災害がいつ起こるかは、誰にも予想できず、昼夜も問わない。2021年2月13日に福島県沖で発生した地震のように、夜に起こることもある。

そんな夜間に避難せざるを得ない時、力強い味方となってくれるものが、蓄光式の災害用誘導標識だろう。

東日本大震災をきっかけに、2016年から蓄光誘導標識の開発を本格始動し、3年ほどかけて商品化したのが、蓄光製品の製造・販売を行うリンコー。

屋外に掲示しても劣化しにくい蓄光誘導標識は、どのような思いとひらめきから生まれたのだろうか。開発を担当した技術営業部の唐沢伸さんに、製品が生み出された経緯と今後の展望について聞いた。

蓄光誘導標識は「夜間の避難時の道標」

リンコー製の蓄光誘導標識
リンコー製の蓄光誘導標識
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蓄光とは、太陽光や蛍光灯、LED照明から放出される紫外線領域の光波長を吸収し、暗闇で自然発光する仕組みのこと。時計の文字盤などで使われてきた技術だ。これを用いて、避難場所などの避難誘導標識を昼夜問わず、見つけやすく、見やすくしている。

「蓄光を標識に活用しようと思い始めたのは、東日本大震災がきっかけと言えます。また、南海トラフ地震が確実視されている今、避難誘導対策は重要な課題だと考え、開発を進めてきました。南海トラフ地震では、冬の深夜かつ秒速8メートルの風が吹いた場合、死者・行方不明者が最大32万人に達するという予測を内閣府が発表したこともあり、特に夜間の避難に役立つツールが必要だと考えました」

夜間の地震で停電が起きれば、ほとんど足元が見えない状態で避難することになるかもしれない。突発的な地震に焦り、懐中電灯などを持たずに出てきてしまう人もいるだろう。暗闇で発光する蓄光製品があれば道標になると、唐沢さんは考えた。

夜間や暗闇で発光する
夜間や暗闇で発光する

「当社の蓄光製品の輝度は、暗闇で20分経過した時点で600~700ミリカンデラあります。1カンデラ(1000ミリカンデラ)がろうそく1本分の光とされているので、照明の代わりとまでは言えませんが、しっかりと発光し、文字もくっきりと読み取れます」

蓄光以外の部分でも、より長く安全に活用できる工夫が施されているという。

「標識の周りはすべて、なめらかな斜面になっている金属枠を取り付けています。枠が直角ではなく斜面になっていることで、横からの衝撃を受けにくくなるため、壁面に設置した際にものがぶつかって落下するという危険性を抑えられます。また、路面に設置した際に、バリアフリーになることも意識した構造です」

使用期限を「10年」に引き延ばした技術

リンコー製の蓄光誘導標識
リンコー製の蓄光誘導標識

蓄光を備えた標識はこれまでも存在していた。そのなかで、リンコーが目指したものは“屋外長期対応”。従来の蓄光誘導標識は、1年ほどで交換が必要になるそう。

「蓄光誘導標識の基準については消防法で定められているのですが、室内を想定した基準で、素材などは言及されていないため、プラスチック製のものがほとんどなのです。そのまま屋外で使おうとすると、プラスチックは紫外線に弱いので、数ヵ月で黄変(変色)・劣化し、蓄光の輝度が下がってしまいます」

プラスチックの黄変や劣化を防ぐため、UVカット材を入れてしまうと、紫外線を吸収して発光する蓄光が使えなくなる。蓄光させるには、黄変を避けられなかったのだ。

「JIS(日本産業規格)でも、プラスチック製の蓄光誘導標識は『1年毎のメンテナンスが望ましい』とされています。しかし、災害用誘導標識は人の命を助けるものですから、設置して1年足らずで役目を果たさなくなるのは困りますよね。そこで、長く活用するためにはどうしたらいいか考え、シリコーンの利用に行き着きました。シリコーンは耐水性・対候性・対紫外線に優れていて、屋外でも黄変・劣化しにくいので、長期利用が期待できると踏んだのです」

