沖縄のシンボル・首里城を襲った大規模火災から7年。正殿の再建工事が着実に進み、いよいよ11月23日に一般公開を迎える。
首里城のすぐ側に位置する沖縄県立首里高校の教室では、放課後になると生徒たちが集まり、真剣な表情で作業に没頭している。手元にあるのは、色鮮やかなイラストと大きな文字で彩られた手作りのスケッチブックだ。
小学生に届けるための工夫を凝らす

首里高生たちはこれまでも、首里城の魅力を伝えるガイド活動に取り組んできた。そんな中で、今回は初となる地元の城西小学校の児童に向けた案内を計画している。小学生の関心を惹きつけ、分かりやすく伝えるため、表現や構成に趣向を凝らす。
田名美羽さんは「ちょっと簡単な言い方に変えてみたりとか教えるだけじゃなくて、一緒に考えるような問いかけスタイルにちょっとずつ文章を変えてみたり工夫しています」と語る。長嶺璃子さんも「説明とか漢字よりも、絵を入れて見て分かる作り方でやっています。その方が分かりやすいかなって」と試行錯誤に余念がない。

視覚的な工夫に加え、伝える情報の選定にも考えをめぐらせる。神谷幸佑さんは「可愛らしくイラスト入れたりとか出来るだけ(文章を)長めに書かずにどういう情報が大事なのか、自分たちで考えられる楽しめるようなものを意識してやっていきたいです」と語った。
火災の記憶と不安、復興の息吹

2019年10月31日未明、首里城は正殿を含む7棟が全焼した。かつてその美しさから“巨大な琉球漆器”と称えられたシンボルの消失は、県民に深い衝撃を与えた。当時小学生だった生徒たちの記憶にも、その光景は焼き付いている。
渡嘉敷陽菜花さんは当時の混乱と不安をこう振り返る。
「お母さんに急に起こされて首里城が燃えてるって言われて、嘘だと思ってテレビをつけたら燃えていて。実際にまたかっこいい立派な正殿が見られるのかなって不安を感じました」

7年の歳月が流れる中、職人たちの技術によって漆づくりの正殿が姿を取り戻していく様子を、生徒たちは見守り、肌で感じてきた。
街の変化について下村らささんは「観光客もだんだん増えているのが見えています。首里高の前に観光バスが通るので、今日も増えてるとか修学旅行生来てるとか、1年生の時より今年増えているように感じていて嬉しいです」と声を弾ませる。
焼失の衝撃と不安を学び変えてバトンを渡す

小学生たちに向けた発表の本番に向けて、「坑口」という専門用語を「入り口」と言い換えるべきか議論を重ねるなど、細部まで配慮をいきわたらせる。
実演で下村さんは「元々は正殿の正面にあった大龍柱が展示されています。平成の復元では細粒砂岩という砂が使われており、火災で傷はあったものの奇跡的に立っていました」という解説を披露する。

自発的に調べ上げて自分の言葉で堂々と伝える姿に、指導に当たる金城睦先生も「本当によくここまで調べているなと正直感じて驚いているところです。首里城に一番近い首里高校で首里城ガイドを経験したことによって、自分たちの身近な文化や歴史を見つめ直すきっかけになる」と感心しきりだ。

小学生の頃に焼失を目の当たりにして不安や驚きを覚えた世代が復興の歩みとともに歴史と文化を学び、次の世代へと手渡していく。正殿の公開を前に、下村さんは「首里のまち全てで首里を盛り上げていこうというのが感じられて私もこの盛り上げていける一員になれたらなと思っています」と未来を見据える。
高校生たちの手によって紡がれる言葉は、首里の街の明日を照らす確かな希望のバトンとなっている。

