ソウル・釜山で市長選 文政権「勝負の1年」

2021年は韓国・文在寅大統領にとって文字通り、勝負の1年となる。

第一関門は4月の韓国二大都市・ソウルと釜山での市長選挙だ。残り任期1年半となった文政権が求心力を維持できるか、レームダックに転落するかは、この勝敗にかかっている。与党系自治体長の不祥事に伴う補欠選挙だけに、文政権は“背水の陣”で臨む。

2020年7月、当時のソウル市長だった朴元淳(パク・ウォンスン)氏が突然命を絶った。元秘書の女性からセクハラを告発されたことを苦にしての自殺とみられている。弁護士で市民活動家の朴氏は与党の有力大統領候補の1人でもあり、韓国社会に衝撃が広がった。

一方、釜山市長だった呉巨敦(オ・ゴドン)氏も女性公務員からセクハラを告発され、同年4月に辞任した。韓国では自治体長や国会議員の補欠選挙は4月の実施が定められている。ソウルと釜山の有権者数は合わせて1000万人超。2022年3月の次期大統領選挙の前哨戦として、与野党の激突は必至だ。

検事総長と全面対決

2020年4月の総選挙では、新型コロナウイルスの封じ込めに成功したことが追い風となり、与党が圧勝した。数の力で国会を制した文政権は、高位公職者犯罪捜査処の設置法改正や対北朝鮮ビラ禁止法など、重要法案を次々に強行採決してきた。

4月の総選挙では与党が圧勝し、文在寅大統領は政権基盤を強化した
4月の総選挙では与党が圧勝し、文在寅大統領は政権基盤を強化した
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検察の捜査権を縮小し、高位公職者犯罪捜査処に移管する検察改革は、文政権の目玉政策だ。政権側は検察改革に反対する尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長に停職2カ月の懲戒処分を下すなど強権的な手法を乱発した。しかし、尹氏との法廷闘争で裁判所が大統領の決定を覆し、尹氏に軍配を上げたことから大きな痛手を被った。

文政権側は2021年1月にも捜査処を発足させ、改革を加速させたい考えだが、検察との対立以外にも不動産価格の上昇や、新型コロナウイルスのワクチン確保出遅れなど逆風が続く。40%といわれる文大統領の「岩盤支持層」からの離脱も相次いでいる。

職務に復帰した尹検事総長は、政府与党の要人がからむ疑惑に対し捜査を加速する見通しだ。尹氏は世論調査で保守系大統領候補として支持を集めており、尹氏との対立の行方も文政権の今後に大きく影響しそうだ。

尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長
尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長

打開策が見えない日韓関係

「尊敬する議長、各国首脳の皆さま、特に日本の菅首相、お会いできてうれしいです」

文大統領は東南アジア諸国連合(ASEAN)+3のテレビ会議の場で、菅義偉首相にこう呼びかけた。多国間会議の場で特定の国の首脳に挨拶するのは異例で、韓国側の積極姿勢に注目が集まった。

菅政権発足後、文政権の要人らが相次いで来日して菅首相と面談し、日韓関係改善の糸口を探る動きを見せた。韓国情報機関のトップ・朴智元(パク・チウォン)国家情報院長は、菅首相に文大統領との新たな日韓首脳共同宣言の策定を提案したとされる。日本側は否定しているが、いわゆる元徴用工問題など懸案を棚上げし政治的解決をめざすものだったという。

菅首相は「韓国側が良い環境づくりをしてほしい」として、事実上提案を拒否した。元徴用工の問題で日本企業の資産現金化には絶対に応じられないという日本政府の意思を改めて示したものだ。

菅政権発足後、日韓関係改善への動きを見せたその背景は…
菅政権発足後、日韓関係改善への動きを見せたその背景は…

文政権はなぜ突然、菅政権に秋波を送り始めたのか。

7月に開催予定の東京五輪を機に南北対話を復活させ、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との南北首脳会談につなげたい、という思惑があるからだ。金委員長の実妹・金与正氏が訪韓した2018年の平昌五輪を念頭にした「夢よ、もう一度」というわけだ。2019年2月、ハノイでの米朝首脳会談が決裂して以降、北朝鮮は文政権のラブコールを無視し続けている。

残り任期1年半。南北関係で何としてもレガシーを作りたい文政権だが、東京五輪にすがるしかないのが実情だ。

バイデン政権から迫られる踏み絵

アメリカのバイデン新政権とどう向き合うかも、文政権にとっては気がかりの1つだ。

米朝対話再開に向け仲介役として存在感を発揮したいところだが、バイデン氏は北朝鮮との対話には慎重だ。中国への圧力も当面は解除せず、日米韓の連携を軸に中国・北朝鮮に対峙していく方針とみられている。

一方、中国は韓国にとって最大の貿易相手国であり、習近平主席も2021年内の訪韓を目指している。安全保障面ではアメリカ、経済面では中国に依存しているため、バイデン政権下で再び米中対立が激化すれば、米中の間で板挟みになる場面もありそうだ。

