24時間365日、訪問診療を行っている医師がいる。高齢者の暮らしに寄り添い、世間話の中から心身の変化や不安をくみ取る。患者を数多く見送る中、「終末期」ではなく、今を大切に生きるための「いまこそ期」という新たな考え方を提唱している。
世間話に耳を傾ける訪問診療医
神奈川県に住む84歳で1人暮らしの高齢者宅。
佐藤さんの家を訪れたのは、由比ガ浜総合診療クリニックの橋本清利医師。
橋本医師:
佐藤さん(仮称)、どうされましたか?
佐藤さん:
どうも、熱があるようで、体がよく動かないんです。
この日は、佐藤さんから体調不良を訴える電話があったため、看護師とともに車で駆け付けた。
体温、脈拍、血圧をはかり、どのように具合がわるいのか、会話をしながら確認していく。
診察のための会話のはずなのだが、相手は84歳の高齢者、最近あった出来事やらテレビ番組の話、デイケアサービスであった出来事など、日常生活の話題に話がそれることもしばしば。
時には1時間以上、会話は続く。
それでも橋本医師は、そうした話に耳を傾けるようにしている。
橋本医師は「ある程度予想された範囲内での病状の悪化の場合、心配事や表面に出ていない苦痛等がないか、より苦痛を軽減する方法はないか、それまでの方針に変更希望等がないかなどの確認が必要となります。そのためにはここ数日の心境や病状の変化についての確認が必要となり、自ずと世間話にもつながります」と理由を明かす。
橋本医師が主治医として訪問診療している患者は約25人。
平均年齢は80歳から90歳。
多くが住み慣れた家で最期を迎えたいと希望する高齢者たち。最高齢は103歳の女性。
多い医師で、100人を受け持つケースもあるというから、少ないほうだ。
しかし365日、24時間対応するため、夜中の通報はごく当たり前。
眠くて、翌朝まで待って、と言いたくなる時もあるが、不安そうな声を聞くと行かなければ、という気持ちになるそうだ。
橋本医師には、妻と中学2年生と小学4年生の子ども2人の家族がいるが、患者から長期間離れることができないため、長期の家族旅行はしたことがないそうだ。
子どもと約束したお出かけも、患者からの通報で延期されることもしばしば。
ターミナルや終末期から別の言葉へ
訪問診療の医師は、患者の生涯を閉じようとするその時まで関わる。
橋本医師は、2026年の6月、悪性疾患の患者3人、老衰で1人、7月も神経疾患の患者1人の生涯が閉じるその瞬間を看取った。
悲しみで泣き崩れる家族、親しい友人。
患者を看取るたびに、自分は、この患者のために最善をつくしたのだろうか、と繰り返し自問自答してきた橋本医師が、提唱しているのが、「終末期」という表現をやめて「いまこそ期」にするという考え方だ。
いまこそ期とは、今この瞬間の満足度を最優先に考える時期というコンセプトで 今こそ、やりたいことがあるならやってみる。
今こそ、食べたいものがあれば食べてみる。
今こそ、行きたいところがあれば行ってみる。
今こそ、会いたい人がいるならば会ってみる。
限られてきているこの先の時間をマイナスでとらえるだけでなく、今できること、今やれることに目をむけるというもの。
橋本医師は「私は残された時間に関わらず、今生きているという事実そのものを大切にすべきだし、満足度を高め、苦痛を最小限にするために何ができるかをつきつめる必要があると考えます」と話す。
一方で、「『今こそ期』という言葉がいいものかどうかは分かりません。もっといい言葉があるかもしれません」と思案する。
「しかしながら、世の中で当たり前に使われている『ターミナル』や『終末期』という言葉が何か別の言葉に置き換わってほしいと常々考えてきました。他にもっといい言葉があれば何も「いまこそ期」にこだわるものではありません。」
今後も答えを模索していくという橋本医師。
医療業界では、診療報酬改定といって、医療に関するあれこれの点数(金額)が2年毎に変わる。今年は訪問診療に重点を置く見直し改定が行われた。
訪問診療医は、答えを探す日々を送りながら、診療を続けている。

