「小池知事の発信力を利用しようと思ったのです」
東京都の職員は、小池百合子知事のAIアバター「AI都知事ユリコ」を当初制作した狙いをこう語った。
2026年4月、『AI都知事ユリコ』が東京都の公式SNSに登場すると、「いくら税金を使ったのか」「東京都はお金があるからできる」と、費用を疑問視する声が一部から相次いだ。
ところが、動画生成に使うAIツールの利用料は月額149ドル、日本円で約2万5000円。都が使っているのは、米国企業が提供するクレジット制のサービスで、複数のショート動画を制作している。
なぜ、これほど低コストで制作できるのか。その答えは、制作会社に委託せず、職員が市販のツールを自ら使っていることにある。
制作現場を訪ねると、そこは専用のスタジオではなく、庁内で普段使われているフロアの一角だった。
制作を担うのは、戦略広報を担当する30代の職員3人。ほかの業務と兼務しながら、テーマを話し合い、シナリオを書き、映像の生成から編集までを手がける。
外部発注では、仕様書を作り、契約手続きを進め、事業者と打ち合わせを重ねる。出演者を選び、撮影日時や場所も確保しなければならないため、公開まで数カ月かかることもある。
しかし、『AI都知事ユリコ』なら、毎回小池知事本人が立ち会って撮影する必要はない。担当職員は、「よりタイムリーに、都民が知りたいタイミングに寄り添える」と思ったという。
月額約2万5000円はあくまでツールの利用料であり、職員の人件費を含む総コストではない。それでも、企画や編集を職員が担い、撮影や外注に伴う手続きを省くことで、外部への支出と制作期間を抑える仕組みになっている。
内製だから「ちょっと試せる」
都の組織内だけでの内製化の利点は、安さだけではない。
「最初の3秒で離脱されないためには、どうするか」「職員が登場すると視聴維持率は変わるか」
担当者は動画ごとに仮説を立てる。音を出さずに見る人も多いため、字幕のフォントやカットの長さを変える。ただ、思い描いた映像が簡単にできるわけではない。
「なかなか、狙った表情や雰囲気にならないのです」と話す。
『AI都知事ユリコ』が指示した通りに動かなかったり、微調整が難しかったりする。指示の出し方(プロンプト)を工夫し、サービスのサポート窓口にも相談しながら改善を重ねた。
「委託だと、『ちょっと試して出してみよう』ということが難しい。内製だから、いろいろ試せます」
職員が重視するのは、発信することではなく、届くことだ。『AI都知事ユリコ』は、新しい広報を試す実験の場でもあるのだろう。
「答えが出ない」「答えが伝わらない」
AIの活用は、都庁内の業務にも広がっている。
デジタルサービス局には、職員のAIに関する相談を受け付ける「AIワンストップ相談窓口」がある。相談の増加で、おおむね1週間以内としていた回答が遅れるようにもなってきている。相談内容を分析すると、マニュアルやFAQ(頻繁に出てくる質問)で答えられる質問も相当数あったという。そこで開発したのが「AIワンストップ相談チャットボット」だ。定型的な質問はAIによるチャットポット(会話形式のやりとり)に任せ、職員は判断が必要な相談に集中する。
開発の出発点は「AIを使いたい」ではなく、“回答の遅れ”という現場の困り事だった。
開発では二つの壁に直面したという。一つは、想定した回答が出ないこと。もう一つは、開発に携わる職員には理解できても、実際に利用する職員には伝わりにくいことだった。
設定を何度も変え、周囲の職員にも回答を読んでもらい、AIに登録するマニュアルやFAQも一つずつ精査した。その結果、対応できる質問は、まずチャットボットに尋ねる使い方が定着しとつつあるという。
AIで「あえて答えず」 安全性と利便性の両立
デジタルサービス局は「AI導入・活用ガイドラインチェッカー」も開発。「補助金の審査にAIを活用したい」と入力すると、申請の合否など、人の権利や利益に直接関わる業務に当たることを示し、AIを使う際の留意点を提示する。
膨大なガイドラインから必要な記述を探す手間は省ける。一方、利用した職員からは「文章が多く、どこが重要か分かりにくい」との声も出た。
チャットボットも、職員の判断が必要な質問にはあえて答えず、有人窓口へ案内する。誤回答を避けるためだが、利用者からすると「すぐに答えてくれない」という物足りなさも残る。
回答範囲を広げれば便利になるが、誤回答の危険も高まる。安全性と利便性をどう両立するか。行政AIが避けて通れない課題だ。
「Wi-Fiもなく、FAXだった」
現在のAI活用の土台を築く大きな転機となったのが、2019年の宮坂学副知事の就任だ。
検索・ポータルサービス・eコマース事業などを幅広く手掛けるヤフー株式会社の社長、会長を歴任後、2019年に東京都副知事に就任した宮坂氏。就任当時、都庁に十分なWi-Fi環境がなく、大量の紙資料が並び、FAXも使われている状況に驚いていた。
まず取り組んだのは、職員が日々使う「道具」を変えることだった。
都は2021年にデジタルサービス局を設置。デジタル技術を使って行政課題を解決する専門職「ICT職」の任用も始めた。また、専門知識や経験を持つ民間人材を、特定任期付職員や会計年度任用職員として採用してきた。
道具、人材、組織を整えてきた先に、現在のAI活用がある。
都庁流を他自治体のヒントに
都庁ではAI活用が進み、今後さらに広がっていくだろう。月額約2万5000円が映すのは、単なる「格安動画」の舞台裏ではない。
現場の困り事から出発し、市販ツールで小さく試す。そして、利用者の声を聞きながら改善する。そこには、他の自治体がAI活用に取り組む際のヒントがあるともいえる。
一方で、『AI都知事ユリコ』によって情報の届く層は広がったのか。チャットボットによって職員の負担は減ったのか。東京都には、導入後の効果を丁寧に検証することも求められている。

東京都は、いわずもがな日本最大の自治体だ。だからこそ、AIを導入して終わりではなく、成果や課題を検証し、より簡単で費用対効果の高い方法へと磨き上げていく責務もある。
そこで得られた知見が他の自治体にも共有されれば、月額約2万5000円から始まった試みは、行政のAI活用を更に広げる一歩となるのではないか。