バイデン次期大統領と習近平国家主席
バイデン次期大統領と習近平国家主席

日韓関係も同様だ。オバマ前政権は日韓双方に慰安婦問題の解決を強く促した。バイデン政権も元徴用工問題で日韓の軋轢が続き、日米韓の連携に支障が出ることは望んでいない。

韓国側はアメリカ向けに関係改善のジェスチャーを示してはいるが、4月の選挙が近づけば、日本に対して妥協できる余地はなくなる。バイデン政権の手前、反日を煽って選挙をしのぐことも難しいため、懸案は先送りして選挙に臨みたいというのが本音だろう。

従って、残念ながら2021年も日韓関係の抜本的な改善は期待できそうにない。

金正恩委員長の“生き残り”作戦

北朝鮮は2020年、折からの国連制裁に加え、新型コロナウイルス感染防止のための国境閉鎖、水害・台風被害という「3重苦」「4重苦」に見舞われ、経済的苦境に立たされた。

2021年は年初に5年ぶりの朝鮮労働党大会を開いて経済政策を見直すとともに、アメリカのバイデン政権の対北朝鮮政策を見極めながら関係国との距離を調整するものと思われる。

5年ぶりの朝鮮労働党大会

北朝鮮では2020年8月19日に開いた党中央委員会総会で、前回の党大会で決定した「国家経済発展5カ年戦略」の目標を達成できず、人民生活の向上が実現しなかったことを認める決定書を採択した。北朝鮮当局がこのように経済計画の未達成を明らかにするのは、極めて異例のことだった。

金正恩朝鮮労働党委員長
金正恩朝鮮労働党委員長

北朝鮮は党創建75周年記念日(同年10月10日)という節目に、金委員長肝いりの事業である平壌総合病院の開業を目指していた。だが、「3重苦」「4重苦」によって医療機器や資材を調達できず、その目標未達成を認めざるを得ない状況となった。

経済的苦境が深まる中、間もなく開催される党大会で策定される新たな「5カ年計画」では、2019年末に策定した「正面突破戦」の上書きを図りつつも、その中身は「経済制裁との持久戦」が主要内容になる見通しだ。

金委員長と個人的関係を維持してきたトランプ米大統領も、結局は任期中、米朝関係を進展させることはためらった。制裁は継続されることになり、北朝鮮経済と国際経済との分離や非連動はそのまま継続されることになった。国際社会との距離感を推し量れない状況では、これまでと同様、「自力更生」路線を取らざるを得ない状況になるだろう。

バイデン氏は金委員長との首脳会談に慎重

新たな「5カ年計画」の成否のカギを握るのは、やはりアメリカと中国の対北朝鮮政策だ。

北朝鮮指導部が、経済政策をリセットして新たな5カ年計画を示すための朝鮮労働党大会を2021年1月に設定したのも、バイデン新政権の発足とそれに向き合う中国など関係国の立場を見極めるためだ。

バイデン次期大統領は、北朝鮮がトランプ氏との間で進めてきた「トップダウン方式」に基づく対米政策の転換を図るのは間違いない。金委員長との首脳会談にも慎重で、会談条件に「核能力の引き下げに同意すること」を全面に掲げるとみられる。粘り強く実務交渉を進めた上で最終的に首脳会談を進める「ボトムアップ」方式を取る見通しだ。

2019年2月28日にハノイで開催された第2回米朝首脳会談
2019年2月28日にハノイで開催された第2回米朝首脳会談

対北朝鮮政策を総合的に見れば、かつて民主党のオバマ政権が取った「戦略的忍耐」(北朝鮮が変化するまで制裁で圧力をかける)を基礎に、北朝鮮に対する厳しい政策を打ち出すとみられる。

ただ、バイデン新政権が新たな対北朝鮮政策を打ち出すまで数カ月~半年がかかるはずだ。その間、北朝鮮は中国に一層頼らざるを得ない状況となり、アメリカをにらみつつ中国への接近を試みる可能性が高い。

日朝の対話再開は予断許さず

北朝鮮は2018年、韓国・平昌での冬季五輪に際し、金与正氏を訪韓させ「ほほえみ外交」の火ぶたを切った。これを機に融和路線に転じ、その後、中国、韓国、米国、ロシアの順に首脳会談に打って出るという流れにつながった。

今夏に開催が予定される東京五輪を成功に導くためには、日本としても「北朝鮮が国際社会と対話基調にある」状態を保つ必要がある。期間中に北朝鮮がミサイル発射などの挑発行為を繰り返し、国内に全国瞬時警報システム(Jアラート)の警報音が鳴り響く事態は避けなければならないからだ。

北朝鮮が果たして日本との対話に乗り出すかどうか、現時点では予断を許さない。北朝鮮は「米国との対話が進展すれば、日本がその動きに追随する」という従来からの見方は変えていないと思われる。

このため、日本としては米朝対話の進捗状況をにらみながら、関係国と連携を図りつつ北朝鮮との意思疎通を試み、菅政権最大の外交課題である拉致問題解決に向けた糸口をつかむ必要がある。

対話と圧力、国際社会は北朝鮮とどう向き合うべきか
対話と圧力、国際社会は北朝鮮とどう向き合うべきか

【執筆:フジテレビ 国際取材担当兼解説副委員長 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。