1997年、テニスの世界4大大会の1つ「全仏オープン混合ダブルス」で優勝。その栄光から29年後の2026年10月7日、千葉県の会社員・平木理化被告(54)はロマンス詐欺に関わった罪で起訴された。
トクリュウ犯罪に詳しい龍谷大学の廣末登研究員は「いわゆる闇バイト。資金洗浄を行う片棒を担いだとみている」と指摘し、東京地検特捜部の元検事・若狭勝弁護士は「詐欺の立証に難渋する可能性が検察にある」と語る。
専門家への取材をもとに、世界的な元プロテニス選手が関わった事件の実態に迫る。
順風満帆に見えた経歴
SNS型ロマンス詐欺は、SNSなどのメッセージで相手に恋愛感情を抱かせ、金銭をだまし取る手口が特徴だ。2026年の高知県内の被害は20件、2億3440万円に上っている。
ロマンス詐欺に関わったとされる平木被告は、全仏オープンで優勝した1997年に高知市を訪れ、テニスの魅力を語っていた。
引退後は日本テニス協会の常務理事となり、2018年には地元の千葉県白井市をPRする大使に任命された。
しかし2026年、驚きのニュースが飛び込んできた。7月から9月にかけ、詐欺と詐欺未遂などの疑いで4回逮捕されたのだ。
4年前、何者かと共謀し、鹿児島・山梨・石川・宿毛市の40代から70代の男女4人にロマンス詐欺を行ったとされる。検察はこのうち4つ目の事件である、宿毛市の40代男性から95万円をだまし取った詐欺と犯罪収益等隠匿罪で10月7日に起訴した。
事件発生は4年前。宿毛市の40代男性のSNSに「外国人女性」から友達申請があった。
やりとりが始まり「父がドイツ人で母が日本人です。両親は私が10歳の時に亡くなりました。私は米軍の医師として戦地に派遣されています」というメッセージが届いた。
その後、詐欺へと誘導するメッセージが。
「シリア政府から報酬160万ドルをもらえますが、口座が使えず困っています。運送会社とやりとりして受け取ってほしいです」という内容だった。
男性は運送会社を名乗る人物を紹介され、その人物からメールで、160万ドルの配送料として指定した3つの口座に合わせて218万円を振り込むよう要求された。
そのうちの1つが平木被告名義の口座で、男性は95万円を振り込む。
平木被告はそのうち91万円を使って暗号資産であるビットコインを購入し、何者かに送金して犯罪収益を隠匿したとされている。
平木被告は調べに対し「全く知りません」と容疑を否認していた。
「感情のジェットコースター」にのせる仕掛け
平木被告が逮捕された4つのロマンス詐欺事件の特徴をみていく。
SNSでやりとりした相手は、フランスの整形外科医、ウクライナの日本人医師、海外の戦地にいるアメリカ軍人や医師である。2カ月から4カ月間、SNSのメッセージでやりとりをした後、いろんな理由をつけて金を振り込んでほしいと要求する。
まず検証したいのは、詐欺犯は「なぜ海外の戦地にいる医師や軍人を名乗るのか」という点だ。そこには、被害者の心を揺さぶる巧妙な仕掛けがあった。
海外をかたる理由について、若狭弁護士は「すぐには会えない状況をつくり上げる。ズームなどリモートで会うことも避ける。SNSのやりとりだけでだんだんと関係を親しくしていく」と解説する。
戦地にいるとかたることで「切実な訴えが続く。もうこんな生活をしている、こんなに自分は危険なんだと。被害者は『この人を助けられるのは自分しかいないのでは』と錯覚に陥らされる。こういう人たち(詐欺犯)は身分証明書を絶対出してくるはず。自分の社会的な地位が高いんだと相手を安心させようと欺いてくる」と指摘する。
専門家が指摘するロマンス詐欺の特徴をおさらいすると、1つ目に「海外にいる」と言うのは対面で会うことを防ぐため、2つ目に医師など社会的地位の高い職業を名乗るのは相手を安心させるため、3つ目に「戦地にいる」と言うのは相手の感情を揺さぶるためである。
被害者を「安心から心配へ」、いわば“感情のジェットコースター”にのせ、正常に考えられないようにするのだ。
マネーロンダリングと「送金バイト」
送金方法にも特徴がある。
4つの事件のうち、3つで被害者の振り込み先として平木被告名義の口座が使われた。平木被告は自分の口座に振り込まれた金で暗号資産であるビットコインを買って、何者かに送金している。
なぜ暗号資産に変えて送金するのか。キーワードは「マネーロンダリング(資金洗浄)」だ。
若狭弁護士は「捜査当局、税務当局に分からないように操作・細工するのがマネーロンダリング。第三者のビットコインの口座に移すと、銀行口座間のやりとりよりは、はるかに追跡が難しい面が出てくる」と説明する。
廣末研究員によると「日本の銀行だったら電話1本で口座凍結が可能。金が犯人側に渡ることを阻止できるが、暗号資産口座に入れると口座の凍結が難しい」という。
こうした詐欺で重要な役割を担うのが「送金バイト」であり、自覚なく犯罪に関わるケースが増えているという。
廣末研究員は「副業であなたの口座に金を振り込むから指定した口座に送金してという、非常にだまされやすい、犯罪に加担している感覚が非常に薄い。それが送金バイトの恐ろしいところ」と警鐘を鳴らす。
さらに、一度でも送金犯罪に関わると社会復帰が難しくなるという。
廣末研究員は「凍結口座名義人リストに一度登録されると、新たに口座やクレジットカードが作れなくなる。たった一度、送金犯罪に加担して口座をマネーロンダリングに利用されることは、自分の未来を失ってしまう」と強調する。
焦点は「共同正犯」の立証
被害者が振り込んだ額と、平木被告が何者かに暗号資産で送金した額には差があり、一部を報酬として平木被告が受け取ったとみられている。
しかし、平木被告はすべての事件について、逮捕当時「身に覚えがない」などと否認していた。
若狭弁護士は「口座に入った金でビットコインを買って送金してくれと言われたのみである。口座に入った金が犯罪収益であることさえも分からなかったという弁解をしてくると思う」と話す。
一方、検察の対応については「共同正犯で起訴している。単なる従犯、ほう助犯、手助けした罪とは違う。人をだまして金を取るという認識が必要。氏名不詳者(主犯)と一緒に詐欺罪を犯していることを証明しないといけない。詐欺の立証に難渋する可能性が検察にある」と指摘した。
詐欺の立証は難しいとされているが、検察は他の事件でも詐欺での起訴に向け捜査している。
