11月、水俣市で熊本県出身の歌手・石川さゆりさんのコンサートが開かれます。企画したのは、石川さんとおよそ50年来の親交がある水俣病の胎児性患者の皆さん。9月に他界した仲間への思いを込めてコンサート成功に向け、準備を進めています。
2017年に水俣市で開かれた石川さゆりさんのコンサート。企画したのは水俣病の胎児性患者たちでつくる『若かった患者の会』。この年は、メンバーの還暦を記念して39年ぶりに開かれました。
坂本しのぶさんをはじめメンバーたちは、水俣病が公式に確認された1956年・昭和31年前後に生まれた世代。母親のお腹の中で水俣病の原因物質・メチル水銀の被害に遭い、生まれながらに重い症状を負っています。
最初にコンサートが開かれたのは1978年・昭和53年。二十歳の成人を迎えた胎児性患者たちが「自分たちの力で何かを成し遂げたい」と宣伝活動などに奮闘し、実現させました。それから48年。水俣病公式確認70年に合わせ、今月、3回目の開催が予定されています。
【石川さゆりさんからのメッセージ】「11月21日、水俣の文化会館に久しぶりにお邪魔します。水俣の患者の皆さん、『若かった患者の会』。本当に「一緒に年を重ねたな」と思います。一緒に月日を喜び合いたい、そしてみんなで楽しみたいなと思います」
10月15日、しのぶさんら『若かった患者の会』のメンバーはTKUを訪れました。朝の情報番組『英太郎のかたらんね』に生出演し、コンサートの告知をするためです。
ともに出演したのは同じ胎児性患者の仲間、滝下昌文さんと支援者の谷由布さん。生放送でコンサートにかける思いを伝えました。
【坂本しのぶさん】「わたしたちが頑張ってきたことをいろんな人たちに見てほしいなと思う」
【滝下昌文さん】「『言い出しっぺ』が亡くなって。もうちょっと生きていてくれたらよかったのになと、それが一番悔やまれる」
しのぶさんたちが語ったのは9月に亡くなった友人、金子雄二さんのへの思い。
金子さんも胎児性の水俣病患者で20代のときに初めて開いた『石川さゆりオンステージ』の発起人の一人でした。
ここ数年は症状が悪化し寝たきりの状態で、24時間態勢での介護で命をつないでいました。水俣病公式確認の年に生まれ、この夏、70歳を迎えたしのぶさん。年齢を重ねるごとに症状はより重くなり近頃は入退院を繰り返すことも増えています。
テレビ出演や熊本学園大学での講和と忙しく過ごしたこの日も実は前日に退院したばかりでした。
「病を押してでもコンサートの成功に向けて自分たちで盛り上げていきたい」
先に旅立った仲間への思いがしのぶさんたちの背中を押します。
【坂本しのぶさん】「(身体がきつくて)もういいかなと思うときもあるけど、やっぱりわたしたちが頑張っていかんといかんなって思う」
【支援者谷由布さん】「石川さゆりコンサートは20代の青春。しのぶさんたちにとっても達成感や、やり遂げたというすごく大事なもの。それをまた70という年にもう一度やるというのは大変さもあるけど気持ちをすごく元気にしてくれるものになるかなと思う。それでたくさんの人たちとの関係を再確認したり絆が生まれたりしたらいいなと思う」
『若かった患者の会』が主催する『石川さゆりコンサート』は今月21日・土曜日、水俣市文化会館で昼と夜の2回公演。患者の皆さんの歩みを伝える写真展も会場内で行われます。
