高齢や病気・障害を理由に、外出したくても出かけられない「交通弱者」の問題が全国で深刻化しています。『諦めずに出かけてほしい』、そんな思いで愛知の看護師が事業を始めました。
■ナンバーは“いいナース” 看護師が始めた「夢」
2種免許と緑ナンバーを取得し、「カッコよくないですか?」と話すのは、現役看護師の女性。ナンバープレートに選んだ数字は「1173」、“いいナース”と読むそうです。

彼女は、愛知県春日井市の入谷尉江(いりたに・やすえ)さん。
今年6月、看護師が対応する介護タクシー事業所「ナースプラス名古屋」を設立。17年間の看護師生活で地域医療を支える中、高齢者や障害者が外出困難な問題に取り組みたいと考えてきました。

入谷さん:
「(高齢の方から)『施設に入っているお姉さんに会いたい』とか『葬儀に行けない』とか。もし看護師が近くにいたら、行けないな…という所にも行ける。いつか看護師として福祉タクシーをやろうと、ずっと夢みていたので」

改造したハイエースの車内には、ストレッチャーや酸素ボンベ、たん吸引器なども完備。医師の指示を受けていれば医療処置も可能で、緊急時に対応できるのが強みです。
利用者を乗せる後部座席の様子は、運転席からもモニターで確認でき、消防署から「民間救急車」としても認定されています。
■3人に1人が交通弱者 外出を諦める厳しい現実
『スーパーに行きたい』『病院に行きたい』、そんなささやかな願いも叶わず、外出が困難な人が増えています。

高齢社会が進み、運転免許返納などで移動に困る“交通弱者”は、80歳以上の3人に1人に上るというデータも。
さらに「医療的ケア」が必要で、車いすや寝たきりの人などは、万が一の不安から、外出を諦めざるを得ない厳しい現実があります。
■CASE1 「家族でお買い物に行きたい」97歳・みちこさん
7月29日、ナースタクシーは入谷さんを頼る人の元へ。名古屋市守山区の97歳、みちこさんからの「家族でショッピングセンターに行きたい」という依頼です。
みちこさんの娘:
「途中で何かあった時に、素人だけでは不安ですけど、専門の方がいれば安心ですよね」

家族とともに出発した車内では、早くもみちこさんの笑顔がこぼれます。
みちこさん(97):
「久しぶりです、こうやって出かけるのは」
そんな嬉しそうな様子を運転席で見守りながら、入谷さんはみちこさんの体温にも気を配ります。外の気温は40℃に迫る猛暑です。
ナースタクシーを走らせること15分、千種区のショッピングセンターに到着したみちこさん。入谷さんに車いすを押してもらいながら洋服売り場へ。自分で選ぶ楽しさを堪能します。

入谷さん:
「着心地がいいやつがいいですよね?」
みちこさん(97):
「いろいろいっぱいあって、かえって迷っちゃうね」
続いては、大好きなお肉売り場へ。
入谷さん:
「今日は29日だから『肉の日』ですね。めちゃくちゃ安い!」
ショーケースを眺めながら、入谷さんがかける言葉にみちこさんも頷きます。
久しぶりのお出かけを堪能し、自宅へと戻ったみちこさん。ちょっとお疲れかと思いきや、テイクアウトした大きなハンバーガーをガブり!

1日をともにした入谷さんとも握手を交わし、「またよろしくお願いします」と声をかけました。
■CASE2 息子と思い出のレストランへ…91歳・やえこさん
続いては、守山区の高齢者施設へ。息子さんから思い出の中国料理店に招待された、91歳のやえこさんを迎えに行きました。
やえこさんさんの息子:
「(母は)ごはんを食べるのが好きで。でも施設に入って車いす生活になると、なかなか連れて行けない。看護と介助と全部やってくれるということで、じゃあ行けるかなと思って」
事前に健康状態を確認し、ナースタクシーで出発です。

