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【独占告白・前編】新潟や東京Vで活躍した高木善朗が語るサッカー人生 海外挑戦から新潟移籍までの道のり|FNNプライムオンライン

【独占告白・前編】新潟や東京Vで活躍した高木善朗が語るサッカー人生 海外挑戦から新潟移籍までの道のり

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アルビレックス新潟の主力として2022年シーズンのJ1昇格に貢献し、26年9月に現役引退を発表した高木善朗氏。父は元プロ野球選手の高木豊氏だが、息子の3兄弟は全員がサッカー選手に。なぜサッカーを選んだのか?幼少期から海外挑戦、そして新潟移籍までの道のりを高木氏に単独インタビューで聞いた。(シリーズの前編) 

■プロスポーツ一家に生まれた3兄弟━サッカーを選んだ理由

ー父は元プロ野球選手の高木豊さんです。3兄弟全員がサッカー選手になったのはなぜでしょうか。
「まず1993年にJリーグが開幕したというのも多分大きくて。サッカーブームで、周りの小学生のお兄さんたちがボールを蹴っているのを見て、自分たちもそこでサッカーというものに触れたのかなと思います」


ー父から野球をやろうという誘いはなかったですか。
「ありました、もちろん。野球を一緒に遊びとしてやってくれていましたし、サッカーと野球と両方やっていた時期もあったので、そこの中から選ばせてもらった感じはありますね」

ー父がプロ選手だったことで、マインドを刷り込まれたという話を以前されていましたが、やはり厳しかったですか。
「厳しかったと思います、かなり。普通の家庭では言われないようなことは結構言われていたので。中学生の頃には、プロになるならこうしろああしろと言われていましたし、見ている人のことを考えてプレーしろとか言われていました。そんなこと多分普通の家庭では言われないだろうなと思いながらやっていましたね」

ー中学生だったら、まず自分の技を磨けと言われるのかと思ったら。
「そうですね。そのプレー選択より、自分でシュートまで行ってくれたほうがおもしろいし、プロになるなら、見ている人のことを考えたら、何を見に来るんだっていう。何にお金を払ってもらうんだっていうふうには言われていました。プロになったら、やはりそのとおりだなとは思いました」

ー兄も弟も同じように言われていましたか。
「そうじゃないですか。でも多分一人一人、言うことは使い分けていたかなとは思います。それぞれの性格に合わせて」

ー3兄弟でサッカーの話はよくされましたか。
「あまりこう、サッカー感が合わなかったということもあって、結構けんかになってしまうじゃないですか。なので、意外と兄弟の中では話さなかったかもしれないですね。年も兄とは近かったので、僕が試合に出て、兄は出ていないとか、そういう時期も中高生のときにあると、結構ナーバスな関係になるというか。みんなちゃんと負けず嫌いなので、難しい時期もあったのかなと思います。」

ー父がプロ野球選手というプレッシャーはなかったですか。
「競技が違ったので、そういうプレッシャーはなかったですけど、自分がいいプレーをしていても、父がプロ野球選手だから足が速かったからっていうことは言われましたね。自分が頑張っていても、お父さんすごいからねって片付けられてしまうこともあるじゃないですか。それは結構嫌でしたけど」


■18歳でオランダへ━サイン後に親へ報告

ー17歳で東京ヴェルディのトップチームに登録、18歳でリーグ戦デビューとなりますが、デビュー戦は覚えていますか。
「覚えています。でもそんなに緊張とかはなかったですね、正直。ずっと帯同させてもらっていて、練習にも出してもらっていたので。ヴェルディって育成とトップの距離感がすごく近いので、初めてトップチームの練習に参加したのが中学校3年生とかだったので。まあ試合に出ても緊張ということはなかったんですけど、責任感はすごくありました。10歳とか15歳上の選手と一緒にプレーするのは、やはりちょっと責任感が違いました」

ーその後オランダに行かれていますが、どういう流れだったんですか。
「17歳以下のワールドカップがナイジェリアであって、そこに出たときにエージェントの方がついていて、その方が売り込みをいろいろかけてくれていて。そのときにオランダのユトレヒトというチームが練習参加のオファーをくれて、実際移籍が決まる半年前に練習参加していました。まあ半分冗談だろうなとか思っていたら、オファーが来て。渋谷のホテルに呼ばれて、当時18歳だったんですけど、行ったこともないような大きなホテルに行って、向こうのチームのエンブレムが入った契約書をすって出されて。向こうは18歳から成人なので、そこでサインして決めました。あとから両親に伝えました」


ーサインしてからですか。
「サインしたあとに、もう2週間後に海外行くことになりましたって。父は良かったねという感じで、でもいつ行くの、2週間後って言ったら、え、早っみたいな感じでしたけど。母はちょっとさみしそうな感じはありました」

ー海外での生活は大変じゃなかったですか。
「一番ためになりましたね、自分のために。自立もできましたし。生活もだし、日本に帰る航空券のコミュニケーションを取ってやらなきゃいけなかったですし、外貨を稼いだりもするので、ネットバンクで日本に送ったりとかも覚えてやっていましたね。今よりたくましかったかもしれないですね」

ーその後清水に行かれますが、オランダから日本へ戻った経緯は。
「なかなか試合に出たり出なかったりで、もっと試合に出たいと思っていたので。そしたらエスパルスの方がオランダまで会いに来てくれて、ぜひ来てくださいと言われたので。結構怪我もオランダで多くて、そういうのもあって帰ろうかなと思いました」

その後、新潟への移籍を決断した高木氏。その理由とは…

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