反政府デモが続くタイの情勢が徐々に緊迫化している。11月17日にはデモ隊と警察・王室支持派が衝突し55人が負傷、うち6人が何者かに銃撃されていたことが判明した。プラユット政権はさらなるデモの取り締まり強化を宣言し、不敬罪適用の可能性も浮上している。11月25日に予定されている大規模デモの行方が注目されている。
この記事の画像(5枚)黄色いアヒルが「シンボル」に
11月18日、バンコク中心部で行われた反政府デモの会場に、巨大な黄色いアヒルのゴムボートが大挙して登場し注目を集めた。アヒルのゴムボートは数千人のデモ隊の頭上を波打つように移動し、多くの参加者を沸かせた。この黄色いアヒルはいまデモ隊の間で「抗議のシンボル」となっている。
きっかけとなったのは17日に国会議事堂前で行われたデモだった。警察がデモ隊に向けて放水車や催涙弾を使用した際に、参加者の一部がアヒルのゴムボートを盾代わりに使ったのだ。その様子がメディアやSNSで一斉に拡散すると、黄色いアヒルはデモ隊を守ってくれたヒーローとして称賛された。
この日からアヒルは「抗議のシンボル」となり、いまではデモ会場でアヒルを模したグッズを身につける参加者も増えている。
タイ情勢が徐々に緊迫化
こうした可愛らしいアヒルの姿とは対照的に、反政府デモを取り巻く状況は以前にも増して緊迫化している。
理由の一つはデモ隊に対する警察側の対応の変化だ。11月17日に国会議事堂前で開かれた集会では、デモ隊が国会に近づくためにバリケードを突破しようと試みると、警察側はすぐさま放水や催涙弾を使用した。
これまでのデモで警察側は放水等の対抗手段を取ることには抑制的だったが、この日はデモ開始から1時間もたたずに鎮圧のために強硬手段に出た。こうした行動の変化は、治部隊側が従来の抑制的な方針を転換した可能性を示している。
また王室支持派による抗議活動も緊張の激化に拍車をかけている。国会前のデモでは、黄色いシャツを着た王室支持派とデモ隊による小競り合いが発生し、双方がペットボトルを投げ合うなど一時騒然とした。
また、デモ隊と警察・王室支持派による衝突で55人が負傷し、うち6人が何者かに銃撃されていたことも判明した。この負傷者数は、一連の抗議デモでは最悪の被害となった。
デモ隊側も徐々に行動をエスカレートさせている。警察がデモ隊に向けて放水をした翌日の18日、数千人のデモ隊が報復として警察本部の建物を取り囲み、看板や壁にペンキを投げつけた。また外壁にもカラースプレーで抗議のメッセージを書き込んだ。
さらにデモ隊の一部は、警察本部だけでなく、付近の道路や横断歩道、鉄道の高架橋の柱、寺院の壁にも抗議の落書きをした。ワチラロンコン国王の母親であるシリキット王太后の肖像写真の前に、王室を侮辱する言葉を書きなぐった参加者もいた。
王室批判禁じる「不敬罪」復活か
抗議行動が過熱したのを受けて、政権側はデモの取り締まり強化を宣言した。プラユット首相は19日、声明で「政府が真剣に平和解決を模索してきたが、事態は一向に収束する気配を見せない」とデモ隊を批判した。
その上で、デモが暴力に発展して国家と王室を傷つけるおそれがあるとして「あらゆる法律を適用し、違反する抗議者に対する措置を講じる」と牽制した。タイ国内では、これが不敬罪を扱う刑法112条の適用を指すのではないかとの憶測が広がっている。
タイには不敬罪(刑法112条)が存在し、国王や王妃などを中傷・侮辱したと判断されると最高で15年、最低でも3年の禁固刑が科される可能性がある。最近は不敬罪による逮捕・起訴はほとんどなく、プラユット首相は過去に不敬罪について、ワチラロンコン国王の要請で適用されていないと述べていた。
それが一転、不敬罪適用への具体的な動きが始まっていて、バンコク首都圏警察は刑法112条に関する捜査を担当する委員会を立ち上げた。デモ隊側は、不敬罪が王室に関する議論を制限しているとして撤廃を求めている。
首相による声明発表の翌日、反政府デモに参加していた一部のグループが次回以降のデモに参加しないと表明した。グループは、デモで度々取り上げられる王室批判は受け入れられるものではなく、またデモ隊が警察本部にペンキを投げつけたのも過剰な行為だと批判した。これらのグループの一時撤退は、不敬罪適用への警戒心の表れとみられている。
一部に離反の動きはあるものの、デモ隊側に攻勢を弱める気配は見られない。11月25日には、バンコクの王室財産管理局前で再び大規模デモを行い、国王が私的に管理している莫大な王室資産の返還を求める計画だ。一方で王室支持派も同日にデモを開催すると発表していて、再び衝突が起きる懸念も出ている。
反政府デモ隊とタイ政府当局、王室支持派による一触即発の状況が今後も続く。
【FNNバンコク支局長 佐々木亮】