東日本大震災で、漁業や石油関連など、港湾施設に甚大な被害を受けた岩手・久慈市。関連死を含め3人が犠牲となり、いまだ2人が行方不明となっている。

2011年 東日本大震災 当時の久慈市
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多くの施設が被害を受けた久慈市だが、北限の海女の素潜りがすぐに再開した。
観光を後押ししたのは、朝の人気ドラマだった。

リアス亭女将・工藤クニエさん:
このあたりは結構賑やかでしたよ。人が集まってくれるし、お弁当を買う人も(撮影が入るたびに)増えますね、お客様も

リアス亭女将・工藤クニエさん:
また津波がこなければいいなとか、そういう心配とかしているよりは、すごくみんなが賑やかになって(津波の)怖さを忘れたかのように、明るくなって騒いでくれたから良かったなとは思っています

久慈市のランドマークが再開

2016年には地下水族科学館「もぐらんぴあ」が5年ぶりに営業を再開した。

久慈地下水族科学館「もぐらんぴあ」館長・宇部修さん:
もぐらんぴあは全壊したが、ホームページは残していた。そうしたら一般の方々から「大変だと思いますけど再開してください」というメールがたくさん届いた。その時、もぐらんぴあって愛されていたんだなと、逆に私たちは教えて頂いたような形になった

久慈地下水族科学館「もぐらんぴあ」館長・宇部修さん:
地元の魚といえば、地味でいつも見ている魚というイメージがあったので、震災前は大きな水族館のミニ版を目指していた。震災があって全部壊れた時に、地元の人から机や椅子を支援していただいたので、身に染みてありがたいと感じた

久慈地下水族科学館「もぐらんぴあ」館長・宇部修さん:
(再開できたら)地元の良さがわかる水族館にしていかなければだめじゃないかという思いはあった。この地域を発信していく、久慈を前面に出すというふうに大きく変わった

「振り返ってみるとあっという間」

久慈地下水族科学館「もぐらんぴあ」館長・宇部修さん:
色々あったが過ぎてみればあっという間の10年。自然災害の怖さが身に染みてわかった

久慈地下水族科学館「もぐらんぴあ」館長・宇部修さん:
一方でたくさんの方々から応援していただいて、盛り上げていただいた。心の温かさを身に染みて感じる10年だったと思っている

震災で失ったもの、そして得たもの…どちらも忘れずに前進する「もぐらんぴあ」。
今後も久慈市を盛り上げるランドマークとして輝き続ける。

(岩手めんこいテレビ)