入谷さん:
「息子さん、連れて行きたいってずっと仰っていましたよ。もし体調が悪くなったら教えてくださいね」
思い出のお店は、中区金山のホテルの29階です。この日は天気も良く、名古屋市内を遠くまで眺めることができました。
やえこさんの息子:
「健康を祝して、乾杯!」
北海道産の肉や魚介類の豪華なコース料理。料理を切り分けるだけでなく、トイレの介助なども入谷さんが気を配ります。

入谷さん:
「お母さまは、昔は厳しかったですか?優しかったですか?」
やえこさんの息子:
「どっちかというと厳しいね。厳しい」
やえこさん(91):
「悪かったの!この子は特に、いたずらっ子やで」

おいしい食事とともに楽しむ、何気ない会話…。やえこさんの表情も和らぎます。
やえこさんの息子:
「おふくろに喜んでもらえれば、それが一番いい」
移動だけでなく、家族の思い出作りもサポートする。入谷さんが目指す、新しいタクシーの形です。
■CASE3 寝たきりのベッドから友人の美容室へ…70歳・慶子さん
8月12日。ナースタクシーは、“ある夫婦の願いを叶えたい”という、春日井市の有料老人ホームからの依頼に向かいました。
そこにいたのは、70歳の古田慶子(ふるた・けいこ)さん。以前はベリーダンスやズンバのインストラクターとして、元気にたくさんの生徒を教えていました。
しかし、2年前に自宅の階段から転げ落ち、今はベッドの上での寝たきり生活を余儀なくされています。

そんな慶子さんを支えてきたのが、夫の誠司(せいし)さんです。
夫の誠司さん:
「54日間、目を開けなかったんですよ。もう正直に言うと、このまま…悲観的なことも考えたんです」
毎日面会に訪れ、「必ず治る」と声をかけ続けた誠司さん。その思いが通じたように、慶子さんは最近、少しずつ目が開くようになりました。
定期的にたん吸引が必要なため、外出は諦めていましたが、2年ぶりに仲良しだった美容師のもとへと向かうことになったのです。
夫の誠司さん:
「タクシーで美容室に行けるという話を聞いたものですから、『行くか?』と聞いたら、『髪を染められるから行く』と」
ベッドからストレッチャーに乗り換え、ナースタクシーへ。おしゃれが大好きな慶子さん、この日は口紅も塗ってもらいました。
ホームのスタッフ:
「慶子さん、行ってらっしゃい!明るい所に来ると、口紅がよう映える!本当に!」

スタッフに見送られ、ナースタクシーで5分。美容室に到着しました。
入谷さん:
「慶子さん、1回取りましょうか?」
夫の誠司さん:
「たんを取るなら、手を上げて」
たん吸引は、呼吸を維持するために欠かせないもの。医師の指示に基づき、入谷さんが確実な処置を行います。

そして、飲み友達でもあった美容師との再会です。
入谷さん:
「慶子さん、八木さん分かりますよね?分かったら手を上げてください」
美容師の八木さん:
「分かります?会いたかったぁ…」
慶子さんの手を優しく握る、美容師の八木さん。その目からは涙が溢れます。

夫の誠司さん:
「また元気になったら、八木さんと食事に行けるようになるから。もうすぐ!すぐ!」
髪の色は、以前のような栗色に。入谷さんが体を支え、たんがたまるたびに吸引します。シャンプーで洗い流すと…。
入谷さん:
「うれしいな。私までうれしい。きれいに染まっています!」
夫の誠司さん:
「本当にきれいになったわ。最高だよ!良かった良かった。また来ようね!」
片手を上げた慶子さん。「最高!」という意思表示です。

入谷さん:
「医療的なケアが必要でも、高齢者でも、気持ちに寄り添いながら同行したり、タクシーで移動する外出に携われたらなと思います。皆さんの笑顔が見られたら、すごく幸せです」
『あきらめずに行きたい場所へ』。入谷さんのナースタクシーは、今日もそんな希望を乗せて走っています。

