茶色く濁った水が、川幅いっぱいに押し寄せる。水面は激しく波立ち、濁流は護岸を越えそうな高さに達している。川沿いには住宅や商店が並び、道路との境目さえ見えない。
写真は1981年7月、高田馬場付近の神田川下流で撮影されたものだ。
昭和50年代の東京では洪水被害が相次いでいた。その後、護岸や分水路の整備が進み、被害は減っていった。
ところが最近になって、今度は“雨”そのものが変わった。
台風が温帯低気圧に変わった後も、前線に暖かく湿った空気が流れ込み、状況によっては線状降水帯が発生して同じエリアに長時間とどまり、大雨となることもある。秋が深まっても、最新の気象情報への注意が必要だ。
「1時間50ミリ」から「75ミリ」へ
東京都は長年、1時間に50ミリの雨を想定して中小河川を整備してきた。しかし、50ミリを上回る激しい雨が増え、1時間に75ミリを超える雨も珍しくなくなった。
都は2012年に整備方針を見直し、神田川などで1時間75ミリ程度の雨に対応する対策を進めることにした。
ただ、川沿いに住宅やビルが密集する東京では、川幅を広げるための用地確保が難しい。そこで活用しているのが、道路や公園の地下に洪水を一時的にためる「調節池」だ。
25mプール9100杯分の調整池
大雨で川の水位が上がると、あふれそうな水を地下に取り込み、雨がやんだ後にポンプで川へ戻す。
都内では現在、14河川30カ所の調節池が稼働し、総容量は約273万立方メートル。25メートルプール、およそ9100杯分に相当する。
グラフが示すように、総容量は今後10年ほどで、およそ3割増える見通しだ。
環七地下に「国内最大級の調節池」整備中
なぜ、このスピードで増やせるのだろうか。
理由の一つが、環状7号線などの道路地下を活用できることだ。民有地での用地取得を抑えながら、長いトンネルを造ることができる。
さらに、シールドマシンを地下へ入れる「発進立坑」と呼ばれる縦穴を、前から設置されていた既存の施設から活用できることも大きい。立坑を一から造れば、年単位の時間が必要になる。
現在整備中の「環状七号線地下広域調節池」は、中野区から練馬区にかけて、地下約40メートルを通るエリアに造られようとしている。
内径12.5メートル、延長約5.4キロ、容量は約68万立方メートル。2017年に着工し、シールドマシンで掘り進められている。
都の担当者は「既存の立坑があったことに加え、シールド工法や施工管理の技術が進歩したことも大きい」と説明する。
完成すれば、神田川側と白子川側の地下調節池がつながり、総容量143万立方メートルの国内最大級の調節池となる。これにより、1時間100ミリの規模の局所的かつ短時間の集中豪雨に対し5つの河川の間で容量を相互に融通できる。
東京湾まで「地下河川」構想
ただし、調節池は満水になれば、それ以上の水を取り込めない。
そこで構想されているのが、環七周辺から目黒川流域側を経て、東京湾までを地下でつなぐ「地下河川」だ。
都の担当者は「海へ流すことで、満水になった後も洪水を取り込み続けられる。線状降水帯のように数時間続く豪雨にも高い効果を発揮できる」と話す。
東京の地下に「もう一つの川」を造る構想だが、現在は事業化に向けた検討段階で、完成時期は今後決定されることになる。
小池都知事「ためらわずに行動を」
都庁内には、都内の河川を監視するモニター室がある。
大型画面には、各地の雨量や河川水位、監視カメラの映像、調節池の状況などが表示されている。職員が24時間体制で変化を見守り、区市町村への情報提供などにつなげている。
地下調節池が増え、河川が24時間監視されても、「洪水は起きない」という意味ではない。
小池百合子知事は、これまでも記者会見で、調節池や下水道幹線、貯留施設の整備、地下河川の事業化を挙げ、「ハードとソフトの両面から取り組みをさらに強化してまいります」と述べるとともに、都民に対し「最新の情報を確認して、危険が迫る前に、ためらわずに行動していただきたい」と呼びかけた。
都の担当者は「浸水の危険性があることは伝えていかないといけない。リスクを伝えないわけにはいかない」と強調する。
「水害リスク」「ハザードマップ」検索方法
まず確認したいのが、東京都の「水害リスク情報システム」だ。
インターネットで「東京都 水害リスク」と検索し、「浸水予想(想定)区域図」を開く。住所を入力すれば、自宅や勤務先で想定される浸水の範囲や深さ、浸水が続く時間を地図上で確認できる。過去に浸水した場所を表示する「浸水実績図」もある。
次に、「住んでいる区市町村名 水害ハザードマップ」と検索する。自治体によって「洪水ハザードマップ」「浸水ハザードマップ」など名称は異なる。
河川から水があふれる「外水氾濫」だけでなく、下水道で雨水を排水しきれず、道路や低地に水がたまる「内水氾濫」を掲載している地図もあるため、何を対象にした地図なのかも確認したい。例えば新宿区の「洪水ハザードマップ」には、洪水だけでなく、“雨水出水”、つまり「内水氾濫」の危険も示されている。
区市町村のハザードマップには、浸水の深さに加えて、水害時の避難所など、地域に密着した情報が掲載されている。自宅が着色された区域に入っているかを見るだけで終わらせず、避難先までどう移動するかを考えることが重要だ。
かつて川だった道に注意
避難経路を考える時、特に注意したいのが、かつて川だった場所だ。
昔の川の中には、上部をコンクリートなどで覆われ、現在は緑道や散策路、道路になっている場所がある。もともと川だった土地は周囲より低いことがあり、強い雨が降ると水が集まりやすい。
ハザードマップによっては、こうした地形が浸水想定区域の形として表れている。ただし、かつての川の位置がすべて明記されているとは限らない。
避難経路を考える際は、地図上で最短の道を選ぶだけでは不十分だ。途中に浸水が想定される場所や、アンダーパス、地下道、低い道路、川沿いの道がないかなども確かめたい。
普段は歩きやすい緑道や散策路であっても、豪雨時には水が集まり、避難路として危険になる可能性もある。
自宅と勤務先の浸水リスク、避難する場所、そこまでの安全な道。この3つを、雨が降る前に確認しておきたい。
できれば晴れた日に実際に歩き、道の高低差や危険な場所を見ておくことが重要だ。
ハザードマップは「水に漬かる場所を知る地図」ではなく、どこへ、どの道で逃げるかを決める地図として使うことが大切だ。
東京の地下では、巨大なトンネルが豪雨を受け止める準備を進め、都庁では職員が24時間365日河川の変化を見つめている。
それでも最後に命を守るのは、住民一人一人が地域の「水の通り道」を知り、危険が迫る前に動くことであろう。

