長:
組織には「多様性はいいものだ」と評価を変えることが絶対に不可欠なのですが、その前提として、女性たちが新しいリーダーシップのスタイルを作っていかなくてはいけないですね。私たちの世代が反省するのは、女性が社会に進出していくために“名誉男性”になってしまったことです。

佐々木:
名誉男性ですか…?坂東さんご自身でもそう振り返られますか?

坂東理事長:
はい。当時は当たり前だと思っていましたけれども、職場では家庭のことなんて口にしない、子どもを理由に早く帰るとか休むこともしてはいけない。一生懸命男性と同じような働き方をしないと認められないと思い込んでいました。

もちろん、女性の数が圧倒的に少ないマイノリティだったからという言い訳はありますけれども、男性の価値観・行動様式を理解してそれに波風立てない、皆の批判をしてはいけないと“わきまえる”、長い話をしないよう自分をコントロールできる。男性の価値観が揺るぎなくあってそれに適応していくのが有能な女性であると思い込み、現実にもそれが求められてきたわけですよね。

今も女性はマイノリティではあるけれど、ある程度数の塊ができつつある。だから男性とは違う新しいリーダーシップスタイルが必要なのだと思うのです。

「女性には、男性とは違う新しいリーダーシップが必要」と話す理事長
「女性には、男性とは違う新しいリーダーシップが必要」と話す理事長

佐々木:
…当時を振り返って心残りに思うことはありますか?

坂東理事長:
たくさんあります。もっと子どもに関わって可愛い時を一緒に過ごせばよかった、と。平日の授業参観も運動会も行けずに富山から母に駆けつけてもらってね。今思うと夫ではなく母と子育てを分担して働き続けてきたんですよね。だからママ友もいない(笑)。


その坂東さんご自身の心残りは、四半世紀ほど後に社会人になった自分自身のそれとも重なって聞こえた。さすがに勤務の合間に半休を駆使して行事には必死に参加したけれど、その理由を普通に職場でも話すようになったのは、職場に母が増えたここ数年のことだ。

新しいリーダーシップに必要な「3S」とは

佐々木:
坂東さんほどのキャリアを築いてこられた方でも心残りがあるのか…と聞き入ってしまいましたが、先ほどの「新しいリーダーシップ」とは具体的にどういうものでしょうか。

女性同士にも"多様"になる覚悟が必要
女性同士にも"多様"になる覚悟が必要

坂東理事長:
これまでは組織が女性を人を育てるとき、3つの「き」(機会のき、期待のき、鍛えのき)が必要だと話してきたのですが、これから、特に女性が果たすリーダーシップには「3S」が求められると思います。

Sympathy:“共感”のS. 皆それぞれに頑張っていると認めればあらゆる行動に温かさがもたらされます。あの人が大変そう、このやり方じゃ厳しいよね、ではどうやってそれを軽減できるだろう?と前向きに新しいものを生み出すエネルギーに変えていくこと。

Share:“分かちあい”のS. 男性には権力を抱え込むのが好きな人も多いですが(笑)、女性は独占しない。いろいろなチャンスを周りに分け合う。そうすると必ず協力者が増えてきます。

そしてSupport:“支える”S. 命令して動かすのではなく「一緒にやってみよう」と周りを巻き込んでいく。

佐々木:
人を育てる経験をすると「ひとりで勝手には大きくならない」ことを痛感します。ひとりで考えて育つようになるには、サポートがあってこそなのだと。

ただ、これまでの我が身を振り返っても、「別にエラくならなくてもいいしぃ、そのために働いているわけじゃないしぃ」と女性同士の連帯感も心地よかったように思います(笑)。が、女性も意思決定の場に登用されるとなると女性の間にも差が生まれるという覚悟も必要になってきますね。

女性同士も「多様」になる覚悟を

坂東理事長:
はい、そうなのです。これまでは“女は損よね”と連帯感を持ちやすかった。女性が女性ゆえに責任ある立場につけないと言い訳ができてきました。ところが中には昇進する女性も出てくるとそうはいかない。一口に女性といっても差が生じ、多様になっていくわけです。そうなった時に、夫が仕事に理解がなくて支援してくれないとか、子どもが出来が悪くて自分の足を引っ張るとか…そういう不平不満を持ってしまったら絶対に幸せにはなれません。

「女性も多様になっていくわけです」
「女性も多様になっていくわけです」

佐々木:
人事は自分で決められないですしね(笑)

坂東理事長:
人事のほとんどが能力より出会いとタイミングです。昇進しなくても女性だから当然だと思っていた女性たちにも、なぜ私は選ばれないのだと悔しい思いをさせるのが、女性の積極登用の現実でもあります。男性だって、何かしら障がいのある人だって、それぞれ皆自分が与えられた条件の中で一生懸命生きています。今自分の置かれた場所で少しでもいいところを見つけ、その中で最善を尽くしていく。それが幸せに生きることにつながるのだと思います。

「女性自身も変わる覚悟が必要」優しさの中に、厳しさも。
「女性自身も変わる覚悟が必要」優しさの中に、厳しさも。

【前編・了】

坂東さんがお話される姿勢は背筋がぴんと伸び、声も優しく暖かい。が、働き方の価値観も多様になり、女性が「働き続ける」ことを選択できるようになってきた今、本当に社会で活躍していくためには女性自身も変わる覚悟が必要なのだと厳しさも示す。

後半は、「王子様がこの世にいないことは20代早めに悟った」坂東さんが、「夢も希望もないけれど」と前置きしたうえで、女性たちが幸せに生きるための“現実的な”ヒントを示してくださいます。

【執筆:フジテレビ アナウンサー 佐々木恭子】

佐々木恭子
佐々木恭子

言葉に愛と、責任を。私が言葉を生業にしたいと志したのは、阪神淡路大震災で実家が全壊するという経験から。「がんばれ神戸!」と繰り返されるニュースからは、言葉は時に希望を、時に虚しさを抱かせるものだと知りました。ニュースは人と共にある。だからこそ、いつも自分の言葉に愛と責任をもって伝えたいと思っています。
1972年兵庫県生まれ。96年東京大学教養学部卒業後、フジテレビ入社。アナウンサーとして、『とくダネ!』『報道PRIMEサンデー』を担当し、現在は『Live News It!(月~水:情報キャスター』『ワイドナショー』など。2005年~2008年、FNSチャリティキャンペーンではスマトラ津波被害、世界の貧困国における子どもたちのHIV/AIDS事情を取材。趣味はランニング。フルマラソンにチャレンジするのが目標。