その開発には、時間を要したという。シリコーンは強力な両面テープでも接着できないという特徴があり、取り扱いが難しかったからだ。

唐沢さんはシリコーン同士の間にゲル状のシリコーンを挟み、真空状態にすることでくっつけるという手法を編み出し、シリコーン製の蓄光誘導標識の開発に成功した。

「シリコーン製であれば、UVカット材を入れなくても黄変しにくく、蓄光の輝度も保てます。実証実験で、10年ほどは変わらずに利用できるという結果も出ています。いつ発生するかわからない災害に備えるには、長い間性能が変わらないものでなければいけませんよね」

ちなみに、東京の恵比寿ガーデンプレイスには、「大規模な火災」を示したリンコーの蓄光誘導標識が設置されている。

柱の下部の「大規模な火災」の蓄光誘導標式は設置から2年ほど。ほとんど新品に近い状態といえる。なお、上部の「避難所」の蓄光誘導標式はプラスチック製で、設置から3年ほどが経過している。

避難誘導のキーワードは「ガードレールに蓄光マーカー」

誘導標識だけでなく、蓄光を生かしたさらなる避難誘導対策に乗り出していることも教えてくれた。そのキーアイテムとなるものが、ドーム型の蓄光・反射マーカー。

ドーム型の蓄光・反射マーカー
ドーム型の蓄光・反射マーカー

「これまで上部が平らなマーカーは製造していたのですが、斜めや横からでもマーカーを認識できるよう、ドーム型に改良した製品です。特殊な技法によって、マーカー内のピクトサインや文字も横から識別できるようになっています」

マーカーにピクトサインや文字を入れるというアイデアは、東日本大震災の後に宮城県を訪問した際、被災者から聞いた「昼でも夜でもぐらっと揺れた時に知りたいのは、ここが海抜何メートルかということ」という話から生まれたそう。

「マーカーの中には、その場所の海抜や住所を入れることもできます。そして、ガードレールなどの防護柵の支柱や縁石に取り付けられるように、複数の形状で展開しています。支柱や縁石に設置されていれば、夜間の避難の際に道路の形状がわかるからです」

帝京大学八王子キャンパスの屋外の階段
帝京大学八王子キャンパスの屋外の階段

既にマーカーが設置されているのが、帝京大学八王子キャンパスの屋外の階段。階段の両脇にドーム型マーカー、蹴込みの部分に三角形のマーカーをつけ、暗くなってしまう夜間でも上り下りしやすくした。

帝京大学八王子キャンパスの屋外の階段
帝京大学八王子キャンパスの屋外の階段

また、ガードレールの支柱にマーカーを設置することで、水害時の避難にも役立つという。

「万が一水害に見舞われ、道路や家屋が浸水する状況になったとしても、支柱が水没していなければ蓄光マーカーが見えるので、夜間でも道路の形状がわかります。もし、マーカーの光が見えないようであれば、支柱以上に浸水しているため、その場での待機が望ましいという判断にもつながります」

ちなみに、このドーム型マーカーは、東京都が中小企業の新商品の普及を支援するために試験的に購入して評価する「東京都トライアル発注認定制度」で認定され、2021年3月から都内の各自治体での設置が始まっている。

「まずは道の角にあるガードレールなどの防護柵の支柱だけでもマーカーを設置し、壁面や路面の蓄光誘導標識と合わせて、“途切れることのない避難誘導”を目指していきたいと考えています。防護柵は海にも山にもあるものなので、マーカーの設置が進むことで、あらゆる場所での避難誘導が可能になると思います」

小さな光でも、1つ1つがつながることで道が浮かび上がる。安心安全の取り組みは、日々進化しているのだ。非常時の心強い味方になってくれることだろう。

取材・文=有竹亮介(verb)

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。