本当のところ、博士課程に必要な力の多くは、訓練と習慣でちゃんと身につけられます。それでも「天才イメージ」がその分野の空気として漂っていると、入る前から自分で自分を消してしまう人が、たくさん出てきてしまうのです。
これをあなた自身の才能探しに置き換えてみましょう。「才能とは天才だけの特権だ」という思い込みを持っていると、自分の中にある小さな手応えを「これは才能じゃない、ただ得意なだけ」とつい否定してしまいます。
ここで言う才能とは、生まれつきの神秘的な能力のことではありません。「ある領域で、他の人より少しだけ早く、少しだけ深く反応できる素地」のことです。
レズリーらの数字は、才能という言葉の意味が変わるだけで、その分野に自分を入れるかどうかの判断が大きく変わってしまうことを教えてくれます。
ほんの少し動きやすい場所はある?
特殊能力というイメージを持ち続けるかぎり、自分の才能はずっと「まだ見つからないもの」のまま置き去りになります。
手放したいのは「才能=特別な人だけの特権」という古い意味のほうです。代わりに 「才能=自分の中で、ほかの領域より少し動きやすい場所」と捉え直してみてください。すると、すでにある自分の素質が、ふっと見えてきます。
哲学分野で女性の比率が31%しかないという低さは、社会の側の問題でもあります。

