20年で1000人を超える“看取り”に立ち会った訪問医。外科医を辞め、24h対応の在宅訪問医療を行う診療所を立ち上げた医師には、最期まで人が『生ききる』ことを支えたいという強い思いがあった。
最初の看取りは父 訪問医への転身
10月7日、福岡市内で医師が実話を元に記した『生ききる。ある往診医の看取りアンナイト』という書籍の朗読会が開かれた。父親を看取る経験が、医師としてのその後の生き方を変えるきっかけになったという内容だ。
2026年10月7日、その本の朗読会が開かれた。

―「丈太郎、お父さんがおかしい」哀願するような母を見かねて、私は父の眠る1階へ降りて行って、愕然としました。父の臨終が、初めての在宅での看取りでした。

メスとピンセットで一生食っていこうと考えていたヘボ外科医の私に今の診療形態での開業を決意させてくれた、本当に貴重な体験となっていますー(『第一夜 最初の看取り』より)ー

著者は、在宅医療専門で治療を行っている阿倍丈太郎(ペンネーム)医師(65)。外科医だった阿倍医師が、在宅医療を始めたのは22年前。現在は、福岡市内を中心に日々、15人以上の患者の元を訪れている。

この日、訪れたのは、2年半以上通っている101歳の女性宅。

女性は肉体が衰え、ベッドに寝たきりの状態。在宅医療に切り替えた当初は「1週間も持たないかもしれない」と言われていたが、今では「元気ですか?」と尋ねる阿倍医師の呼びかけにも「はい、まあね」としっかり応えられるまでに回復している。
24時間体制をとる阿倍医師が、些細な異変でも駆け付け、その都度治療に当たってきた賜物だ。

「幸せそうでしょ?穏やかで苦しそうじゃないでしょ?自分でも言ってました。『私は幸せ者やね』って」と女性も家族も阿倍医師の献身的な診療に深く感謝していた。
産まれた我が子の顔見て逝った患者
阿倍医師の患者は、高齢者だけではない。事故で頭を負傷し話せなくなった人や筋肉が徐々に衰えていく難病ALSの患者など、症状や病気は様々だ。

そして、在宅医療には必ず“看取り”が関わってくる。阿倍医師には忘れられない看取りの経験がもう1つあるという。
―患者さんは38才男性、病名は肝臓がん末期。そんな彼の奥さんは身重で、もうじき臨月を迎えるところでしたー(『第8夜一目一万本』より)
阿倍医師が診断を始めた時には、この男性は既になす術がない状態だったという。体調は、日に日に悪化し、いつ亡くなってもおかしくない状態だった。
―朝、私が出勤すると病棟師長が私の外来にやってきて『先生、奥さん、今朝かわいい女の子を生んだそうです』と、師長が目を輝かせました。そこで私は考えました。会わせるなら今しかないー(『第8夜一目一万本』より)

阿倍医師は、あらゆる手段を使い、男性を妻が入院している産婦人科医院へ連れて行った。そして、無事に生まれたばかりの我が子に会わせることができたのだ。

しかし、男性は病室に戻った2時間後、静かに息を引き取った。

―一緒に働いていた大学同期の友人は、明らかにこの人と出会ったのち、私の診療の姿勢が変わったといいますー(『第8夜一目一万本』より)
「ふんぞり返る診療じゃなく…」
20年以上、在宅医療専門の往診医を続け、これまでに1000人以上を看取ってきた阿倍医師。

「ふんぞり返る診療じゃなくて、患者の懐に入っていくというところが一番大事かなと思います」。

阿倍医師が常に自分に言い聞かせている言葉だ。“医師がしたい医療”を施すのではなく、“患者がしたいと思うこと”はできる限りさせたいという思いで治療を施している。
筋ジストロフィーの20代男性、ケイさん。

約10年前に阿倍医師の訪問診療を受け始めた頃、ケイさんは、演劇や舞台出演などの活動を始めた。芸能活動をこれまで続けて来られたのは、阿倍医師の存在が大きかったという。

「演劇とかもすごく見に来てくれて、一番印象に残っているのが、演劇をやった時に先生だけが僕の名前を叫んでくれて『お前は凄い!』みたいなことを言ってもらって。それからずっと演劇をやっていきたいと思って…」と話すケイさん。

すかさず阿倍医師が「じゃあ俺のお蔭なわけね」と声をかける。2人は友人のように言葉を交わす。こうした関係性こそが阿倍医師の目指す診療のかたちなのだ。

「関係としては、医者と患者というより親戚の叔父さんみたいな感じと思ってもらえれば一番いい。彼があんなに僕を褒めてくれるとは思っていなかったので、きょうはとても嬉しかった。

やっぱり家族の一員のように扱ってくれたら、それはとても励みになる。仲間でいたいです」
『アンナイト』に込められた思い
ちなみに書籍の副題『看取りアンナイト』は、『アラビアンナイト』と『看取り』を掛け合わせた造語だとしていたが、『アンナイト』という照明は実在するという。瞬時の電圧低下や停電によって消灯してしまったメインのランプが再点灯するまでに一時的に点灯させる補助照明のことだ。
―まさに患者が生きる希望を失った時(癌を告知された=消灯)にその足元を照らし、希望を再び抱かせる役目を担う往診医という職にぴったりと当てはまり、サブタイトルとして最適なものだと思いましたー(『あとがき』より)
(テレビ西日本)

